第四話人狼と家族
夢幻のまち、『暗闇の森』と呼ばれる広い森が存在している。森は木々が日差しを遮り、森に闇をもたらすから『暗闇の森』と呼ばれている。またろくろ首や獣人、つるべ落としなどの妖怪が多数存在し最近では吸血鬼がやってきた場所だ。
その暗闇の森の中、小柄な少女が迷っていた。森に在るとされる薬草を取りに来たのだ。しかし森は広く、中々目的の草を見つけられず、昼に森に入ったが気が付けば夕方になっており、森は闇を深め迷子になってしまったのだ。
「どうしよう…」
泣きながらも当てもなく歩く少女。彼女が薬草を探しに来たのは病にふせっている妹のためである。、診療所に行こうにも家は貧しく金が無かった。だから少女はどんな病にも効くとされる薬草が暗闇の森にあるとの噂を聞き、居ても立っても居られず森に一人で入っていたのだ。だが現在まで見つけられずにいた。少女は妹に何も出来ない自分を恥じ、涙を流した。
「ごめんね…ごめんね」
少女が歩いているうちに 夜になってしまった。空には星々が光る。辺りからは虫たちの鳴き声。歩いていると近くの茂みから音がした。少女は怯え立ち止まる。もしかしたら自分を探しに来てくれた者と思い音がした方に顔を向ける。
そこにはいたのは獣に似た姿をした妖怪。妖怪の口には鋭い牙が備わっており、牙の間から涎を垂らし妖怪は少女を見据える。妖怪は少女を獲物とみていた。
少女は絶望した。恐ろしい妖怪に会ってしまう自分の不運に。しかし妹を助けるため森に入った事は後悔していなかった。妖怪は恐怖で固まっている少女に牙を向け襲いかかる。
恐怖から目を閉じ、自身の死を覚悟した。―――しかし死は少女に向かって訪れない。
「あ、あれ?」
少女は恐る恐る目を開ける。目の前には爪は長く鋭く、ぼさぼさで足にまで届きそうなほどの黒髪に汚れた赤いドレスを着た女。その女が両腕で妖怪の頭を掴み、止めていた。
妖怪は驚きながらも獲物が増えたことを喜んだ。しかし、痛みによって叫び声を上げた。
女は自身の口で妖怪の頭に食らいつき抉った。妖怪は驚いた。人間にこんなことができるわけないと。さらなる驚きが妖怪を襲う。
女が妖怪の頭に噛みつき食べ始めたのだ。女は喜びの顔で食べている。
相手は痛みで絶叫した。女はさらに掴んでいる手の爪を食い込ませ、痛みを妖怪に与える。
そして徐々に腕に力を籠め、妖怪の頭を破壊していく。地面には血だまりができていた。
「グギャ嗚呼あ!!」
妖怪は意地でなんとか女の腕を振りほどき、距離をとる。そして女が自分に与え様とする死から逃げるため森の奥に向かって走り去ろうとした。しかし女は見逃さない。
「逃がすモノカ嗚呼ああアアアアアアアアアアアアッ!」
女は獣の様に叫び、懐から二枚のカード、エルカードを取り出し発動した。
<スラッシュ>切断能力の付与及び向上
<クラッシュ>破壊力の向上
逃げる妖怪目掛け、女は駆けた。少女の目には長い髪はまるで尻尾の様に見えた。女は距離を詰めると妖怪に向かって飛んだ。妖怪は死の瞬間女の唸り声を聞いた。女は妖怪の頭に踵落としを決めた。
女によって体は真っ二つに切り裂かれ絶命した。
しかし女は止まらない。妖怪の死体から内臓を取り出し引き裂いていく、そしてミンチに変えた。それに満足したのか食べ始めた。グチャグチャグチャ女は音を立てて妖怪であったものを食べていく。
「ああ」
少女は遠目からショッキングな場面を見て嘔吐した。女はそれに気づき少女を見る。女の口から下にかけて大量の血が付いており、赤いドレスをより赤くしていた。じっと少女を見る。女の目は捕食者の目と虚ろな目であった。じっと見た後女は再び食事に戻った。
少女は女がまともでないと分かり、恐怖したがこのままでは自分もと考えた。今、女は自分の方を向いてない。
「今のうちにっ!」
