第九話 剣と憎しみ
仕事が終わり、家に帰る。
誰もいない。
次の日、仕事が終わり家に帰る。
誰もいない。
何度も繰り返す。
―――
夢の中、黒いジャケットきた見知らぬ女が葉月に話しかけてきた。あなたにあげたいものがありますと言いエルカードを取り出し、葉月に差し出した。カードを受け取り見る葉月。
そして夢が覚めた。
どんどんどん。
家の扉から誰かの乱暴なノックが聞こえる。葉月は休日の穏やかな眠りをそれに邪魔され目を覚ました。手にはカードが握られていた。不可思議な現象と夢、それに現実のうるさいノック。余りに非日常的な状況に困惑し、布団に潜り込み、現実逃避する。訪問者の声が聞こえてきた。
「おい!いるだろ!聞いてんのか!」
外から聞こえる乱暴な声の主は菫のものだと分かった。このまま放っておくと家を壊しかねない。葉月はそう考えカードを服にしまい、刀を取り、扉を開けた。外に黒色と金色の髪の少女、菫が居た。
「いるじゃねーか、葉月よぉ」
菫は葉月の顔を見て文句を垂れる。葉月はいやいやながらも相手をする。
「うるさい。何の用だ」
「人里に住む妖怪に対する辻切事件があった。管理所に来てもらおうか」
「なに、辻切だと」
「なにもしらんのか。お前」
彼女は辻切と驚く葉月に新聞を見せた。そこには{被害続出。妖怪嫌いの犯行か}と書かれていた。
「お前、前に妖怪に対して辻切を行ったらしいな。」
「そうだが…」
(… 余り思い出したくない)
菫は言い淀む葉月の言葉にニッコリした顔で、
「はい逮捕」
手錠をはめた。手錠をはめられた彼女は思わず大声を上げた。
「何のつもりだァーーー」
「うるせえッいいから来い!」
葉月は抗議するが菫は意に介さず、管理所に引っ張っていく。
―――
管理所
「で、犯行が行われた時には、店で働いていたと」
管理所には呉服屋の店主が居た。菫があらかじめ呼んでいた。店主は葉月のアリバイを証明してくれた。葉月が今回の事件の犯人でないと分かると菫は舌打ちした。そして葉月に威圧的に話しかける。
「おい、人里にいる封魔の者の居場所を教えろ」
それを言われた彼女は菫の言葉に呆れた。がしかし、菫は今時妖怪に対して辻斬りを行う奴は封魔ぐらいだろと決めつけの言葉を言う。
その言葉に、葉月は自身のを行いもあり反論できなかった。
「それに、被害者の妖怪の傷の治りが異様に遅い。こんなことができるのは封魔の存在が頭に一番に浮かぶ」
「それは、そうだが……」
そう思案する葉月に菫は脅しに来た。
「教えんのなら、お前を犯人にするだけだ」
「何!」
葉月は何と恐ろしい言葉を吐くのだろうと思い、心底困った。困惑する彼女に催促する菫。
「なあ教えろよー」
捕まることで呉服屋に迷惑が掛かるかもしれん。まあ封魔で感情的に動いてしまうのは私だけだろう。教えても犯人は封魔の中からでてこないだろう。葉月はそう頭の中で考え、決めた。
「わかった教えよう。だが捜査には私も同行しよう」
「なぜだ」
「おまえが何か仕出かさない様に」
「…チッ、わかった行くぞ」
こうして彼女は菫と共に、昔の仲間に会いに行くことになった。
―――
葉月は一度家に帰り、身支度をすませた。人里は人々で活気にあふれていた。その中には妖怪も紛れ込んでいる。その光景をみて複雑な気持ちを抱きながら彼女は管理所に戻り菫と合流する。
彼女は菫に人里にいる封魔は何人と尋ねられたので、自分を除き三人と答えた。菫は数の少なさに少し驚いた様子だった。葉月は補足として人里では暮らし難いと言う人もいると答えると、納得しほーんと気の抜けた言葉を発した。
二人は他愛もない話をしながら歩く。
「ここだ」
二人は一つ目の目的地に着いた。診療所である。この診療所を運営している者が封魔の一人であるミヅクだ。菫はそんなことは知らないため、声を大きくした。
「あん、ここって診療所じゃねーか」
診療所に封魔がいることに菫は驚いた。そんな彼女をよそに葉月は中に入り、人を呼ぶ。
「すみませーん。ミズクさんいますか?」
その言葉で足音が二人もとにやってきた。赤毛の妙齢の女性ミズクが現れ、二人の相手をする。
「どうしたんだー。て葉月か」
「すみません。管理所の奴が」
「おい、あんた最近起きてる妖怪に対しての辻切事件のことは知っているな」
菫は葉月の言葉を遮り話を進める。
「ええ知っているけど、何、もしかして疑われている?」
