第三十一話 悲しみと悲しみと痛み 前編
暦に関しては第九話をご覧ください。ミヅクに関しては第二話をご覧ください。
診療所にて、暦は心のケアが必要な人々のために必死に働いていた。その働きぶりはミヅクを抜き、診療所で一番。彼女は何故こんなにも働いているのかと問われたので、自身が狂っていた間、誰かのために生きてこなかったからと、答えた。
本当の事は、誰かに必要とされたかった。自分の居場所が欲しかったのだ。だから働いた。そんな思いを持つ暦、ミヅクに話があると呼ばれ、休憩室に居るミヅクに会う。休憩所に居るミヅクはカルテに文字を記入していた。
「何でしょうか、ミヅクさん」
「暦、君に休暇を与える」
「えっ!?」
暦は心底を驚いた。もしや自分が必要無くなったのではと、考えると悲しくなり涙が溢れそうになった。それを察したのか、ミヅクはあわてて話を続ける。
「何を想像したのかは知らないが、暦は働き過ぎている。このままだと倒れるだからだ。泣きそうな顔するな」
「……はい」
「ここ最近は化け物の出現が減ってきて、怪我人も少しだが少なくなってきた。休むなら今のうちだ。いいね」
「わかりました、ありがとうございます……」
「しっかりと休めよ…」
「あの葉月は?」
「ああ、大丈夫、命の危険はない」
葉月は化け物との戦いで、疲労と怪我が重なって何度も診療所の世話になった。暦は葉月が大変な苦労を重ねているのに、自分が休むわけにはいかないとミヅクに話すと、彼女は暦を休ませてくれと頼んだのは葉月だと語る。それを聞き驚く暦。
「……そんな」
「……だからな、しっかりと休め、葉月も心配している」
「わかりました」
「休んだら、その分働いてもらうからな。覚悟してくれ」
「はい!」
友人の心気遣いに感謝し、彼女は頭を下げて診療所を後にした。
―――
暗闇の森の近くの道に座り込んだ少女を、同年代の少女達が取り囲んでいた。少女は取り囲む者たちに恐怖を抱いていた。取り囲んでいた少女が何かを取り出し、座り込む少女に近づける。
「これな~んだ幸子ちゃん」
幸子と呼ばれな少が見せられたのは、昆虫の蜂。蜂は指で捕まれ、身をよじらせうねうねと動いていた。虫から目を背ける幸子。
「蜂でしょ……」
「大正解ーさすが幸子ちゃん頭いいねー。頭のいい幸子ちゃんにはこの蜂を食べる名誉を上げちゃおう」
幸子が受けていたのは、いじめであった。つい最近から始まったもので、なぜいじめられるのか幸子には、分からなかった。幸子は周りに尋ねる。
「なんで、こんなことするの……」
「うっせいな、おい此奴の腕つかめ!」
いじめのリーダー格の少女が取り巻きに命令させて、身動きが取れない様にする。幸子も必死に抵抗するが、守ってくれるものはいない。彼女にできるのはただ泣き叫ぶことだけだった。
「やめて!ごめんなさい、ごめんなさい!」
「うっせいんだよ!」
その言葉とともに、幸子の腹部を蹴る。幸子は痛みで、軽く吐いてしまう。周りの者は笑ってそれを見ていた。
「おえぇええええ」
「あらら、吐いちゃったねー、代わりにこれ!」
「!」
吐いた隙を狙われて、蜂を口に入れられてしまう。口の中に蜂は生きようと動く。再びのどの奥から吐き気が湧き出てきた。
「オッエ”””」
「おいちゃんと食えよ!」
必死に吐き戻そうとする幸子の口をガッシリと抑え込む。これで吐き戻すことは出来なくなってしまった。抑え込まれたことで、歯は閉じ、蜂をすり潰す。口内はゲロと、蜂の液体が混ざり合い、幸子は今にも卒倒しそうだった。
「どう蜂の味は~甘い?おいしい?そう良かった!」
周りの者は笑い幸子を離した。彼女は座り込み、何度も嘔吐する。