恐怖を押し殺し逃げた。森の中を食われぬ様必死に。
後ろからは咀嚼音が響いていた…
――――
時間は少し遡り時は夕方、人里にて
「葉月さん」
葉月は呉服屋から帰る途中に、身なりが貧相な夫婦に呼び止められた。夫婦とは近くに住む顔見知りであった。
「どうかしましたか?」
「娘のキヨが薬草を取りに行くと言って暗闇の森に行ったきり、帰ってこないのです」
「何」
「葉月さんが剣の達人であることは知っております。どうか私たちと一緒に探してくれませんか」
夫婦は頭を下げる。夫婦は一度妖怪に襲われ、通りすがった葉月に助けられたことがあった。夫婦の頼みを承諾する。
「わかりました。しかし暗闇の森は危険です。私一人で行きます、貴方達は家で待っていてください」
そう言い家から刀を取りに行く。家に着き、刀を持ちそいで森へ向かう。
「そう言えば、昔暗闇の森には人狼が存在する話を聞いたな…」
――――
夜、暗闇の森
少女は森を走っていた。先ほどの女に会わぬことを祈りながら。
「君ッ!」
少女は人の声が聞こえ振り向く。そこには刀を持ったポニーテールの少女がいた。声の主は葉月であった。少女は先ほどの出来事が会ってか不安そうに見つめる。葉月は穏やかな声で話しかける。
「良かった無事で」
「!」
その言葉で少女は安堵し、駆け寄りだきついた。人が助けに来てくれたそのことに涙をながした。葉月は少女に名を問い、少女はキヨと答えた。少女の答えに葉月は目的の少女が無事見つかったことに安心した。
「さあ、人里に帰ろう」
葉月とキヨは人里に向かって足を速めようとした。その時、獣の唸り声が周りから聞こえた。二人は足を止める。
「何だ今の」
「もしかしてさっきの…」
キヨは怯えさっき会った女の事を葉月に伝えた。それを聞いた彼女は怯えるキヨを自分の後ろに下がらせて声がした方角を警戒する。
「ギュオオオオアアアアアアアッ」
「!!」
叫びと共に二人に向かって女が飛びかかってきた。葉月は刀を振りかざし迎撃。女は何とかそれを回避したが体勢を崩し、攻撃は失敗。キヨは女に再び会う自分の不運に心底絶望した。
葉月は目の前の相手を警戒しながらキヨに指示を出す。
「この先、真っ直ぐ行けば人里にたどり着く道に出る。さあ走れ」
「でもそいつさっき話した女ですよ!?」
助けに来てくれた人を死なせる分けにはいかない、キヨは目の前の女の危険性を葉月に伝える。しかし彼女は構わないと返答した
「安心しろ私は強い。早く行けっ!」
それを聞いたキヨは人里に向かって走った。女は追いかけようとするが、葉月の殺気に気付いて動きを止めて睨んだ。しかし葉月は怯えることなく威圧的に問いかけた。
「お前が昔からいる人狼とやらか」
「そうだ。だからどうしたぁ!」
「では、死んでもらおう!」
葉月は人狼に水平斬りを仕掛けた。人狼はすぐさましゃがみ刃を避け、相手の腹を喰い破ろうとする。
「犬ころ風情がッ!」
自分の腹を食い破られる前に、膝蹴りを逆に喰らわせた。しかし相手は後ろに倒れる反動で後方に逃れる。
「グオオオオガアアアアアア」
<スラッシュ><クラッシュ>
叫び声をあげ、エルカードを使い、反撃に出ようとする。葉月は人狼がエルカードを持っていることに少し驚いた。
「エルカードとは、知性の欠片も無い代わりにそんな物を持っているとはな」
人狼を挑発する。相手は怒りの形相で、右手を勢いよく大きく振りかぶりハンドクローを仕掛けた。それに対し刀を構え片手を切断しようと試みる。
「何ィ!」
人狼の行動に葉月は驚いた。人狼はハンドクローをわざと外した。その勢いで前に回転をかけることで踵落としを狙っていた。
「チィ」
葉月はすぐさま片腕を刀から外し短刀を取り出した。短刀は踵落としを防ぐが、エルカードの力か足の切断には至らない。人狼は無理矢理足を戻し体勢を立て直そうとしたが、それにより隙が生まれてしまった。