ミズクは不快な顔になった。当り前である。いきなり、辻切の犯人として疑われて気を良くする者はいない。仮に気を良くした者が居たとして、その者は狂人だろう。
彼女はミヅクの心情を構わず、話を続ける。
「封魔の奴らは妖怪に対して、恨みがある奴が多いらしいんでね」
「私はたしかに封魔の者だったけど、辻切が起きた時間は診療所に居ました」
彼女の話にため息を吐くミズク。葉月は菫がミヅクにこれ以上変な事を言わないか戦々恐々だった。ミヅクは怒ると、とても恐ろしい事を知っていたからである。
封魔に居た時に葉月が、自分の怪我を無視し動こうとしたら、ミヅクに大変怒られた。
ミヅクの怒りに恐れている葉月に菫は感づかず、ミズクにアリバイを求める。
「それを証明できる奴はいるのか?」
「あなた方の知り合いの了がここに入院している。そしてその看護もしている。これでいいかなぁ?」
菫の問いにミズクは食い気味に反論する。もしミヅクが辻切を行っていたのなら了はそれに気がついて防いだだろう。
「そうかい、邪魔したな」
ミヅクの答えに、菫は言葉を吐き捨てて診療所を出た。そんな菫を葉月は逃げるように追いかけた。ミズクは二人が来たからか疲れがどっとあふれ出た。
―――
道中、歩きながら葉月はあんな言い方は無いだろうと文句を言うが、彼女は何とも思ってないらしく逆に反論された。
「強く言わないと、喋んねーかも知んねーじゃねーか。次行くぞ次」
「あーわかったよ、クソ」
確かに、強く言わなければ答えないこともある。葉月は何か反論したかったが、うまく言葉にできない。そして、思わず菫の様に悪態をついてしまった。葉月の態度に菫は足を止め、距離を離す。
「急にキレんなや…ドン引き気だぞ」
「お、お前…」
… 葉月は彼女に軽い殺意が沸いた。
―――
歩きながら、菫が葉月にあることを尋ねた。
「お前、了と戦ったらしいな」
「ああ、それを誰から聞いたんだ?」
「了、本人から聞いた」
「仲いいな、お前たち」
「まっ気軽に話をするぐらいにはね。なあ葉月、お前は了を殺そうとしたのか?」
この言葉に葉月は後ろめたさを感じて少し沈黙し、そうだと答えた。
「封魔の奴は人間を殺さないと聞いてたんだが、ありゃ嘘か?」
「嘘ではない。私の行動は私個人の怒りから来たもので封魔全体の意思ではない。だけど了と対峙したとき、奴はどこか人間とは思えなかった」
「ならば妖怪と思ったから斬っていいのか」
菫の言葉に対し彼女は、その時の感情に身を任せてしまった、と言い訳めいた事を口にしてしまう。
すると菫はそうか、そうかいと口にしただけだった。
葉月は了を斬りつけたことを非難を受けるる覚悟をしていたので、それ以上何も言わない菫や刀で襲った事を大して咎めもしないムクや了に大きな罪悪感が生まれた。
二人はそんなことを喋っていたおかげか、時間を気にせず次の目的地の民家についた。菫は目的地に着き声を大きくして驚いた。
「ここにいるのか。て管理所の近くじゃーねかよ」
そのせいか、辺りを通る人々に視線を向けられ、彼女たちは少し恥ずかしい思いをした。
目的の家は管理所から歩いて、5分くらいだった。扉に向かう菫を引き留める葉月。止められた彼女は不満顔になった。葉月は菫にある提案を話す。
「菫、言いたいことがある」
「なんだあ」
「私が話聞き出すからおとなしくしていてくれ」
「何でー」
「元封魔の私が話した方が話も上手くいくだろ」
「-ん、じゃまかせるわ」
菫はあっさりと聞き入れた。葉月が聞き出すことで事が進む方と考えてのことだ。
その言葉を聞き葉月はほっとする。
診療所でのやり取りみたいなことをされたら、相手に迷惑をかけるからだ。
そして彼女が扉を叩いた。中から、顔に傷をおった白銀の髪をした女性が現れた。
「あら、葉月ちゃん久しぶりね」
「お久しぶりです。阿藤さん。実はお話ししたいことがありまして」
阿藤は葉月の顔を見て、笑顔で迎えた。彼女の笑顔に葉月つられ微笑む。
「それなら、家にお入りなさい。連れの方と一緒に」
彼女は菫の方を見てなにかに気づいた。菫の方もじっと見て、何か考えていた。
「あなた、管理所で働いている菫さんよね」
「そう言うあんたも、管理所で事務として働いているの見たことあるぞ」
葉月は二人の意外な接点に驚き、阿藤に尋ねる。
「お知り合いで、阿藤さん」
「いえ、知り合いてほどじゃないんですけど、菫さん管理所では有名だから」