「ゲエエエエエエ」
「まあ、汚いーゲロがゲロを吐いたー!」
吐いたゲロの中には、まだピクピクと動く蜂の肉片があった。それを見て、再び吐いた。吐く幸子を見て少女たちは罵倒した。
「何度も、何度も吐いてんじゃねーよ!」
「キモイんだよ死ね!!」
「あっでもまだ死なないでねぇ、まだ幸子で遊びたいし、アハハ」
取り囲んでいた少女たちは、笑いながら後を去った。その場には幸子だけが残った。
「どうして…どうして…」
幸子はしばらくの間、泣き続けた。
しばらくすると、心の均衡をが少し戻ったのか、自分の衣服を見た。衣服は自分のゲロで汚れていた。
「家にかえって着替えなきゃ…」
幸子はそう言いながら立ち上がり、再びいじめっ子に合わぬ様こそこそと人里に戻った。
人里
今の人里は化け物の出現で、生活が不安定と化し、人心が乱れていた。そのせいで幸子がいじめられているのかは、幸子自身分からなかった。
幸子は自分の家に着く。
彼女の家は赤子を捨てた女と浮気をしていた旦那が経営する道具屋であった。家には恥知らずなどと心無い落書きがされていた。とある週刊誌に浮気のことと、化け物を生み出した家と書かれこのような有様に。
「ただいま…」
家に帰り、言葉を発するが誰も相手はしてくれない。自分の部屋で着替え、父に今日あった事を話そうとした。父は居間で酒を飲んでいた。周りには酒ビンが転がっており、生活は荒れていた。
「あのお父さん…」
「なんだ!お前まで馬鹿にするのか!」
「…なんでもありません」
「ならどこかいけ!」
父は幸子の胸倉をつかみ突き放す。彼女は思わず転倒してしまう。そんな幸子を父は睨みつけ、罵倒した。
「店が流行らなくなったのも、家内が居なくなったのも、辛気臭いお前がいるせいだ!!!全部お前のせいだ!」
「!!」
その言葉で幸子は逃げるように、家を飛び出した。 走りながら現実の父があんな風になったのは理由があると心の中で自分に言い聞かせ、優しかった父の影を壊さないようにする幸子。
彼女に今できるのはそれしかなかった。
時が解決してくれると何度も思った。神様が現れて助けてくれると何度も考えた。だけど今、彼女は救われていない。
走り続けやがて、人里から離れ、暗闇の森に来てしまった。幸子は自分がこんなところまで来てしまったのかと自傷ぎみに笑い、どうせなら、行ける所まで行こうと考え、足を進めた。
この考えは、幸子の自殺願望に由来した。
―――
人里の通りにて、暦は何をしようかと迷っていた。今人里は荒れている。店も閉まっている。何かできる様な事は無い。暦は悩んだ。
「むう~どうするかなー」
そんな風に考えていると、ある場所を思い出した。それは暗闇の森を奥深く進めばある、幻想花畑の存在である。そこは季節問わず、花々が美しく咲き乱れている。
「昔、きれいな場所だって書かれていたなー週刊誌で…よし行こうかな」
いつも被っている帽子を手で押さえながら、暗闇の森へと足を進めた。
―――
「綺麗…」
幸子がたどり着いたのは、ヒマワリの花や満開の桜。梅、スズラン、桔梗 菊、彼岸花、薔薇、チューリップ、などの様々な美しい花々が妖し気に咲き誇る場所、幻想花畑であった。
彼女はここが危険な場所の幻想花畑だと分かったが、今はこの景色を楽しもうと腰を下ろした。今、彼女にとって怖いものは無かった。いじめっ子と親を除いて。
しばらく景色を堪能していると、誰かの足音が聞こえてきた。もしや妖怪と思ったが現れたのは、幸子より少し年上の少女、暦であった。暦はここに人が居るとは思わず、目を丸くした。幸子はここは暦の場所だと勘違いして足早に去ろうとする。
「すみません、勝手にいて……今すぐ離れます」