「甘いッ」
隙をついて、長刀で人狼の腹を斬った。人狼は痛みで声を上げたが刀の間合いから離れた。
「グううう」
痛みの唸り声を上げながら、懐から先ほどの妖怪の肉を取り出し食べた。すると腹の傷がみるみる癒えていく。
「フゥー…」
「…」
葉月は内心困惑していた。なぜこいつから妖気を感じないと。
全ての妖怪は妖怪は妖気というものを持つ。しかし目の前の人狼はそれがなかった。女は不気味な存在であった。だがこの思考は今必要ではない。
「まあ斬ってから考えるか」
再び刀を人狼に向ける。人狼も再び攻撃態勢に入る。再び戦いが始まるその時である。
「待て」
「誰だ!?」
第三者によって遮られる。 葉月は驚き声を上げるが人狼からは眼を放さない。人狼も葉月の行動に対応するため動かない。
「管理所のアサキシだ。葉月」
歩いてきたのは、青く長い髪をした女性アサキシであった。予想外の声の主に驚き声を上げる葉月。アサキシは人狼の方を見て葉月に話しかける。
「この戦いやめてもらおうか」
「なに!?」
アサキシの言葉に声を荒げる葉月。人里の守護する管理所の長が危険な人狼を見逃せと言ったからだ。人狼はアサキシを見て森の闇に隠れてこの場を離れた。人狼が逃げたのを見て葉月は舌うちをし、アサキシに問いただす。
「なぜ止めた」
「すべての説明は明日、管理所で話す。今日は吸血鬼に会うことになっているんでな」
アサキシはそれだけ言うとすたすたと人里へ帰った。そして暗闇の森に独り取り残された。
「何なんだ?」
疑問を抱えながらも葉月も人里に帰り、無事キヨが帰宅したのを知り安堵した。
翌日
葉月は管理所の所長室にいた。アサキシは椅子に座っている。アサキシに対し、昨夜の出来事を問いだ出した。
「なぜあんたが森にいた」
「趣味の散歩と人里のパトロールで歩いたところ、少女が走ってきた。夜中なのにな、話しかけてみると葉月という女性が妖怪と戦っている何とかしてほしい。と言われ森に行った」
「それにしては落ち着いてたな。私の事も詳しく知ってそうだったが…」
「最近もめ事を起こしたとの、診療所から話が来てね」
「そうか、なぜ戦いを止めた」
昨日のことを思いだし、イラッとした。アサキシは怒りを受け流し、理由を話す。
「それは君が戦っていたのは人狼でなく、人だからだ。管理所が認めている人物でもある」
「人だと…」
アサキシの言葉に目を丸くする。戦った人狼は妖怪じみていた故に人間であるとは考えずらかった。アサキシに全てを話すよう尋ねた。
「私は昔、人狼の事を知り調べた。分かったことを一から話そう」
彼女は天井を見上げ、話始めた。
「お前が生まれる以前の事だ、ある村は妖怪の他に獣害にも悩まされていた。特に狼にな。ある時飢饉と獣害が重なり、悲惨な状況になった。そしてその村はあることをしでかした」
「あること?」
「人間を自然に生贄を捧げることで獣害と飢饉を何とかしようとしたんだ。まあ口減らしの意味もあったがね」
「なんだと」
(そんなことするなんて…)
話の内容に手を握ぎる葉月。
「おちつけ。そこである3人家族が生贄に選ばれた。人々はまずその家族の子供を連れ去り料理にした。親は子供探している途中、人々が子供を見つけたと親の二人をある場所に呼んだ」
アサキシは次の言葉を口から発する前に、少し間を間を置いた。窓から日差しが差し込む。
「呼ばれた場所には子供は居ず、豪華な肉料理があった。子共は後から来ると言いそれを親の二人に食べる事を強要した。親の二人も空腹に苦しんでたため、困惑しながらも食した」
「待て、なぜ子供を料理し食わせた」
「それは食人によって、生贄をより特別な物にしたかったんだろ」
「バカなっ!!」
葉月は驚き、過去の人の行動を否定するかのように手を払う。 それとは対照的に淡々と話すアサキシ。
