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(1) ソルトフラッツ

 純白の地面は太陽の光を反射し、閉じられた彼の目にも容赦なく光を染みこませてくる。

 彼の名はトーミ。高良藤巳という名前があるが、今はトーミという名のほうが通りがいい。

 トーミは寝っ転がっていたシートから起き上がり、黒く柔らかい髪を指で梳いた。

 ジーンズに包まれた足をシートから下ろし、革のスニーカーを床につく。丸めて枕替わりにしていたジャケットをボタンダウンシャツの上に羽織り、ジッパーを閉じる。

 トーミは目の前に広がる風景を眺めた。

 革巻きのステアリング、スピードメーターとその手前に付け足されたタコメーター、慣れ親しんだ車内。

 フロントガラスの向こう側には、未だ慣れぬ景色が広がっていた。

 白く平坦な平面がどこまでも広がっている。遠く陽炎の向こう側に島のような緑地と、岩山が並ぶ様が見える。

 ユタ州やアラスカで塩湖を見たことも、そこを走ったこともあるが、それより純白に近い白。

 

 塩というより粉砂糖を敷き詰めたような地面が微かに震え、続いてこの微妙に馴染まぬ風景よりいくらか慣れ親しんだ外部刺激が近づいてくる。

 大きな音。人によっては音楽と呼ばれ、別の人に言わせれば雑音。トーミにとっては幼い頃からよく聞いていた車のエンジン音。

 重なって一つになっていた二種類の音が別個の音になっていくのが聞こえる。フォーン!と言う高い音とバラバラという低い音、こんな音をずっと聞いていられればいいとずっと思っていた。

 耳を澄ませたトーミは、近づいて来る音源のうち、高音のほうが僅かに先に聞こえることに気付く。

 今日はこっちの勝ちか、と思った途端、二つの音に鋭い金切り音が加わった、激しいブレーキ音はトーミの左右で停まる。

 トーミが寝転がっていた車の左右に二台の車が停まる。先に左側に停まったのは赤い車。数秒の差で右に停まったのは銀色の車。

 赤い車の窓が開き、中から現れたドライバーが、トーミの車の開け放たれた車窓に向かって声を出す。

「今日はわたしのフェラーリの勝ちね!」

 銀色の車が停められた右の窓から、悔しそうな声がする。

 「昨日はわたしのポルシェのほうが速かった、これでおあいこ」

 さっきまでの静寂が幻だったかのように、塩湖に三台の車が並んでアイドリング音を発している。

 右の赤い車はフェラーリ・デイトナ

 左の銀色の車はポルシェ・カレラRSRターボ

 そしてトーミの乗る真ん中の黄色い車は、一九七四年式シボレーC-10トラック

 トーミは前方を見ながら声を出した。

「俺のシェビーのほうが速い」

 トーミはフェラーリとポルシェに向かって言った積もりだったが、トミの言葉を聞いた二人の女の目が高揚に輝く。

 フェラーリの女がアクセルを吹かしながらトミに言う。

 「だったらさっさと走りなさい!」

 ポルシェの女は車内のスイッチを操作しながら言う。

「いつも通り学園の門まで」

 シボレートラックのベンチシートに座り直したトーミは、シートベルトを両肩にかけてステアリングを握り、長い鉄棒のシフトレバーを一速に入れた

 アクセルを吹かす。バーッという音と共にシボレーV8エンジンが咆哮し、運転席にまで振動を伝えてくる。

 スタートの合図が必要だという事に気付いたトーミはシートを探る、25セントの硬貨に手が触れた。

 この世界では何の役にも立たない銀色のニッケルコインを放り投げる。太陽の光を反射して輝いたコインが塩湖に音も無く落ちると同時に、アクセルを吹かし重いクラッチをスパっと戻した。

 一瞬空転したタイヤが塩の地面を噛む感触が伝わってくる。続いて背中を蹴っ飛ばされるような加速の衝撃。

 左右を見ず前だけに視線を送りながらシボレーのエンジンを8000回転まで回してギアを二速に叩き込んだ。シボレーは白い世界に吸い込まれるように加速していく。

 左右を流れる白い景色。シボレーのエンジン音。トーミがずっと昔から望んでいた、走ること以外何も考えなくてもいい時間が始まる。

 ここは天国なんだろうかと思ったことが何度かある。そのたびに天国に似ているが少し違うところだという結論に達する。

 トーミにとって、ここは墓場だった。

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