「なるほど、……菫のほうは知らなかったみたいだな」
「…うるせいよ」
その言葉に菫は目をそらした。阿藤を知らなかった事が恥ずかしいと感じたからだ。
「お話は外でなく、どうぞ中に」
阿藤は二人を客間に招き入れた。葉月は今回起きた事件の内容を話した。
「そうですか」
「ええ」
阿藤が出したお茶を葉飲む葉月。葉月は封魔に居た頃に阿藤に大変世話になった。そのため辻切がどうだこうだ聞くのは気が引けていた。そのためか中々、話を聞くことが出来ず、思わず辺りを見た。客間に生活感を感じられるものは見かけなかった。誰かと暮らしている後もなかった。寂しい空間が広がっていた。
葉月はこの寂しい空間を作り出しているのは阿藤の過去が尾を引いている事に気がついた。
その空間に唯一存在感を放っていたのは、飾られていた刀だけであった。
この世界では自衛のために武器を持つのは珍しくない。
葉月が何も言わないのに対し、菫がしびれを切らし、口を開く。
「実は封魔の者の犯行だとみている。あんたその日、その時間何していた」
「その日は休日で家に居ました。一人で」
彼女は困った顔で菫を見た。菫はその言葉には懐疑的だ。
「でも私はできませんよ」
「なぜだ。ワケでもあんのか」
「ええ、あります」
菫の問いに阿藤は上着を脱いだ。彼女の体には痛々しい傷跡があった。耳もかけていた。それをみて顔をしかめる菫。阿藤は出来ない理由を並べる。
「私は封魔に入って、戦いこうなりました。もう戦うことは難しいでしょう」
「そうかい…なあ個人的に聞きたいんだがいいか」
阿藤さんは上着を着きなおし、了承した。 葉月は黙っていた。
「お前はなぜ封魔に入った」
「………」
場の空気が凍った。菫は阿藤に追及する。
「何だ、言えんのか」
「いえ、言えますよ。聞いてください。私が、私たちが封魔に入ったのは妖怪に子供を殺されたからです。憎しみ一心で封魔に入りました。夫と一緒にね。 その後活動していくうちに、葉月ちゃんたちと出会いました。しかし戦いが続くにつれ夫も死に、多くの人が傷つきました。その後はまあ大災害によって平和になってしまいました。そして今の私です」
阿藤の話を聞いた彼女は静かである。葉月は阿藤の過去を菫が茶化すんじゃないかと不安したが杞憂であった。
「ふーん、今一人で住んでんのか」
菫は部屋を見渡し、そう尋ねた。誰かと一緒に住んでる形跡は無い。
「そうですよ」
「そうかい、邪魔したな」
それを聞き満足した菫は立ち上がり、去ろうとする。葉月も会釈しこの場を後にしようとする。しかし、阿藤さんに止められた。
「何か様ですか阿藤さん?」
「ねえ葉月ちゃんは、今でも妖怪を恨んでいるの?」
「ええ…」
「そう…呼び止めてごめんなさいね」
「では、お元気で」
葉月も家を出た。外では菫がぼーっと空を見ていた。
「次行くぞ」
「ああ」
二人は次の目的地に向かい歩く。葉月は独り言のように菫に話しかける。
「…阿藤さんや亡くなった旦那さんは、私や親を亡くした奴を大切にしてくれたんだ。封魔に入ったばかりの私を助けてくれた。本当にいい人なんだよ。優しい人なんだよ…」
菫は急な話を黙って聞いた。話を聞いた彼女は葉月に疑問をぶつけた。
「なぜいつも会わないんだ。久しぶりというほど、間を開けて」
「何処か会いづらかったから…」
「そっか…」
菫はそれだけ聞いて、後は何も言わなかった。葉月が曖昧な返事をしたのは、何故阿藤と会いづらいのかが、葉月自身でもよく分からないからだ。
二人はそんなこんなで次の目的地に着いた。
「で、此処にいるのか?」
「ああ、そうだ。私の友人でもある奴がな。暦といってな、私と同じく阿藤さんに大変世話になった。」
彼女たちはボロい平屋の前にいた。葉月は扉をたたく。中から女の子の元気な声が聞こえた。中から現れたのは、青いリボンを付けた黒い帽子をかぶった少女、暦が出てきた。暦は葉月見て、不思議そうな顔で尋ねる。
「どうしたの、葉月、それに連れの人はだあれ?」
「連れは菫と言って、管理所の者だ。少し話が会ってきた」
「そうなのじゃあがって、あがってー」
その言葉に二人は家の中に入る。通された部屋は物があまりない殺風景な部屋だった。その部屋の端に刀が無造作に置いてある。何処か忌避しているような印象を葉月は受けた。
「お父さん、お母さん。お客さんだよー」
