第十八・六話 殺人鬼と大根
日常。
しみは人里にある鍛冶屋に来ていた。
来た理由は、いつも使う刃物類を一新するためである。
本来なら彼女は鍛冶屋では無く、道具屋でそろえるのだが、今日は特別であった。
それは今日この日、鍛冶屋に対しての依頼料金が安くなる日であったからだ。
彼女はこの日の事を前から知ってはいたが、あまり興味が沸かなかったため行く気はしなかった。
しかし、本来人間という生き物は、物事に挑戦する生き物だと言う事を、昔雪梅に教えてもらったことを思い出して鍛冶屋に来たのだ。
彼女は鍛冶屋に商品を注文し、店の待合室でなぜ雪梅の事を忘れるのかを考えていた。
考えてみた結果、それは当たり前のことだと分かった。
雪梅は善人で、人の心がわかる者である。しみとは正反対な存在。
故にしみの心は彼女を苦手とし、記憶から排除していた。
これは意識して行っているものではない。無意識である。
しみは自分の醜い部分を見詰め直してしまった。
雪梅の存在はしみの人生を変えてくれた良き存在である。
しみも尊敬もしており、決して嫌ってはいない。
しかし、自らと雪梅を比べてみると、いかに自分が下劣な存在かを考えさせてしまう。
だから、しみは彼女の保護から離れ、独り立ちしたのだ。
そんなことを考えていると、店の奥から男装をした少女が商品を持ってきてしみに手渡した。
しみは相手の服装に目を丸くした。それは相手が男装をしているからだ。
この世界でも女が男の格好をしているのはきわめて珍しい。
驚きながらも商品を受け取り、しみは相手の服装について尋ねた。
「失礼ですが、何故その恰好を?」
「えっあはあ、親は私を男として育てたいと思っているからです。鍛冶屋だからでしょうね」
相手はしみの話に不快な表情せずに答えてくれた。
しかし、聞いたしみは親の意向をそのまま受け入れる相手に対して、いささか疑問を抱いて少し尖った言い方をした。
「親の言いなりというわけですか?」
「言い方を悪くすればそうなりますね、私自身はこの男装は気に入っていますし、問題ありません。それに、この格好でも私の心は女性です。服に心が引っ張られる事はありません」
困った顔しながらそう説明した。そのを顔みて、頭を下げて謝罪した。
「そうですか、失礼しました。初めて見たものですから」
「あはは、私に会った人は皆驚きますね。私が男装をしているのは、それが見たいからかもしれませんね」
そう話す相手の顔は曇りのない笑顔だった。
相手にとって服装と重要なモノではないのだ。しみは相手の事が気になり名を尋ねた。
「お名前を聞いてもよろしいでしょうか」
「ええ、私の名前は小鉄です。今後ともよろしくお願いいたします」
「私の名はしみと申します。不躾な話に付き合ってくれてありがとうございました」
そして小鉄に謝辞を述べて、鍛冶屋を後にした。
後ろから、小鉄の今後ともご贔屓にと言う声が聞こえ耳に届く。
しみは小鉄の事を歩きながら考える。
小鉄の服装は親から強制的に与えられたものだが、それを謳歌している。
しみにとってはそれは不思議でたまらなかった。
親からの強制は普通は嫌がるモノではないのかとしみは考えたが、小鉄の笑顔を思い出して、小鉄の家族は良いものだと考えた。
自分の家族とは違って暖かい家族。だから笑っていられる。
そう思うとしみは小鉄の人生を酷く羨ましく思った。
しみは暖かみも家族の団らんもない自分の家に帰り、買った商品の包丁の切れ味を大根で試す。
取り出した包丁は水に濡れた様にきらりと光っていた。
まな板に大根を乗せ、包丁を当てた。包丁の刃は、大根をすとんと、心地の良い音を耳に聞かせ、切り分けた。包丁の切れ味はとても良かった。
「……」
しみは、すとんその音が癖になり、何度も何度も切り分けた。
すとん すとん すとん
家に心地良い音が鳴り響く。
結果、今日の食卓は大根を千切りにした物だけになり、胃に悪い影響を引き起こした。




