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治療(代償)

 クエストを終えると、僕はすぐにシーラさんの研究室へと駆け込んだ。


「右腕がポロリ! こりゃまたハデにやらかしたね!」


 彼女はカラカラと、心から愉快そうに笑っていた。


「今日はイヤな予感がしたから"手術室"の準備をしておいたけど、うん、まさかの大当たりだよ。愛の力は偉大じゃないか!」


「シーラさんのそれは、実験動物に対する愛着をこじらせたものですよ。

 ついでに独り身が長いものだから寂しくって、だから手ごろな僕で妥協してるだけです」


「あいかわらずの毒舌っぷりで安心したよ。

 キミがこんなに口が悪いって、他のみんなは知ってるのかな?」


「隠してるつもりはないです。……シーラさんに甘えてるのは、自覚してますけど」


 相手が怒らないと分かっているから、安心して憎まれ口を叩くことができる。

 他のみんなは「残念美人」とか「性格がちょっと……」とか言うけどさ。

 僕にとっては、肩ひじ張らずに接することのできる相手だった。


「それってつまり、ボクのことが好きなんじゃないかな?」


 どうだろう?

 冒険者になってからというもの、シーラさんには何度となく助けられている。

 その感謝を恋愛感情に履き違える。さながら女医さんや看護師さんに恋する少年みたいに。そうすれば人生は楽になるかもしれない。


 美人だしね、シーラさん。

 ふんわりとした翡翠の髪と、くりっと丸い瞳。

 やや幼げな顔立ちに、細い顎と綺麗な鼻梁。

 少女のような、大人のような。

 どちらでもあって、どちらでもない。

 揺らぎの美しさ。

 そういうものを漂わせている。


 僕自身はかなりの根暗ネガティブだから、引っ張り上げてくれるような明るさに憧れないわけでも、ない。


 でもそれは不誠実な妥協だろう。


 どうせこれは二度目の人生、しかもフィクションじみたファンタジーの世界なんだ。


 だったら、現実に存在するかどうか分からないものを大事にしたっていいじゃないか。


「キミはリースレットというより、恋に恋してるんじゃないかな?」


「そうかもしれません」


 だからこの片想いは報われなくていい。知られなくていい。


『葉隠』ってあるよね。ほら、「武士道とは死ぬことと見つけたり」の本。江戸時代に書かれたヤツだ。


 あれにさ、すごくいい言葉が載ってるんだ。


 ――秘すれば花なるべからず。恋の至極は 忍恋と見立て申し候。逢ひてからは、恋のたけがひくし。一生忍びて思いひ死するこそ、恋の本意なれ。

 


 成就した恋は恋じゃない。

 片想いのままに終わって、そのまま死んでしまうのが一番いい。


 うん。

 シンプルでいいじゃないか。

 