暦は誰もいない部屋に話しかける。その行動に困惑した菫がどういうことだと葉月に聞いた。
「暦は親が殺され、封魔に入り、戦いの苦しさで気がおかしくなった」
「へえ…」
それを聞き、菫は顔を引きつらせた。流石の菫も暦の言動には嫌悪などと思う所があった。
暦は葉月の言葉を聞き、頬を膨らませ抗議する。
「何言っているのっ、お父さんとお母さんはここにいるよ!」
そう言い誰もいない空間に指さす。あるのは薄汚れた壁だけ、誰もいない。そんな暦を葉月は無視し、話続ける。
「そして、気がふれて運が良かったのか悪かったのか、超能力幻覚をみせる能力に目覚めた」
「なるほどね…超能力を使ってごまかしてるわけか」
それを聞いた菫は、暦の言動に納得した。しかし暦は手を身振り手振りし否定する。
「ちがうのーいるのーここにー」
葉月は暦の親は生きていると言う抗議を無視し本題に入る。
「なあ暦、最近辻切事件があったの知っているか」
「知っているよ」
暦はどこか宙を見ている。葉月がが遊びに来たのでは無いと分かり、そっけない返事をした。
「事件が起きた日何していた?」
「その日はずっと家にいたよ。お父さんとお母さんと一緒に」
その言葉を聞き、葉月は少し嫌になる。菫は犯人かもなと呟いた。
「暦…お前の家族は死んだんだもういない」
葉月の言葉に暦はきょとんとした。彼女はまるで狂言を聞いたかのような表情だ。しかし葉月は暦を諭すように話す。
「お前は自分の力を使って、現実から目をそらしているだけだ」
「何言っているの…」
「辛いのも分かるが、いつまで逃げるつもりだ 」
「…」
暦は帽子を深くかぶり、うつむいて何も話さない。二人のやりとりを隣で聞いている菫は、事件に関係ない話に、この場から離れたがっていた。
「なあー関係ない話なら私外にいるぞー」
「ああ行け」
「では構いなく」
菫は外に出て、部屋には葉月と暦の二人になった。
「…わかっているよ」
暦は口を開き、葉月を見る。目には涙がたまっていた。それを見た彼女は思わず、目を逸らす。
そして暦が今の状況を分かっている事に対し、葉月は言葉を発した。
「分かっているなら…」
「でもね、私はお父さんお母さんのいない世界に耐えられない。耐えられなかった」
「なら死んだ家族ためにも、私の様に封魔の時の様に戦えばいいだろ」
「戦っても何も残らなかったじゃない。あの戦いは無駄なものだった。しなきゃよかった…」
「何っ!」
彼女はその言葉に激高し、思わず襟首をつかむ。暦は涙をこぼし話す。
「だってそうでしょ、戦って傷ついて結局はこれ…」
彼女は部屋を見渡す。あるのは刀だけだった。誰もいない。ずっと一人で暮らしていたのだろう。家族が居なくなってずっと。
「妖怪を倒しても家族が戻るわけない、友達も戻るわけない…ずっと一人ぼっち…」
その言葉に葉月は手を放した。そして、こんな話をした自分が悪いと考え、暦に対し謝罪する。
「すまん…」
「…あっれーなに言っているんだろ私、家族はみんな生きているのにねー。あははははははは」
暦の乾いた笑いが部屋に響く。葉月は居た堪れなくなり、家を出ようと扉に手をかける。すると暦が話しかけてきた。
「ねえ葉月、いつまで戦うの。もうやめようよ。そのままだと…いつか死んじゃうよ…」
「…」
彼女は何も言えず、扉を開け出ていく。外に出ると夕方になっていた。先に出ていた菫は夕焼けをみていた。葉月は菫に話は終わったことを伝える。
「話は終わった。待たせて悪いな」
「外まで聞こえていたぜ」
「嘘でしょ…」
葉月は余り人には聞かれたくない話だったため、声を落とし反応する。菫は葉月を一瞥し、夕日の方を見ながら話しかけた。
「話聞いてさ、私思ったんだけどよー。お前もあいつも似たもんだな」
「いきなりなんだ、菫」
「だってよ、妖怪を嫌うのはまあ分かるが、今は平和なのにやれ人のためだ世界の為だ、で妖怪と戦う。そういや罪も無い奴を襲ったらしいな」
「なにが…言いたい」
「お前が戦っているのは、自分に何も残らなかったことを誤魔化したいだけなのさ。要は暦と同じことしてるわけ」
「菫…貴様ア」
葉月は怒り刀に手をかける。怒りに気がついたのか、こちらへと菫は振り返る。
「おっとちょい、言いすぎたかな。だがお前がやっていることは無意味に戦って自己満足するためだ」
その言葉に、葉月の頭に傷つけた了や妖怪のムクの顔が浮かぶ。彼女は何も言えなくなってしまった。
