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失踪(疾走)

 やってしまった。

 やってしまった……。


 やってしまった――!


 自転車のペダルを全速力でこぐけれど、どれだけ早くしたって過去と現在は振り切れない。


 冒険者は自己責任?


 なんてブーメラン。

 ただ「心配しなくていいですよ」と告げればいいだけなのに、どうしてあんな憎まれ口を叩いてしまったんだろう。


 シルキィさんなら「お酒のせいよと髪を直して青いイナズマー♪」なんて茶化すところだろうけど、僕にそんな余裕はない。


「そんなに焦ってどこに行こうというのですか?」


「どこだっていいだろ……って、ええ!?」


 聞こえる筈のない声。自転車を止めて振り返れば、器用にも荷台の上に悪魔が立っていた。


 風が吹き、長い燕尾服のすそがたなびく。


「まったく、こんな遅くまでわたしを放っておいてどうするのですか。

 仮にも主でしょう。衣・食・住は保証してもらわないと」


「ええっと、そういうもの、なのかな」


「当たり前です。住はよしとしましょう。いわくのありそうな家ですからね。

 衣については自分で何とかします。あなたに任せれば、ピエロのような格好をさせられてしまいそうですし。

 残るは食、ええ、大きな問題です」


「いや住も問題ありだよそれ。いわくって何だよ、いわくって」


 だからギルドも気前よく貸してくれたのだろか。


「些細な事です。まったく、怨霊のひとつふたつは気前よく住まわせてあげなさい。器の小さな男としかいいようがありませんね。

 それで食ですが、昨夜のようなドロヘドロを出されてはたまったものではありません。ですから」


「ですから」


「今の時間でも開いている、とても美味な料理店まで連れて行きなさい。ほら、はやく」


「わかったわかった。だから蹴らないでよ」


 ゲシゲシ。

 こっちにあたるかあたらないかのギリギリでローキックを繰り出してくるカジェロ。


 ほんと図々しい悪魔だなコイツ!

 でもまあ。

 ちょっと、気が紛れたかもしれない。



 * *



 主賓扱いのパーティを抜け出して、別の店で食事。

 

