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川中は、自分の一番の親友である安田圭一が、蒼い光に包まれて降下していくのを見た。
その下では、眼に見えない何かが爆発し、彼の生まれ育った街を、京都を、いや近畿圏一帯を崩壊させつつある。
安田圭一は、そこに飛び込んでいったのだ。
殺されたという彼の義妹の敵を討つために。
自分だって、そうすべきではなかったのか。
両親が吸血鬼となり、自分の妹を殺し、そして自分も殺されそうになったではないか。
だが、自分は行かなかった。
それは何故なのか。
答えは簡単である。この爆発に巻き込まれて、彼等は死んだと思ったからだ。
しかし、川中は、圭一を見て自分のその思いが偽りであることを思い知らされた。
悪夢のような、現実離れした戦いに巻き込まれ、死んでゆくのが怖かったからだ。
自分は逃げていたのだ。だが、だからといって、今さら戦渦に飛び込もうとは思わない。
飛び込むのなら、圭一とともに行くべきであった。果てるのなら、彼とともに果てるべきであった。
しかし、怖かったから逃げたのだ。
それでも、今はいいと思う。
安田は、必ず生きて戻ると約束した。それなのに、自分までがのこのこ戦いに参加し、死んだとすれば、あいつには戻ってくる場所が無くなるではないか。
自分は死ぬわけにはいかないのだ。
川中はそう思った。そして、ヘリを爆発の及ばぬところまで移動させようと、操縦桿を倒したのである。
爆発が収まったのは、始まってから十分ほど後ぐらいだったように思う。
川中のヘリは爆発の西端辺りを飛び、近くのビルの屋上に降りた。
爆発から逃れたものの、もはや街から人はおろか生き物全てが姿を消していた。
地上の全てが崩壊した――そんな世界を見下ろす川中の心の中に去来するものは何か。
虚無。
ぽっかりと大きな、眼に見えぬ穴が胸に開いている。
何か、とても大切なものを永遠に失ってしまった、そんな感じだった。
「それにしても――」
川中は、不意に呟いた。
それにしても、安田は変わった。
この、信じがたいまわりの切迫した現実が、あの大人しく穏和な彼を、あそこまで変えたのだろうか。
環境が人を変えるという説には納得はするけれども、あれは変わり過ぎなのではないか。
現に、自分は依然として以前のままだ。
何かがあったに違いない。そう思うのだが、それが何なのかわからない。
恐らく、他人には話したくもない、心の奥深くに仕舞っておきたいほどのことなのだろう。
川中は、ビルの反対側から地上を見下ろした。
ようやく視界に紗をかけていた土埃が消え、その世界の様子が見えてきた。
「…………」
声を無くした。
無惨だった。
もはや、言葉はそれしか見つからなかった。
長い歴史を歩んできた京都、そして奈良、大阪…それらを包含してきた活気ある文明が、今、少年の眼下に冷たい骸をさらしている。
家族が死んだ。友が死んだ。数え切れぬほど多くの人々が死に、無数の生命が失われた。
何のための「死」なのか。
そこに意味はあるのか。
川中は、その現実を前に足の震えが止まらなくなった。
恐怖と、底知れぬ怒りのために。
涙があふれてきた。
ここに生まれて、今生きているのは自分と安田だけだと悟った瞬間、川中は猛烈な孤独感に襲われた。
もし安田が戻って来なかったら…。
「俺は…本当に一人になってしまう――」
力なく両膝をついた。
戻って来い!
俺を、決して独りにしないでくれ!
心の中で叫んでいた。
そのとき、涙で曇る眼で川中は見た。
爆発で崩壊した地上に、今度は黒いものが覆いかぶさりつつある。
まるで半球のように、闇が巨大な翼を広げ、地上を覆い、その濃さを増していく。
何なのだ!?