「…」
「お前が阿藤に会おうとしないのは、現在の状況が自分にそっくりだったからさ」
「そんなことない!…ただ会いづらかっただけだ」
そうは言うが、葉月は阿藤の部屋を思い返す。過去のことが尾を引き、誰もいない、何もない部屋を作り出している部屋を。 私も同じと、そんな考えが脳裏によぎる。菫の言葉は続く。
「なあ、おまえが傷つけた奴にも親しい者が、いただろうに」
「うるさい!妖怪なんてみんな屑だ!」
声を絞り出して菫の言葉を否定する。彼女はへらへら笑って、葉月に語る。
「なら何故月で妖怪を助けた?妖怪の里で暴れなかった?。結局の所お前はどこか後ろめたさがあるのさ」
「それは…」
「お前は過去の怒りで自分自身を、今の自分の現実を誤魔化しているだけさ。本当は戦いたく無いんじゃないか?」
「ちがう!そんなことなんて無い!」
強い言葉で菫の言葉を否定する。しかし菫の言葉は続く。
「自分がやってしまったことを誤魔化し、罪から逃げているのさ」
「違う!」
「葉月いい加減、過去を忘れろ。そして今を楽しく生きたらどうだ」
「説教でもしているつもりか!?」
「そうさ、哀れなお前にね………」
「菫ッ!」
とうとう葉月は刀を抜き、菫に向け否定する。菫はそれを見てため息をつき呆れた。
「ま、お前がそう思うなら…しかし無駄話が過ぎたな。今日は疲れた。ここらで切り上げるか。何かわかったら管理所まで言いに行けよ」
菫は背をむける。葉月は菫に向かって声を出す。
「…罪がなんだ私に言うが、お前だって月で無駄に妖怪を傷つけたじゃないか…」
しかし声は本人が思ったより、か細いものだった。だが菫には伝わったらしく、彼女は笑う。
「あははは。そりゃそうだ私もロクデナシさ。過去の怒りでねえ、たしかにねえ。あははは」
そう言い一人去っていく。残された葉月は追いかける気は無く、立ち尽くした。
――――
夜 雨がぽつぽつと夢幻のまちに降っていた。
葉月は阿藤の家にいた。客間に案内され座る葉月。
「夜分、遅くに申し訳ありません。お話ししたいことが有って着ました」
「なあに話したいことって」
阿藤は笑みを浮かべ、対応する。葉月は静かに言葉を発した。
「単刀直入に言います。今回の辻切事件、阿藤さんあなたがやりましたよね」
その言葉に阿藤は、困惑の表情になる。だが葉月は証拠を見つけての言葉だ。彼女は客間に飾られている刀を指さし、阿藤を見据える。
「客間にある刀から、ほんのわずかに血と妖力を感じました」
超常的な力の発見は、菫など特別な力を持たぬ者には難しい。だが封魔に入り霊力を身に着けた葉月にはわかった。
葉月の言葉に彼女は素知らぬ顔でそんなことないわと言うが、葉月が調べてみればわかることですと言うと、自分には元より不可能だと自身の体に手を当て否定する。
「私は大きな怪我があるのよ、だから無理ね」
「あなたほどの人なら、その程度の怪我なんてことないでしょう」
「ありえない、もしそれが犯行に使った刀ならなぜ隠そうとしないのかしら」
「それは、妖怪を斬った自己満足に浸りたいからです。 私も…覚えがあります」
過去の愚行を思い出しながら葉月は話す、阿藤は顔を伏せ、しばらくの沈黙の後に言葉を発した。
「覚えですって…」
「ええ、私も妖怪への恨みを忘れられずにやってしまったことがあります」
阿藤は話を聞き肩を震わせていた。葉月は相手が私の様な愚行を行い恥じて泣いていると思い、説得を試みる。
「今はだれも死んでいません。阿藤さんどうかおやめになって…」
「良かった私以外にもいたなんて…」
阿藤の反応は喜びの表情だった。葉月は彼女の感情が分からなかった
「私一人だけと思っていた…今でも妖怪を殺したくて殺したくて…ねえ!葉月ちゃん見せたいものがあるの!」
そう言い、客間から離れ、大きな箱を持ってきた。葉月は異様な雰囲気にのまれて動けない。せいぜい、持ってきた箱に対しての質問をするのが精一杯だった。
「な、なんです。これ…」
「みてみて」
阿藤は笑顔で箱を開けた。葉月は恐る恐る箱の中を覗き見る。そして驚愕した。箱の中には妖怪がいたのだ。
しかし、四肢は切断され、顔には何本もの釘や針が刺さっており、顔は削がれ、目はつぶされ焼き後のようなものも見て取れた。腹部にも大きな傷跡があった。凄惨な光景に思わず口をふさいぐ葉月。