 恋人になってキスをしてその先がどうのこうの。

 私がいながら僕がいながら他の相手とどうのこうの。


 そんなややっこしいものには、もう触りたくない。


「ま、せっかくボクとキミの二人きりなんだ。

 他の女の話なんて無粋だからやめようじゃないか」


「リースレットさんの話題を出したのはシーラさんですよ」


「あーあー聞こえなーい」


 わざとらしくそっぽを向きながら、プスリ。

 点滴の針が入る。

 だんだんと眠気が強くなってくる。麻酔だ。

 次に目を覚ました時、僕の右腕は元通りになっているだろう。

 古代人のテクノロジーってすごいよね。

 SFじみた万能細胞まで生み出してるんだから。


「もうすぐ意識が落ちると思うけど、言い残すことはあるかな?」


「シーラさん」


「なんだいなんだい」


「そのゴスロリ、年を考えた方がいいですよ……」


 不思議の国のアリスじみたエプロンドレス。

 いや、可愛いんだけどね。

 でもこの人、年齢としては数百歳だったりするわけで。


 ダンジョンで怪しげな装置の暴走に巻き込まれて不老不死になっちゃったとか。


「ほんっと口が減らないね、キミは。

 まるで大昔に会った悪魔みたいだよ」


「なん……です、それ……?」


 だんだん眠気が強くなってくる。

 魂が地の底に吸い込まれていくような、錯覚。


「"誘いて惑わす魑魅魍魎の王"――元神族の中でもいちばんタチの悪いやつだよ。

 ダンジョンの機能をハッキングしてモンスターを片っ端から地上に出したり、かと思えば周辺一帯を焦土に変えたり。

 なーんか似てるんだよね、キミとカレ」


 まさかとは思うけれどそれってうちのカジェロじゃないだろうかでも僕ってあいつほど毒舌じゃないし……。

 そんなことを考えているうち、僕は完全に眠りへと誘われていた。



 * *



 シーラ・ウォフ・マナフにとって、腕を繋ぎ直すくらいは簡単な仕事だった。

 麻酔の導入から終了まで一時間。

 魔法を交えた外科手術とはいえ、世界有数の速度である。


「キミがただの鈍感だったら、まだ話は簡単だったんだけどね」


 手術台で眠りこけるアルフレッド。

 あどけなさを残した頬を、シーラはつん、と指でつついた。


「こっちの気持ちも知らないで、なんて言わせてもくれない。ひどい男だよ」


 アルフが大怪我を負うのは決して珍しいことではない。

 ランクAになってからは減ったものの、昔は毎日のように死にかけていた。


「実験動物に対する愛着――まあ、否定はしないよ」


 彼のおかげで医療テクノロジーに関する研究は大幅に進んでいた。

 なにせ次から次へと新しい傷をこさえてくるのだ。しかも致命傷ばかり。

 莫大な魔力容量の持ち主でなければ生きていられなかっただろう。


「でも、きっかけも過程もどうだっていいじゃないか。

 結局は人柄だと思うよ? 性格が合わないなら、あくまでビジネスライクな付き合いに留めていただろうしさ」


 こっちは悠久の時を生きる不死者なのだ。

 古い記憶は薄れているが、他者との距離感くらいは心得ている……つもりだ。


「アルフくんは十五、六歳だっけ」


 遠い昔、友人が言っていた。そのくらいの男子は性欲と潔癖症の板挟みで、けれど結局、理性より本能が勝ってしまう、と。


「キミは潔癖症に寄りまくってる気がするけれど、いったい何を抱えてるんだろうね」


 シーラは手を伸ばす。アルフレッドの髪は焼きたてのパンに似ている。優しく撫でる。やわらかい手触りだった。

 

 キンコーン、と。


 呼び出しのチャイムが鳴る。


「……無粋だね」


 少しむくれながら手術室を出るシーラ。

 浄化エリアを通って、執務室へ。


「なんだいなんだい、今日はもう店じまいだよ」


 想いっきり迷惑そうな表情を作りながら、扉を開く。


「……すまない」


 そこに立っていたのは、赤い髪の女性。

 リースレット。

 いつもなら凛とした美しさを湛えるその表情は、しかし、今は昏く曇っている。


「アルフレッド君を、見なかったか?」


「さてね。こっちには来てないよ」

 シーラは咄嗟に嘘をついた。

「というかお姫様、キミは一緒にクエストへ行ったんじゃないのかい?」


 お姫様。シーラはリースレットをこう呼んでいた。

 ()()シーラが仇名をつけるほどなのだ、仲がいいに決まってる――周囲からはそう思われていた。


「ああ、途中までは一緒だったんだ。だが、私が足を引っ張ってしまって……」


「君だけ先に帰還して、アルフくんはまだ姿を現さない。そんなところかな?」


「その通りなんだ。スマイルズが言うにはちゃんと戻ってきたはずなんだが……それに……」


「それに?」


「私のせいで怪我をしてしまったかもしれない。

 直接見たわけじゃないんだが、その、もしかしたら腕を、チェーンソーで……」


「なるほどなるほど。それは確かにボクの力が必要になる案件だね。でも安心するといい。カレはこっちに来てないよ」


 シーラはリースレットに対し、いつもにこやかに、愛想よく対応している。

 気に入っているから?


 違う。

 

 いつだったかの手術のあと、アルフレッドが寝言でこう呟いていたからだ。


 ――イタリアのマフィアは、殺す前に花束を贈る。


 イタリア、そしてマフィアとは何なのか。

 そのあたりはサッパリわからないものの、後半のフレーズはひどく心に残っていた。


「わかった。ありがとう。もし見かけたら、食堂で待っていると伝えてくれないか」


「パーティかい?」


 スマイルズはクエストの後、いつもその報酬で飲み会を開く。

 騒ぐのが好きなのもあるが、そうすることで他の冒険者からヘイトを集めないようにしているのだろう。

 胃袋を掴む戦略、ということだ。


「ああ。その、先生は来ないのか?」


「ボクは遠慮しておくよ。静かなところが好きなんだ」


「私もだよ。それじゃあ、失礼する」


 コツコツと廊下を歩き去っていくリースレット。

 その背中が曲がり角の向こうに消えるのを確認してから、シーラはバタンと扉を閉めた。


 ため息。


「アルフくん、キミとしちゃあ献身を知られたくないんだろう? だからガマンしておいてあげたよ。

 本当なら何もかもぶちまけてやりたかったけどね」


 それに。


「――キミの本当の姿を知っているのはボクだけでいい」


 お姫様(リースレット)に真実は必要ないんだ。


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