 見つかるとそれなりに面倒そうだし、ちょっと遠出することにした。


「わたしは構いませんよ。漕ぐのはあなたですからね」


「くそう、急カーブで振り落としてやる」


「できるものならどうぞ。わたしが悪魔であることをお忘れなく」


 軽口を飛ばし合いながら、夜の街を走る。


 迷宮都市ノモスはおおまかに五つの地区に分かれている。

 東西南北、そして中央。

 僕たちが暮らしているのは東地区だ。ダンジョンの出入り口が最も多く、冒険者の多くがここに住んでいる。

 逆に西地区は平穏そのもので、いろんな店が軒先を連ねていたりする。

 レストランに酒場、大型商店に鍛冶屋、色町なんかもある。行ったことはないけどね。


 僕が向かったのはちょっと裏手にある居酒屋。

 前にスマイルズ先輩に連れられていったところだけど、なかなか嬉しいものを出してくれるのだ。

 今は亡き初代店主が、たぶん、現代日本の転生者だったんだろうね。大阪あたりの。

 タコ焼き、お好み焼き、焼きそば。

 懐かしのB級グルメを安値で提供してくれていた。

 しかも遅くまでやってるから、こういう時は大助かりなのだ。


「んん? あんた、前にも来ちゃいなかったか?」


 格式ばったレストランでもないし、荒くれ者の多い迷宮都市だ。

 店員のマナーなんて問うほうが無粋で、むしろ日本にない新鮮さを楽しむところだろう。

 愛想は決して悪くないしね。


 僕らの応対をしたのは、黒い髪の女の子だ。

 短く切りそろえた髪の中から、ピョコン、とキツネめいた耳が飛び出している。


 獣人。

 ダンジョンの中にいたウルフチェーンソーとは近くて遠い存在だ。

 遺伝子改造によって動物の力を得た人間が祖先なんだとか。

 他の国じゃわりと差別されていて、だから都市国家ノモスに逃げ込んでくる人も多い。


「思い出した思い出した、スマイルズの連れか!」


 うんうん、と頷く女の子。

 ちなみに服装は(噂によると初代店主の趣味で)青いチェックのメイド服。スカートは短い。

 彼女の場合、健康的な小麦色の肌が眩しかった。


「うちの味が恋しくなって来ちまった感じかい?」


「ええ、前に一度」


「そっか。今日のおすすめはブタ玉だよ。お客さん、自分で焼けるタチだっけ?」


「ええ、大丈夫です」


 関西出身の実力を見せてやる。


「すみませんお嬢さん、彼に任せるとろくなことになりません。手伝ってやってくれませんかね」


 ちょっと待ったカジェロ。ホントに僕は上手なんだって。


「まだ酒が残っているでしょう。冒険者なのですからリスク管理くらいしっかりやってください」


「へえ、アンタら冒険者なのかい? 見たところ銀髪のおにーさんが師匠で、アンタは弟子ってところか」


 いや実はこの男悪魔でして……って、話がややっこしくなりそうだからやめておこう。

 別に師弟関係でいいや。こっちを見下せるわけだし、カジェロも喜ぶだろう。


 そう思っていたら。


「いえいえ、意外なことに逆なんですよ。わたしが弟子入りしていましてね、ええ」


 驚きの展開。

 なんとカジェロが僕を立ててくれたのだ。


「ですがこの師匠、冒険以外はからっきしでしてねえ。家はゴミの山、料理を作らせればケシズミだらけ、しかもひどい女好きときた。

 自分の選択を心の底から後悔してるところなんですよ」


 くそう。

 一瞬でも気を許した僕がバカだった。

 持ち上げて落とす。なんて悪魔だ。


「あはははっ、お客さん、そうはみえねえけどな!」


 大声で楽しそうに笑う店員さん。

 なんというかさ、周囲を明るくしてくれるタイプの女の子だ。

 キツネ耳も元気にピョコピョコ揺れている。


「ま、とにかくごゆっくりー」


 ピシっ、と敬礼っぽく右手を挙げると、店員さんは別の席へと向かっていく。

 看板店員なのだろう、あっちこっちから親しげに声を掛けられていた。


 ちなみに店の名前は『耳と尻尾』亭、この上ない分かりやすさだと思う。

 実際、表で働いているのは男性も女性も獣人ばっかりだ。


 ざっと眺めると、狼と猫が半分以上。犬とウサギがちょこちょこで、キツネはあの女の子だけらしい。


「いやらしい目をしてますね。アレですか、獣人という劣等感につけこむ算段でも立てているんですか?」


 そしてカジェロは素面のままで絶好調だ。


「彼らは虐げられて生きてきた、だからちょっと優しくすればコロッと落せるだろう。

 どうせそういう幻想でも抱いているのでしょう?」


 うっ。

 考えたことがないとは言わない。

 だってさ、ネット小説とかでよくある展開だしさ。


「世の男どもはみんな同じようなことを考えていますよ。すでにそういうアプローチをかけた者も少なくないでしょう。

 そして獣人というのは負の感情に晒されてきたために、下心というものに敏感です。

 やましい気持ちが強ければ強いほど、真剣さを装うということもよく知っています」


「裏を返せば、あんまり惚れっぽくないってことだろ?

 親切にされるたびコロっと落ちてたら、ビックリするくらいの放蕩三昧になるじゃないか」


「……なんというか、歪んだ極端さですね」


「僕は前向きに捉えてるつもりだけど」


 そんな話をしていると、犬耳の青年がコップを二つ置いて行った。


「葡萄ジュースですか。お子様ですね」


「本当なら二十歳までお酒は飲まないことにしてるんだ。故郷のしきたりでね」


「あなたからはひどく後ろ向きというか、失ったものにすがりつく落伍者の香りがします。

 そういう意味では、悪魔の召喚者にお誂え向きですね。誰も彼もが後悔に負けて超常の力に縋るものですから」


「……返す言葉もないよ」


 実際、リコの件を抱えきれなくって"恋結びの秘術"に頼ったわけだしね。


「ああそうそう、昨夜のおかえしをまだしていませんでしたね」


「リゾットのことかな」


「あのグチャグチャをリゾットと言い張れるあなたの神経を疑いますよ。脳のどこかが切れちゃいませんか?

 有能な人間を指す言葉にキレ者なんてありますが、仮の主(マスター)の場合は振り切れ者ですね」


「逸脱者、っていうとなんか格好いいよね」


「所詮はただの社会不適合者ですよ。まあ、一般社会のアレコレを嫌って冒険者にドロップアウトした人間が、そこで一般社会のようなコミュニティを築いているのは失笑モノですが」


 現代日本でいうところの「群れを嫌って飛び出した不良が、似た者同士で群れを作ってるんじゃねーよ」問題だろうか。


「ともあれ軽い仕返しをさせていただきました」


「いったい何をしたんだよ」


「あなたが今飲んでいるジュースですが、実際はお酒です。こっそり味を変えさせていただきました」


「えっ、ちょっ」


 もう飲み干しちゃったんだけど。

 言われてみればなんだか、ヒック、視界が、回る……。


「ついでにアルコールの度数も引き上げてます。

 さあさあ、どうしてあんなひどい顔でギルドから逃げ出したのか、キリキリ白状してわたしを楽しませてくださいよ」



 カジェロはニィィィッ、と肉食獣が牙を剥くように微笑んだ。


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