そして刀に手をかけ阿藤に目を向けた。阿藤はニコニコと笑顔を浮かべている。
「こ、これは…」
「これは妖怪よ」
「違う、そんなことじゃあ」
「ああ何でしたかってことね。それはね妖怪なんて大嫌いだからよ」
この場を包む狂気が葉月を襲い、恐怖を呼び覚ます。阿藤は葉月が怯えているの知ってか、優しく言葉を発する。
「妖怪に大切な子供と夫を殺され、平和になっても何も戻らず。家に帰っても一人すっと一人。…葉月ちゃんもそうでしょう」
「…」
阿藤の言葉に彼女は何も言えなず何もうまく理解できなかった。思考がマヒしているのだ。
「憎んでも憎んでも死者は戻らず。だから思わず妖怪を斬っちゃっり、誘拐して拷問にかけたりねっ」
そう言って阿藤は箱を思い切り蹴る。葉月の耳に妖怪のうめき声がかすかに聞こえた。妖怪は生きていたのだ。阿藤は笑う。
「でも、もうこんな下らない事は止めにして、本格的に行くわ」
「何をする気なんです…」
「管理所に保管してあるパワードスーツを手にし、妖怪の里を襲うの。いいえそれだけじゃないわ、妖怪は全て皆殺しよ」
「何をいっているんですか…止めてくださいよ…」
葉月はかつての優しい阿藤と、目の前の人間が同一人物だと信じられなかった。否信じたくなかったのだ。だけど目の前の彼女が、それを否定するかの様な言葉を口にする。
「葉月ちゃんも家族や友人を妖怪に奪われたでしょ。私と一緒にやらない?」
「っ! 私は…」
そう誘われた彼女は阿藤が恐ろしくなり、目線を箱の中の妖怪に移す。箱の中の妖怪が何かつぶやいているのが聞こえた。
「殺して…痛い…殺して」
妖怪は自身の死を懇願していた。
「誰が喋っていいと言ったっ!」
妖怪の声に阿藤は激怒し刀を取って妖怪に突き刺した。妖怪の叫び声が響き、箱から血が染み出てきた。もう声は聞こえなくなった。そして葉月に笑顔を見せる。
「ごめんなさいね、うるさくて。どう葉月ちゃん手伝ってくれる。一緒に来てくれる?」
「…い、嫌だ…」
「どうして、ねえ?」
「そ、それは…第一、管理所の物を盗むだなんて、不可能だ!」
「暦ちゃんの力があるわ、心配ない」
「賛同したんですか…」
暦が賛同したことを知り、葉月の心に深い絶望がやってくる。思わず嘘だと口にした。阿藤は困った顔で答える。
「そうねえ、賛同してくれなかったわ。だけどね力づくでね、手伝ってもらうことにしたの」
(阿藤さんは私たちに暴力何て振るわないのに…なのに、暦を … )
彼女が何を言っているのか葉月は理解できない。理解したくなかった。もはやこの状況が夢では無いかと思い、尋ねる。
「夢ですよね、嘘ですよね」
「夢でも嘘でもありませんよ。私だってしたくありませんでした。しかし、妖怪を殺すためです。仕方ないです。葉月ちゃんあなたも妖怪が憎いでしょう」
「…憎いです。だけどこんな…い、今のあなたには従いたくない。お願いだから元の優しい阿藤さんに戻って…ぎゃあ!?」
涙ながらに訴えたが、話の途中で阿藤に顔を殴られ気絶させられてしまった。葉月はだらんと床に倒れた。
「命は見逃してあげるわ…思い出もあるしね」
阿藤はそう言い残し、家を出た。
―――
葉月は夢を見る。
暦と一緒に阿藤夫妻に世話になっていた時のことを。親が殺され、とても辛かった葉月たちを支えてくれて、阿藤を本当の親の様に感じられた。そして優しい笑顔も向けてくれたことを。
「だけどもう存在しない…」
葉月の目の前に黒いジャケット来た女が現れる。
(だれだおまえは、私の夢に入ってきて。…そうだ私にエルカードを渡した女だ…)
「そうです。貴方の役立つ物を差し上げたものです」
(役立つ物…エルカードか)
葉月の言葉に女は笑う。
「そうです。戦う力ですよ」
夢はそこで覚めた。
―――
管理所の離れの保管庫 保管庫の中は広く、武器などの物が置かれていた。
本来ならだれもいないはずの部屋に、暦と阿藤がいた。阿藤は部屋の明かりをつけ辺りを見渡す。
「暦ちゃんここよ。ここでいいわ」
「ううう…やめようよこんなこと…」
暦の言葉に阿藤は平手打ちで答えた。暦の頬は赤くはれた。
「なにっているのかしら…あら」
「何をやっているんだ!こんなところで!」
警棒を持った職員二名が保管庫に入ってきた。
「どうして此処にいる事が、ばれたのかしら、ああ暦ちゃんあなたの仕業ね」
