第十九話 殺人鬼の夢
学校の庭にあるベンチにしみは座り、昼食のおにぎりを食べていた。そしてその隣にはいおりが座り、稲荷ずしを至福の顔で食べていた。至福の顔をするいおりとは対照的に、しみの顔は暗かった。
しみは自分の人間性の無さに嫌になっていた。学校に行くたびに子供たちの笑顔や雪梅やいおりの輝いた瞳を見て、自分と比べてしまったからだ。皆、しみとは違い、生き生きとして笑顔だった。しかししみは違う。多くの殺しで血にまみれ、過去も誇れない。
(私もみんなと同じ人になれるかな?)
不安の思いが心にふつふつと湧き出る。
そんな不安を蓋するかのように、意識せず呟いた。
「どうにかしてなってみせる」
「……どうかなさいましたか?しみさん」
しみの呟きに、いおりがもぐもぐと口を手で隠しながら顔向けて尋ねる。
「えっ…いえ何でもありません」
「そうですか」
しみの答えに、口の稲荷ずしを飲み込み、新たな稲荷ずしを口に頬張った。そんな彼女の横でしみは
考えを口に出ていた自分に驚いていた。
(もしかしたら自分は独り言が好きなのかもしれない。いやそれは良くないだろう。独り言で過去の行いが明るみに出てしまったら、悲劇だ)
そう思いながら、横に座るいおりの顔を見る。
(いおりに自分は殺人鬼で何度も人を殺したことがあり、ここに通う子供と同じ歳の子も殺したことがあると言ったらどうするだろう?
私に怯えるか、怒るか。いや、つまらない冗談だと思われるな。しかしなんてことを考えたんだ、破滅願望でもあるのか?)
いおりの顔見たしみはあることに気がつく。
「口元に米粒がついてますよ」
そう言っていおりの頬についている米粒を指さした。
「えっああ、ありがとうございます」
いおりは顔赤らめ指で米粒をとり、口へと入れた。その行動を見てしみに考えが浮かんだ。
それはいおりはどうやって、『人間性』を手に入れたのかというものだった。
(彼女の行動は人間的なもので、とても妖怪とは思えないものだ。狐だからそう化けられると思えばそれだけだが。しかし聞いてみる価値はあるな)
しみは無礼を承知でどうやって人間性を手に入れたのか尋ねた。
いおりははしみの言葉に一瞬だがきょとんとしたが、嫌な顔せず教える。
「それは簡単な話です。人と接し心を知って学を得て、今に至ります。人と接することが大事でしたね」
「それだけ? 特別な事はしてないのですか?」
「ええ、そうですよ」
それを聞いたしみは
(たいしたことではない。はぐらかしているのか?)
内容にたいしたモノは無いと思い、改めて尋ねる。
「本当にそれだけなんですか?」
「それだけですよ」
しみの言葉に、いおりは笑顔で答える。いおりの言葉には嘘や虚偽は無かった。いおりの答えにしみはクラクラした。
(私だって人と接して生活しているし、勉強だってしたのに。心だってある)
どす黒い負の感情がしみの心を満たし、追い詰める。
(それなのに、なぜ人として生まれた私に人間性がないんだ。笑ったり、喜んだり大切なものが……
あるのは顔も変えず出来事に驚くといった虫の様な反応しかない。なんで、どうして)
しみは思わず唇をかみしめ、苦悶の顔になる。そして、いおりの事が酷くが羨ましく思い、嫉妬からくる殺意が芽生えた。
(……私も何とかして人間性を手に入れてやる。)
「いおりさん、今私の夢が出来ました」
いおりの顔を見ずに話しかけるしみ。それにニコニコと尋ねるいおり。
「へぇどんな夢ですか?」
無垢な質問にしみは、
「内緒です。学校に戻ります」
と答え、いおりの隣から離れた。そして歩きながら決意した。
(何としても人間性を手に入れて、彼女たちの様に笑って生きてみせよう。黒い靄が何を言おうとも)
――――――
しみは仕事が終わり、家に帰って寝た。初めて学校の仕事をした時に比べたら心労は減っていたが、やはりなれないものがあり、またしてもすぐに着替え、眠りについた。
彼女は夢を見る、人を殺す夢だ。人を傷つけ、命乞いをしようとも、しみは殺した。彼女はこれが夢であることに途中気付き、黒い靄が現れるのではないかと考えていたら、思った通りに人の形をした黒い靄が彼女の目の前に現れ、話しかける
「妖怪や仙人といった奴らの方が人だ」
「仕方がなくやっている」
「嘘を言うな、ならばなぜお前は笑っている」
その言葉でしみは夢から覚めた。夢の内容が彼女の頭に残る。
(私が笑う?私は笑えない、過去のせいで。しかし、靄の言う通りならば……)
しみにある考えが頭に廻った。
――――――
しみの目の前に、顔が抉られた人間の死体が横たわっていた。しみがやったモノで、夢では無い。しみは人を殺すことで、頭痛や幻聴を抑えることができる。
しかし、その先があったのだ。人を残酷に殺すことで、感情や人間性を取り戻すことが出来るのだ。この事に今回の殺人でしみは初めて気づいた。
(私は普通の人間になれるのだ。嬉しい発見だ、もっと早くに気がつきたかった。これで過去の呪縛は完全に消えさり、本当の人生が始まる。何という喜びだ!)
そう思い超能力を使い死体を隠して、浮かれ気分で家に向かう。夢に黒い靄が現れたが、しみに何も言ってこなかった。