川中は、フェンス越しにかぶりつくようにして、その半球を見た。
その耳に、今度は数多くの爆音が届いた。
ヘリコプターのローター音だとわかった。
「なんだ…?」
川中は手をかざし、眼を細めて見上げた。
十数機のヘリがこちらに向かってくるのが見える。濃緑の機体はどうやら自衛隊のヘリらしいが、その後ろにいるのは、どうやら報道機関のもののようだ。
どれもこれも、大空に浮かぶようにして出現した巨大な門すれすれを飛行している。
その門のことだが、あるマスコミの本社に入った情報によると「本物である」らしい。
つまり、材質は何であるのか全く不明なのだが、事実、そこにあるのだから本物なのだろうということらしい。
それはそれでいい。問題なのは、自衛隊だ。
防衛庁には、夜明け――爆発とともに総理大臣レベルの権限を持った「出撃禁止令」が出ている筈である。
これ以上、人の生命を失いたくないという配慮と、所詮人間の力ではどうにもならないことがわかっていたため、八導師の天が総理に通達させたのである。
それなのに、少数ではあるが出撃して来ているということは、命令違反を犯したとしか考えられない。
「馬鹿なことを…」
天が呻くように言った。
これと同じ台詞を、星は冷笑しながら言ったものだ。ただし、胸の中でだが。
血の気の多い馬鹿な男のおかげで、死人が増えるのだから当然だろう。
「八天部を動かしますか?」
しかし、口に出してはそう言った。
八天部の少年少女たちは、爆発が起こるまでは、圭一たちの街を囲むように八角陣結界を展開させていたのだが、爆発直後に八導師たちによって回収されている。
その彼等に、自衛隊を追い払わせようというのだ。
「いや、そんなことをしたら、八天部や我々の立場が危うくなる。放っておくしかあるまい。もはや、どうにもならんよ」
天は、哀しそうに頭を垂れた。
その馬鹿な奴等は、半球が徐々に黒く染まっていくのを、滞空しながら見ていた。
もしかしたら、TVカメラやスチルカメラのファインダーを覗いていた記者がいたかも知れないが、妖気が邪魔をしてまともに撮影できなかったことだろう。何せ、無線さえもの凄い電波障害を受けていたのだから。
そういったわけでメモを取るしかなくなった記者たちを後目に、自衛隊のヘリは目標に向かって動き出したのである。
十機の陸上自衛隊のヘリは、このときミサイルを両脇に三発ずつ抱えていた。
ついに、自衛隊の力を世に示すときが来た、とでも思っているのだろうか。
しかし、依然として彼等以外のヘリや地上部隊が到着しないところを見ると、命令違反は彼等だけらしい。
それでも、このヘリ部隊を率いる隊長に言わせてみれば、
「けっ。情けない奴等め。このようなときにこそ、我等の力を見せないでどうするのか」
となる。
そのとき、四機のヘリだけが、記者たちの見守る中、結界に向かって突出した。
何が起きるのか。
川中は、ビルの屋上から固唾を飲んでヘリの行動を見守っていた。
時が移るにつれ、半球の色はより闇色に近づいていく。
川中には理解できなかったが、その色を、美槌の科学局局長の〝恵〟は〝虚無〟の色だと判断した。
そして〝虚無〟は、外側で生じる一切の光、音、衝撃を吸収して無に帰す。そのため、決してその内側に届くことはない。それとともに、内側の出来事を外に洩らすことも絶対になかった。
八導師の放つ霊波さえ吸収しているのか、妖たちとの連絡が途絶えてから、かなりの時間が経つ。
恐らく、すでに魔人たちと邂逅し、戦いを繰り広げている筈だ。
その様子を外に洩らさないのは、戦士たちが戦闘に集中できるようにとの配慮だろうか。もしそうであるならば、半球の内部は、最高のバトル・フィールドということが出来よう。
では、その虚無の結界に直接攻撃を加えたとしたら、闇はどんな反応を示すのだろう。
八導師には、ヘリが次に起こす行動が予知により知らされていた。しかし、それに対する結界の反応は、不明だ。
彼等の能力を遙かに凌駕する存在だからだ。
妖気に妨害され役に立たぬマスコミの冷たいレンズは見た。
ヘリに搭載されていたミサイルが二発、発射されたのである。
正体不明の、しかも人間の手による造り物ではない物体に、いきなりミサイルを撃ち込むなどと、正気の沙汰ではなかった。
しかし、それを彼等は正気でやってしまう。
いや、もしかしたら、出撃したときから、すでに正気を失っていたのかも知れない。
白い尾を引いて、ミサイルが飛ぶ。
もし爆発したら、その爆風と衝撃波は川中のいるビルをも揺るがすであろう。
川中は耳を押さえて、その場に伏せた。
だが、いくら待っても何も起こらなかった。
不思議に思い、そろそろと顔を覗かせてみる。
何も変わった様子はなかった。
ただ、異様に静かだった。
もし川中の視力が、望遠鏡並みのものであったなら、彼はヘリの中の人々の顔を見ることが出来ただろう。
信じられぬものを見た驚愕の表情を…。
何が起こったというのか。
いや、何も起こらなかったのである。
もう一度、ヘリがミサイルを発射した。
先程とは違い、やけくそになっているな、と思える盲撃ちだ。狙いも何もない。
今起こったあの光景を夢と思いこもうとする焦燥が、そこには感じられた。
突出したヘリから放たれた残り全てのミサイルは、ぐーんと空を飛び――
じゅんっ!
