眠りの森
どのくらい言葉を紡げば、あなたに届くのだろう?
深い深い緑の森の真ん中にあなたは居た。
何故こんな場所に居るのだろう? 今、私の周りに在るものは、高さも種類もちぐはぐな木だけで、問いかけても、答えてくれる人など居なかった。
その中で私は、走って、走って、走って。息が荒くなっていくのを、耳元で聞いていた。
やめて。どこまでも逃げるから。
「本当に。可哀想な子ね。」
「親に捨てられるなんて、この子にも何か悪い所があったんじゃない?」
「こんな子引き取るなんて嫌よ。」
走っていると、周りの木々が、ひそひそと話しているのが聞こえてくる。
やめて。全て私が悪かったの。
「だから、私は引き取るなんて嫌って言ったのよ!」ごめんなさい。どうか追い出さないで。
何時間走ったのだろう。目眩がして、足の震えが止まらなかった。
そんな時、森の中にぽっかりと空いた空間を見つけたのだ。
美しい空気があった。
優しい匂いがした。
そして、
あなたがいた。
そこだけ、光のさしこむ事の出来る空間があったんだ。
「ねぇ…あなたは、誰?」男の子は、何も答えないまま、近付いてきた。
そして、私の目の前まで来て、初めて口を開いた。
「僕は、知ってるよ。」
私より、少しだけ背の低い男の子は、まだあどけない口ぶりで、そう言った。
「君も、僕の事知ってるでしょう?」
そんな言い方が、懐かしい気がした。
「君の事、ずっとずっと大切だったんだ。」
きっと、私よりも年下だろう。なのに、こんな子供には似合わない言葉を小さな口で発していた。
―君はずっとここに居て良いんだよ―
そんな穏やかな言葉に涙が出た。けれど、私はこんな所に居てはいけない。
「帰らなきゃ。」
後ろで引き留める男の子の方を振り向く事もせずに、私はまた走り出す。
森の出口が見えた時、目の前が真っ白になって、私はその場に倒れ込んだ。
遠くで、男の子の泣く声が聞こえた。
ねぇ、覚えてる?
いつか君が泣いてた日。僕は、誰よりも君が大切だって思ったんだ。
あの、不思議な夢を見た日から、何年経っただろう?あの男の子は幻想だったのだと、そう自分に言い聞かせても、何故か信じられ無かった。
私は今日、結婚する。
隣には、私よりも背の高い、大人の男性が立っていた。
「…誓いますか?」
「誓います。」 そう言った瞬間、あなたは笑った。
そして、指輪をはめながら、呟いた。
「僕は、君を知ってるよ。君も、僕の事知ってるでしょう?」
涙が止まらなかった。
「ずっとずっと大切だったんだ。」
本当に、私はあなたの為にここまで生きて来たんだ。
「君はずっと…」
「あなたは、ずっとここに居て良いんだよ。」
美しい空気の流れるこの場所に。そして、優しくさしこむ光に、あなたへの愛を誓います。
―ありがとう―