「えー私の場所じゃないしいいよ別に、貴方もここの景色を堪能していたの」
「…ええはい、きれいですよね」
「うんそうよね、私の名は暦、診療所で働いている狂人よ。気軽に暦ってよんでね」
「…私の名前は幸子で、です。暦さん」
「さん付けしなくてもいいのに、まいいか」
そう言いうと幸子の近くに座った。そして幸子を隣に座る様に促した。彼女は再び座りなおす。二人は花々を見る。花は美しく咲き、色とりどりの色彩を映した。暦がきれいだよねと呟く、幸子はきれいですねと返した。
「暦さんはどうしてここに?」
「勤め先から、休憩もらってね。どこか店に行こうと考えても、みんな閉まっているし。そう困っていたら此処を思い出してさ、来たの。幸子ちゃんはどうしてここに」
「…少し嫌になって無我夢中で走っていたらいつの間にかここに」
「そっか…今気分はどう?」
「この景色をみて少し楽になりました」
「ならよかった。…綺麗だねえ」
「そうですね…」
二人はこの景色を心行くまで堪能した。幸子は今日あった事を今だけ忘れることが出来た。
この時を境に二人は友人となった。何処か波長があったのかもしれない。
しかし幸子は暦と友人になっても、自分の不幸を話すことは無かった。もし話すことで今の関係が歪むことを恐れて。
幸子は臆病だが優しい少女だった。
―――
「ただいま…」
「どこ行っていた!!!」
家に帰ると酒を催促する父親の怒号が飛んできた。先ほどの楽しかった時間が夢のような錯覚に陥った。暦に会っても彼女の現実は変わらなかった。
―――
再び、幸子はいじめっ子達ににいじめられていた。
何度も腹を殴られたり砂を食わされたりした。幸子が彼女たちから逃げないのは、もし逃げたらお前の家を放火すると脅されたからだ。しかし暦と会ってからは苛めを受けても、そう簡単に泣かないようにした。
しかしそのことがいじめっ子たちの癇に障った。
彼女たちは集まり、幸子をどう甚振るか相談していた。リーダー格の少女はマッチを取り出した。
「これで幸子の股を焼こうよ」
「なんで?」
「だってあいつの家の血は化け物を生み出したからさ。股を焼くことであいつは子供を産めなくる。つまりは化け物が生まれなくなる。私たちは世界のためにやるのよ」
このリーダー格の少女は、元々貧乏であり、さらに家を滅びの化け物によって壊された。他の少女たちも似たようなものだった。幸子の家は裕福であり、化け物を生み出した家の子供として、彼女たちの行き場のない怒りを苛めとして受けていた。
―――
ある日、幸子はいじめっ子たちに呼ばれた。幸子を除いてみんな笑顔であった。
「なに、どうしたの…」
「今から幸子ちゃんを清らかな存在にします~!」
「えっ」
幸子の困惑と同時に、抑え込まれてしまう。そして下着を脱がされた。この異常な出来事に幸子は泣き叫ぶ。
「やめてやめてぇええええええ」
リーダー格の少女はマッチに火を付け、幸子の股に何度も押し当てた。肉が焦げる匂いが漂った。
「いだいいだいいだい!」
幸子は痛みによって泣き叫ぶも、少女たちは止めなかった。
しばらくたつと、満足したのか少女たちは幸子を置いて、家へと帰ろうとした。
「じゃあね~元気でねぇ~」
倒れる幸子にそう言って笑いなが去っていった。
「…」
残された彼女はしばらくの間、何も考えたくは無かった。
きっと家に帰っても親は心配してくれないだろう。そしてまたいじめられる。
暦には言いたくなかった。ただの友人でいたかったからだ。
「…どうして」
ただただ、この世界に失望した。その時目の前が真っ暗になり、幸子の前に椅子に座った奇妙な女性が現れた。