「何っ!?」
川中の眼が大きく見開かれた。
ミサイルが、半球の〝虚無〟に激突する寸前、まさに一瞬で白煙となって蒸発したのである!
こんなことが……。
川中は茫然となって、自分がフェンスにしがみついているのさえ気づいていない。
こんな……。
人間の時代が終わり、化物の世界となるのか。
唐突に、そう思った。
それとも…黙示録の始まりか…。
川中の身体が、まさに芯から震えた。
「安田…お前は、いったい…」
何を知っているのか。
そして、何と戦っているのか。
そのとき、川中の視界の隅で閃光が生じた。
ほぼ完全に暗黒をまとって結界となった半球から、蒼い稲妻が幾条も発せられたのだ。
龍のごときプラズマの触手が、報道陣と自衛隊のヘリを舐めるように動くと、次々にヘリが爆発を起こしていく。
夢を…とびきりの悪夢を見ているような気がして、川中は頬をつねっていた。
「痛てぇ…」
夢ならば、たとえどんなに凄惨な悪夢であっても構いはしない。
だが、これは紛れもなく現実なのだ。
朝の空に、凶々しく爆光が大輪の華をいくつも咲かせ、そして散っていく。
人間が、神や仏への信仰を儀礼的なものと考え始めたその瞬間から、魔族に敗北するのは決定づけられていたのかも知れない。
機械や建物で己が生命を守ろうとしたため、精神はその本来備えていた力を失ってしまったのだ。
悪魔は、言ってみれば精神生命体――神と同じ精神エネルギーの存在だ。
勝てるわけがなかった。
そう悟って、川中は力なく頽れた。
人類に、明日はないのか。
その思いが、川中の心を黒々と蝕んでいた。
鋭い呼気を迸らせ、魔人伯爵が地を蹴った。
猛然と妖との間合いを詰める途中で、凶の右腕が真横に持ち上がる。
ぶんっ
と大気を唸らせ、激突寸前で身を屈めた妖の頭上を腕が走り抜けていく。
躱したことを感覚で知ったのか、妖が体勢を立て直す。
「――!?」
と、立ち上がりざま、何かを察知したのか、妖がそのまま宙に舞った。
コンマ二秒遅れて、妖の背中があったところを、凶の腕がすり抜けていく。
妖がラリアートを躱したと知るや、凶は腰をひねって妖の背中めがけて肘撃ちを放ったのである。
それを背中への空気の流れ、凶の殺気で看破した妖だが、不完全な姿勢からの跳躍は、彼に地面に倒れることを要求した。
素速く身を起こす妖。
その顔めがけて凶の鋭い蹴りが迫る。
舌打ちし、妖は思い切り身をのけぞらせた。
腹の上を、伯爵の蹴りが駆け抜ける。
妖は左手で全身を支えると、腕一本で反動をつけて立ち上がった。
そのときには、すでに凶の次の攻撃が開始されていた。
腰だめの右腕がかすむ。
繰り出されたブロウを首を傾げて躱すと、妖は右手を閃かせた。
右手の甲が、綺麗に凶の右頬に極まった。
たまらず凶がよろめく。その左側頭めがけて、妖の脚が優美な曲線を描いた。
「ちぃっ!」
脚をブロックした左腕に、じんと衝撃が疾った。
思わず顔を苦痛に歪めてしまう。
「はっ!」
凶が、負けじとブロウを放つ。
風を巻いて迫る拳を、妖は相手の手首に手刀を極め、円を描いて止めてみせた。
「ちぃっ!」
凶の拳が再び唸る。
それを外に弾き出した妖が、伯爵の顎を思い切り蹴り上げた。
もし完璧に蹴りが極まっていれば、凶の美貌は顎骨を砕かれて、ふためと見られなくなっていただろう。
しかし、凶は蹴りが顎にヒットする寸前に軽くジャンプしていたので、その効果はほとんどなかった。
それからの出来事は、まさに眼の覚めるような速さで起こった。
妖の蹴りを躱したことで少し余裕が出たのか、足が地に着く二瞬前に、凶は笑みを浮かべた。
しかし、どういうわけか、妖もそれに笑顔で答えたのである。
何だ?
