表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/60

Plaudite amici (友よ、拍手を)

 僕は地面に倒れ込む。

 

 終わった。

 やっと、終わった。


 クラウスが蘇って真の姿に、なんて展開もない。


「当然です。わたしの糸は単純に物体を切断するだけではありませんから」


 カジェロは人間の姿に戻っていた。微笑こそ崩していないけれど、顔には明らかな疲労が浮かんでいる。


「……ダンジョンの機能は俺が完全に掌握した。ヤツが復活する可能性はゼロだ」


「無事だったんだね、バレル」


 クラウスの火炎を至近距離で食らったせいだろうか、人間態が解けて蒼い狼男に戻っている。


「何とかな」


 美しい毛並みは一部が黒く炭化しているものの致命傷には遠そうだ。


「ヤツは他にもいくつか厄介な術式を仕込んでいた。

 ……(もっと)も、お前たちがクラウスの気を引きつけてくれている間にすべて処分してしまったがな」


 じゃあ、本当に一安心ってわけだ。

 このまま眠ってもいいかな。正直、もう、限界だ。


「駄目だ。眠ったら死ぬぞ」


 ああ、ほかほかのごはんが見える……。


「冗談で言っているわけではない。――俺たちは少々派手に戦い過ぎたらしい」


 バレルの言葉を肯定するように、地面が激しく揺れ動いた。

 ビキィ、と地割れが走る。


「……まさかとは思うけど、ダンジョン、崩壊するのかな」


「ああ」


 僕の問いかけに頷くバレル。


「最悪の場合、ノモスが地の底に沈むだろう」


 なんというお約束。

 自爆スイッチに次ぐありがち展開だよね。崩れていく敵の本拠地。


 これはまずい。

 僕たちの命もかかってるし、地上にはとんでもない数の人間が暮らしているのだ。

 去年の統計だと人口は六桁に迫っていた。今年はもっと増えているかもしれない。


「安心しろ。前に言っただろう、お前と、お前を取り巻くすべてを守ると。

 ノモスは壊させない。そして、俺の生まれ故郷たるここ(ダンジョン)も」


 ああそうか。

 バレルはダンジョンの機能を手にしてるわけだし、それでチョチョイのチョイ、と。


「……できれば苦労しないのだがな。俺一人では難しい」


 それからバレルは僕から視線を外すと、正面に立つ燕尾服の悪魔に話しかけた。


「カジェロ、だったか。旧き蜘蛛の神よ、その偉大な力を貸してもらいたい」


「わたし、ですか?」


 なんだか少し嬉しそうなカジェロ。もしかしておだてに弱いタイプだったのだろうか。

 互いに何でも知ってるつもりだったけど、新発見だ。


「ああ。貴殿の糸でもってダンジョンの全十三区画を改めて繋ぎ直す。

 骨組さえできれば俺が何とかしよう。……頼めるか?」


「さて、ね? 実のところわたしは雇われの身でして。……いかがしましょうか、我が主(マスター)?」


 そんなのわざわざ訊く間でもないんじゃないかな。


「いえいえ、実は残念なお知らせがありましてね。

 ご存知かも知れませんが、わたしはもう長くありません」


 ああ、知ってるよ。

 さっき思考を連結させた時、情報が流れ込んできたから。

 二週間近くずっと強がってたんだよな。……ありがとう、馬鹿野郎。


「ここでバレルの仕事を引き受けたなら、そのまま力を使い果して消滅するでしょう。間違いなく。……構いませんね?」


 ああ。

 

 そんなの答えは決まってるじゃないか。


「ここでお別れだよ、カジェロ」


 僕は左腕を伸ばした。


「さようならです、アルフレッド」


 コン、と。

 互いに拳をぶつけ合う。


 この一ヶ月のことが頭をよぎる。


 恋の秘術、予想外に飛び出してきた悪魔。前世の未練をバッサリ切り捨てられてしまった。相談風の自慢だ、って。

 命の危機を救われた。一緒に飲みに行って、ダーツやビリヤードを教わった。

 殴り合い。互いのすべてを曝け出してみれば、笑えるくらいに似た者同士で。


 けれどここから先、僕は一人だ。


「男の涙など醜いものです。うっかり地面に落としたりはしないでくださいよ」


 カジェロはシルクハットの縁を掴むと、両目を隠すように押し下げた。


「ところで別れを惜しむのもいいですが、リースレットのことを忘れていませんか?」


 あっ。


 慌てて視線を巡らせてみれば、彼女はちょっと遠くの瓦礫に腰掛けていた。

 ポツン、と。

 ちょっと寂しそうに。


 うう、ごめんなさい。


 リースレットさんってかなり人見知りする方で、そのうえカジェロもバレルも初対面みたいなものだしね。

 話に入りづらかったんだろう。

 