暦には考えがあった。保管庫へばれずに侵入するのと同時に、恩人の凶行をとめ無ければならない。それも、問題を限りなく小さくし、阿藤への罪を軽くしようとしたのだ。それをなすため、外にいた警備の幻覚を解き、ここに誘導した。
「武器を捨て、おとなしくろッ」
「嫌です。これかしら…」
阿藤は青いブレスレットを見つける。そして手に持った。
「おい、返事を!」
「うるさい、邪魔です」
阿藤は持参した刀を警備員に振るった。
―――
「はあ‥はあ…」
葉月は気絶から目を覚まし、管理所に向かっていた。管理所につくや否や、侵入者が保管庫にいると職員に伝え、突如のことに困惑する職員たちをよそに、保管庫に向かった。
「嘘でしょ…」
保管庫に入ると中には信じられない光景が葉月の目の前に広がっていた。阿藤によって切り殺されたであろう警備員の死体、涙を流して混乱している暦。
そして青いブレスレットを見て笑みを深べている阿藤の姿。そんな光景を見て、葉月は茫然自失となった。
「阿藤さん、あんたなんてことを…」
「あら葉月ちゃん、お目覚めね」
葉月の言葉に反応し、彼女はこちらを向く。彼女の体には返り血が付いていた。葉月は震え声で、止めようと言葉を発する。
「あんたが侵入したことは他の職員に伝えた。…もう終わりです。どうか大人しく…」
「終わり?、何も終わってはいないわ。今から始めるのよ」
彼女はブレスレットに向かい、言葉を発する。
「装着」
彼女の体は光に包まれた。光がやみ、現れたのは青い装甲を全身に纏った阿藤の姿であった。
「えっとなになに、これには思考を読み取り、自動で戦闘を継続させる機能があるのね。凄いわ」
「やめてくれ阿藤さん。もうやめて…」
「えっと私の考えは、妖怪の排除と邪魔するものの殲滅ね」
〔設定完了〕
機械音声が考えを読み込んだことを辺りに伝える。
「葉月は私を邪魔するんでしょう。なら、戦いましょう」
そう言い葉月に殺意と刀を向ける。
「やるしかないのか…」
葉月は心の中では混乱しながらも、相手を止めるため刀を抜き構える。
「…!」
先に動いたのは彼女だった。葉月に対し、上段斬りを繰り出す。それを葉月は刀で受け止める。しかし、互角というわけではない。相手はパワードスーツで力が増し、葉月をジリジリと押しつつあった。
「グうううううう」
「本当なら私の方が力負けするのにね」
葉月は今の状態は不利と考え、すぐさましゃがみ込み、足を狙い斬りにかかった
「甘いですねッ!」
「がはっ!」
だが相手は即座に反応し葉月の顔を蹴り、攻撃を防いだ。顔を蹴られ、うずくまる葉月を見下ろしながら阿藤は余裕の声で話しかけてきた。
「あなたに剣を教えたのは私ですよ。何をしようとするのか分かります」
「チィ!」
装甲の隙間を狙い突きを繰り出すが、刀は突き刺さらず、相手は無傷。葉月に諭すように話す阿藤。
「あなたの力なら装甲の上からでも貫けたでしょうけど、私だって封魔の者、霊力でスーツの強度を上げる事ぐらいできます」
そして、葉月に蹴りを入れた。葉月は腹部に蹴りを入れられて、壁に叩き付けられた。そして痛みで気絶してしまい夢の世界に行く …
―――
アサキシの屋敷に管理所の職員が駆け寄り、アサキシに侵入者の存在と葉月が何とかしていることを伝えた。それに対しアサキシは放っておけ、手出しはするな。と言い困惑する職員たちを下がらせた。一人になり呟く。
「時代に合わない封魔同士、共倒れしてくれることを祈っておくかな」
―――
夢の世界はかつての阿藤さんを映していた。彼女は葉月や暦を助け、まるで自身の子供の様に守っていた。そんな夢の中に黒いジャケットを着た女が三度現れ、葉月にに問う。
「なぜ、エルカードを使わないんですか」
「もし使ったら…」
「もうあなたの知っている人じゃないですよ」
女は、にやにやと笑いながら話しかけてくる。その言葉を何とか否定しようと葉月は声を出す。
「ちがう。阿藤さんは私の家族みたいな人で、だれにでも優しくて…」
「彼女は人を殺していますよ」
「…」
女の言葉に葉月は切り殺された人ことを考える。
(切り殺された人にも…家族が居たんだろう。夢があったのだろう。それを阿藤さんに奪われた……復讐のために、自分の願いのために)
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阿藤が眠る葉月に近づき、刀を向けた。
「これで終わりですね」
刃は振り下ろされた。
ガキン!!