その笑みの答えを、凶は己が肩の痛みで知った。
凶の足が地に着く。それを追うようにして、蹴り上げられた妖の脚が落下した。
何処に――?
凶の、左肩に。
骨の砕ける音がした。鎖骨が折れたらしい。
それでも声を上げなかったのは、さすがに戦士だけのことはある。
「……く…」
呻いて肩を押さえる凶の顔は青ざめ、冷や汗が浮き出ていた。
その凶の眼前で、妖の長身が独楽のように回転した。
一瞬。
妖の口から裂帛の気合いが上がったとき、
「はっ!」
凶の側頭部に、妖の神速の回し蹴りが弧を描いて吸い込まれていった。
たまらず、凶が吹っ飛んだ。
信じられなかった。
ここまで、虚仮にされたのは、初めてだ。
屈辱が広がっていく。
くそ。
くそ。
地に伏した凶が探るように手を動かしたとき、指先に何かが当たった。
硬質で冷たい感触。
凶は顔を上げて、見た。
苦痛に歪んだ貌が、奇怪な笑みに覆われる。
指先に鋭い裂傷が生じ、そこからどす黒い血――悪魔の血が流れ出していた。
指が、刃に当たったときに切れたのである。
凶のすぐそばに、彼の暗黒の剣が横たわっていた。
腕を動かし、柄を握りしめる。
剣を杖にして、凶はゆらりと立ち上がった。
妖は――?
眼だけを動かして、相手を捜す。
妖は、彼の剣が突き刺さっている場所に移動していた。
そして、大地より剣を引き抜き、構える。
「くく、そうか、そういうことか、妖」
第一ラウンドは凶が勝った。
第二ラウンドは妖。
次は第三ラウンドだ。
さて、どちらが勝つ?
凶は知った。
決着をつけるために、妖は、自分を剣のある方向に蹴り飛ばしたのだということを。
「アジの真似を~」
呻くように言う。
どうやら「アジな真似を」と言いたいらしい。
凶も剣を構えた。
すでに肩の骨折は完治している。酷使に問題はなかった。
先に地を蹴ったのは、妖だった。
猛然と突っ込む。
「また、剣を弾かれたいのか、妖!」
横薙ぎの銀閃を、戛然と暗黒の刃が受け止める。
その刹那、凄まじい鉄火と妖爆が生じた。
ファレスが魔界より召喚し、死人の肉体を与えて創った死人ゴーレムは、ヘレニズム文化時代の彫像のような肉体美は持っておらず、その対極に位置する「子供の粘土細工」のような体つきをしていた。
首はなく、頭部らしき盛り上がりに、刃物で切ったような眼と口があるといった具合だ。
双眸は、らんと赤く輝いて玲花たちを嘲笑しているかのようだ。
「どうした、来ないのか?」
また、ファレスの声が聞こえる。
「おじけづいたのか? 所詮は人間だな。ならば、大人しく、つぶされて死ぬがいい」
死人男爵の声は嗤っていた。
明らかに人間を虫ケラと見下している証拠だった。
ゴーレムが、その巨大な脚を持ち上げ、ゆっくりと歩き始めた。
一歩足を踏み出すごとに地鳴りがし、グラウンドが揺れる。
「私、やるわ」
玲花が、獅天と光炎の方に向き直って、決然とそう宣言した。
「しかし、玲花、奴等には俺たち人間の能力なんて……」
「珍しいわね、獅天。あなたが、そんな弱気になるなんて。でも、妖に約束したじゃない。まかせておけって」
「そ、そりゃ、そうだが…」
口ごもる獅天に、玲花が優しく問いかける。
「ね、獅天。私たちに魔剣が仕える意味って考えたことある? 〝美槌〟には、神々が復活するその瞬間まで、大魔王サタンをはじめとする無数の悪魔の復活を阻止するという使命があるわ。その美槌に参入したときから、私たちは持てる能力の全てを発揮して、魔族と戦わなくちゃならない。
私たち四天王に魔剣が仕える理由は、ね、私たちに使命を達成し得る能力があると認めてくれているからでしょう?