「ああ、それほど切羽詰まっていたんだろ。この世界には不思議な力が存在するし、それに頼りたくもなる」
「……その後どうした」
「そして親の二人に肉の下は何か、なぜそうしたかを話した。親の二人は呆然とし何もできなかったという。その後二人を村から出し森へと捨てた。それで終わったと人々は考えた」
真剣に聞く葉月に対し、何故他人にここまで感情を表すのか、わからないアサキシ。
「しかし親の一人は食べた罪悪感と絶望し自殺した。もう一人のほうは罪悪感から自分は苦しんで生き続けなければならないと考えた」
「それが奴…」
彼女は戦った人狼、女を思い出す。妖怪では無かったのだ、人であったのだ。
「しかし罪悪感からは耐えられず精神に異常をきたし自分を人狼だと思い込み始めた。母親であり人である自分が自分の子供を食べたなんてありえない。自分は人狼で人狼がやったんだと考え、今に至る」
「…話を聞いていたがなぜ奴は今日まで生きている。人ならば寿命か何かで死んでいるだろ。なのに老いてもいない」
アサキシの話に、人狼の見た目が若かったのを思い出す。見た目は若い大人で有り、老婆の様な姿では無かった。
「それは奴が超能力者だからだ。罪の意識で精神に異常をきたしたことで超能力に目覚めたんだろう」
この世界では、人間性が欠落したか精神に異常をきたすと、稀に超能力を得るとされている。何故そうなるかは不明だが、失ったモノの代わりと考えられている。
その説明と自分の友人に超能力者がいるため、人狼の正体に納得した。
「奴が人であった時のことは覚えているのか」
アサキシは首を振り否定する。
「いや精神がおかしくなり、人狼と思い込んだことで、人としての記憶も失っている。私は直接会いその事を確かめてみた」
「どうだった」
尋ねる葉月の顔は暗い。家族が犠牲になった事を自分と重ねてしまった。
「奴はこう言った『私は生まれついての人狼だ。最近も人を襲った』そう言い笑っていたよ」
「…なぜ奴を殺さない世界のためだろ。それに楽にしてやった方が良い」
「それもいいが、超能力者であり、エルカードもなぜか持っている。それにまだ利用価値がある。その時ではない」
「利用価値だと…」
「ある程度だが厄介なものに嗾けることができる」
「…正気に戻せ!」
アサキシの冷たい発言にやや憤りを感じ声を荒げてしまう。
「それもだめだ。正気にすることで力を失ってしまうかもしれん。それに正気に戻った所で奴はどうしようもない、子供を食い家族を失ったことを再び知るだけだ」
葉月の言葉にやれやれといった身振りで否定する彼女。そして人差し指を立てながら話を付け加える。
「あっ人も襲ってたな。おそらくだが自殺するんじゃないかな。もう十分生きたしな」
そこまで言いあることにハッとするアサキシ。
「おっと言い忘れてたな、力の事。奴の力は食べれば強くなる能力だ。それで人並み外れた力と生命力を持つ」
「そうかい…」
葉月はアサキシを非難したそうな顔で尋ねた。
「奴の名はなんだ。人であった時の名は」
「確かーそう、『杏奈』だったかな。それにしてもお前まさか人狼に同情しているのか。妖怪嫌いと聞いていたが」
「…奴は人狼じゃ無いだろう」
「いや、今再び考えてみたが、もう奴は人狼だな人の心を無くしているのだから」
アサキシは笑う。その態度を見て彼女は不快になり、何も言わず部屋から退室した。
部屋にはアサキシ一人になり、呟やく。
「やれやれ、失礼なやつだ…まあお前も人狼と同じく利用させてもらうよ」
――――
管理所を出ると診療所に行き薬を貰いそして、助けた少女の家に行き薬と今後の診療代分のお金を渡した。家族は何度も感謝した。
…その帰り道、葉月は人狼と呼ばれた女のことを思い出し奴にも家族がいたんだと、先ほど会った家族と姿を重ねた。