金属音が響いた。振り下ろされた刀を、葉月は目覚め長刀と短刀をつかい防いだ。阿藤は優しく話しかける。
「あらお目覚め」
「悲しい夢をみたんです…」
「どんな夢なのかしら」
「貴方が優しかった頃の夢…」
この言葉に阿藤は沈黙した。話を続ける葉月。
「貴方はやってはいけないことをやってしまった」
刀を受け止めながら立ち上がる。
「ッ!」
阿藤は葉月が動けることに僅かに動揺したが、パワードスーツがある故に余裕の態度は崩さない。
そんな彼女に葉月は言葉を伝える。
「それは人を殺した事だ…」
「それは仕方がないことよ」
「そんなことない!」
葉月は刀をそらし後方へ逃れた。 相手を、阿藤を見据えた。そして
「今のあなたはもう見たくない!ここで…終わらせるッ!」
涙声で叫ぶ。そしてエルカードを取り出した。
「エルカード発動!」
<アサルト> 使用者に合った戦闘能力の付与及び向上、武装の強化。
葉月の周りに雷が降り注ぐ、雷は鎧に変わり葉月に与え、刀を青く染めた。
葉月がエルカードを持っていたことに阿藤は驚いたが、戦う意思は消えてなかった。
「びっくりしたわ、エルカードなんて、でも!」
相手は臆せず向かい、再び刃を向け斬ろうとする。葉月も刀を構える。互いの刃が交差した。
キンッ
金属音が部屋に響いた。
「え」
相手の刀は葉月の刀によって、切断されていた。
葉月は動揺する相手にすかさず、心臓部分目掛けて突きを放つ。刀は装甲を貫き心臓を切り裂いた。
彼女は刀を引き抜いた。すると阿藤の体はゆっくりと床に倒れた。阿藤は死んだのだ。葉月の刀は血に濡れていた。葉月はこれで終わったと思ったが、
「…何っ!?」
突如のことに驚愕した。阿藤の体が立ち上がり、声を上げたからだ。
「妖怪は殺す殺す殺す殺す殺す」
「な…ぜ、まさかスーツの力か!?」
彼女の言葉を思い出した。阿藤だった物が葉月に襲い掛かる
「殺すッ!」
「ち、畜生!」
葉月は刀で阿藤だった物の左腕を斬りを落とす。まだ止まらない。
「ああ、頭を斬り、落とせばっ…」
再び刀を振るい首を斬ろうとするが、阿藤の笑顔が浮かびできなかった。葉月は阿藤だった物に組み付かれ殴られる。
「妖怪殺す!!家族を返せ!!」
「もうやめてくれ!!そんな言葉もう聞きたくない!!」
(阿藤さんは優しくて …)
子供の様に怯え、懇願する。しかし阿藤だった物は怒りを吐き続ける。
「妖怪殺すウうううううううううううう」
「うああああああああああ」
憎しみの言葉に葉月は恐怖し、暦に助けを求めた。
「暦!阿藤さんに幻覚を、妖怪の幻覚を壁に作り出せ!!」
「えああああ、わわかかった!?」
泣いて伏せている暦にそう指示した。暦は動揺しながら、阿藤だった物に幻覚をかけ、壁に誘導する。 もし阿藤が生きていたのなら霊力を使い幻覚にかからなかっただろう。
「妖怪いいいいいいいい!!!死ねえええええええええ」
阿藤だった物は壁を妖怪と誤認識し、攻撃を加える、装甲に亀裂が入るほどに。何度も何度も壁を殴ったせいか、拳は砕け使えなくなる。すると頭を壁に叩き付ける、憎しみの言葉を吐きながら。
大きな音が保管庫に響く。葉月と暦は恐怖しながら、その光景を見ていた。やがて頭部の装甲が壊れ、生身の頭が現れる。しかし動きを止めない。やがて頭部が半壊し、ようやく動きを止めた。
〔戦闘続行不可能、装着解除します〕
機械音声と共にスーツが発光し、消えていく。現れたのはもはや彼女と認識できないほどつぶれた頭と砕けた拳、胸に赤い刺し傷を残したの死体だった。葉月は暦に尋ねる。
「終わったのか…本当に終わったんだよなあ暦」
「うん…」
その後戦いが終わったことを職員たちに告げ、騒動は収束した。
翌日殺された警備員たちの葬儀が行われ、亡くなった者の関係者は涙を流し、死を悲しんだ。阿藤の死体は灰にされ、寺の犯罪者や不要な者が眠る、無名の墓に埋葬された。
その墓の前に葉月と暦、ミヅクさんの三人が立っていた。ミヅクは手を合わせ悲しみ、帰っていった。暦も帰ろうとし、葉月に声をかけてきた。
「私も帰るよ葉月はどお?」
「もう少しここにいるよ」
「わかった…葉月はこうならないでね。あまりにも悲しすぎるから…」
暦はそう言い残し墓を後にした。葉月は一人墓の前で佇む。
「…」
彼女は妖怪を憎み死んでった阿藤の事を思い出す。
妖怪を憎み死んだ、何も残らなかった。
「…私も憎み続けたらああなるのか?…」
葉月の疑問に誰も答えてはくれなかった。
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人里、
ろうそく屋にて、ろくろ首の妖怪ムクがせっせと働いていた。
ちりんちりん。
店の鈴が鳴り客が入ってきた。ムクは手を止め客の相手に向かう。
「いらっしゃいませ…葉月」
「よう…」
店に入ってきたのは葉月であった。 ムクは思わぬ人物に面食らった。
「えっと…なにか」
「あの時はすまなかった…」
「え」
彼女はそう言い深々と頭を下げた。突然の事でムクは呆然としたが笑顔で対応する。
「えっとその、いいってもうあの時のことは、私生きてるし元気だし」
彼女は頭を上げ、ムクを見る。葉月の顔は悲しい表情だった。
「………なぜお前は」
「友達だからさ」
「…!」
その言葉に、葉月は店を飛び出した。ムクは一人になった。
「大丈夫かな…」
彼女を心配しポツリと呟いた。
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「なんで…なんで…」
(ムクの言葉が心に来る。ムクは妖怪なのに、家族を殺した妖怪の仲間なのに!!)
葉月は泣きながら人里を駆けた。
彼女は自分自身がどうしようもない事に気づいてしまった。