八天部を率いる地位にある私たちが、弱気になってどうするというの?
敗北を認めたら、それで終わりなのよ」
そういって、玲花はにっこりと微笑んだ。
その笑顔に、獅天は自嘲気味に肩をすくめて見せた。
「…ふ。そうだな、そうだよな。忘れていたよ。俺たちは四天王だったんだよな。――こいつは、逃げるわけにはいかねえな」
獅天の顔に、いつもの彼らしい笑みが戻ってきた。
やはり、獅天はこうでなくては、と光炎と玲花は思った。
依然として、ゴーレムはゆっくりとした歩調で、三人に向かって接近を続けている。
玲花は美貌を戦士の顔に変えて、ゴーレムを見つめている。
「それにね…」
二人の男を振り向いて、彼女は言った。
「何かこう…身体の奥底から力が湧いてきている、そんな感じがするの。だから、やれそうだなって思ったのよ」
言われてみれば、そうだった。
自分の内に秘められた可能性――未知なる能力の根源が解放されたとでもいうのだろうか。
身体が熱かった。
「妖がやったというのか?」
と獅天が少し眉宇をひそめていう。
「たぶんね。あの人なら、やりそうな気がするのよ」
「なるほどな」
と口で納得しながら、心の中で獅天は、信じているんだな、と呟いていた。
「わかった。じゃ、玲花、お前の能力を一つ俺たちに見せてくれ」
「ええ、いいわよ」
言い残すや、玲花は軽く地を蹴り、真上に跳躍した。
「な――!?」
獅天らが驚くのも無理はない。
普段から助走なしで二メートルもの跳躍が可能な玲花であったが、このときゴーレムの頭頂までの約十メートルを軽々とクリアーしていた。
玲花自身、これに驚きながらも、魔剣を振りかざし、蒼い光の雨をゴーレムに放った。
「なにっ!?」
ファレスの驚愕の声が響きわたる。
ジャンプした玲花を捕らえようと伸びてきた巨腕が、まず最初に溶けた。
続いて頭、肩、胴…。
まるで炎に炙られた蝋燭のように、どろどろと溶け落ちていく。
「馬鹿な…。この光、これまでのものよりも数段パワーアップしているぞ!?」
死人男爵がセリフを言い終わる頃には、ゴーレムはあとかたもなく溶けて、グランドに溜まっていた。
髪を優雅に揺らせながら、玲花が降り立つ。
「やったな、玲花!」
「まあね。でも、ちょっとあっけなさすぎるわ。これで終わったなん、て……え、え――!?」
玲花が肩越しに振り向いたとき!
再び、耳を塞ぎたくなるようなおぞましい音を立てて、二本の巨大な腕が沼から形成された。
掴みかかってくる!?
「逃げるのです!」
光炎が叫んだ。
その瞬間、三人は幻となってその場から離れた。刹那、彼等が今までいた場所に、ゴーレムが手をついた。すると――
おお、見よ!
「ああ!?」
ゴーレムが手をついた大地が、その手の形に腐り、異臭を放ちながら溶解したではないか!
そして、沼から全身を引き抜き、ゴーレムは赤光を放つ双眸を怒りに燃え上がらせ、今ここに復活した。
足許のグラウンドも同様に、ゴーレムの身体から滲み出る液に溶かされていく。
「ぬかったわ! まさか貴様等のパワーが強力になるとはな。だが、遊びはこれまでだ。――貴様等を二度と輪廻転生出来ぬ永劫の闇の彼方へ沈めてくれるわ!」
ファレスの怒号が、凄まじい殺気とともにゴーレムの全身から吹きつけてくる。
獅天は、これから本当の地獄の始まりなのだと悟った。