 早く行ってあげないと。


 って。


 無理だ。


 ホントに立てない。


 しかも目を離した隙に、僕のそばからは誰もいなくなっていた。


 カジェロー! バレルー!


 ちょっと戻ってきて、手伝ってくれないかなあ!?




 * *




「アルフ君、歩けなくなったら行ってくれ」


「大丈夫です。すみません、リースレットさん」


 二人とも忙しいらしく、僕の叫びはスルーされた。


 けれど幸いリースレットさんの耳には届いていたらしく、今はこうして肩を貸してくれていた。


 グラグラ、グラグラ。


 地面の揺れは続いている。

 おかげで僕の足はもたついてしまい、リースレットさんに迷惑をかけてしまっていた。


「本当にごめんなさい。地上に戻ったら何でもしますから」


「ほう」


 少しだけ意地悪そうに笑うリースレットさん。


「今、何でもすると言ったな?」


「ええ、まあ」


 申し訳なさのあまりそう口にしたけれど、もしかして早計だっただろうか。


「で、でも、料理を作るのだけは勘弁してください」

 

 忘れてるかもしれないけれど、僕は天下無双のメシマズだ。

 神様(カジェロ)すらノックアウトする威力。クラウスにぶつけたら悪霊退散できたんじゃないんだろうか。


「当然だ。君の料理スキルが負の方向に振り切れていることは有名だからな」


 マジですか。


 これまで手料理を食べさせたのはスマイルズ先輩とシルキィさん、シーラさんくらいなのに。

 ……噂を広めたのは、たぶん、先輩だろう。

 

「待て、シルキィとシーラにも振る舞ったのか?」


「ええ。どうしてもって頼まれまして。……どっちも一口目で気絶しましたけどね」


「そうか……」


 なにやら考え込むリースレットさん。


 ものすごく嫌な予感がする。


「なら、私も食べねばならんだろう」


「すみません、意味が分かりません」


 死にますよ、冗談じゃなく。

 一週間くらいは味覚が消えるって評判でしたし。


「前にも言ったが、君はどうしてそうシルキィとシーラばかりを構うんだ。私を仲間外れにするな。仮にも……その」


 プイ、とそっぽを向くリースレットさん。


「……恋人、だろう。たぶん」


 イヴの夜。

 リースレットさんはお酒でドロドロになりつつ、僕の告白にOKをくれた。

 そのあと顔を合わせてくれないし、酔っぱらっていたからとノーカウント扱いかと思ってたんだけどね。

 よかった。


 こりゃ、何としても地上に帰らないと。

 すでに第一区画の第六階層まで戻っていた。

 バラバラに砕けたステンドグラスを踏みしめて進む。

 

 シーラさんは無事だろうか。先に戻ったと思うけれど。


「ともかく、体力が回復したら私に食事を作るんだ。いいな! 苦しみも悲しみも分かち合うべきだろう!」


 リースレットさん、それは恋人じゃなくて夫婦です。

 そもそも「僕の手料理=苦しみ、悲しみ」って……。

 自覚はあるけどショックです。


「元気を出せ。私もかなりのポンコツだからな。いつもつい調味料を入れ過ぎて、水で薄める毎日だ」


 あっ。

 困ったら文字通りの"水増し"で誤魔化す。

 この人も本物のメシマズだ。


「……一緒に料理、習いに行きましょうか」


 シルキィさんあたりに。


「前にシルキィから教わったんだがな、匙を投げられてしまったよ」


 くそっ、先回りされたか。


「ところでアルフレッド、ひとつ訊いていいか?」


「冒険者が冒険者にクエストを出すこともできますよ。料理を教えてくれる人を募るんですよね」


「違う。ここまでとは全く関係ない話なんだが、君はどういう髪型が好きなんだ?」


「……どうしたんですか、いきなり」


「こんなことになってしまったからな」


 空いた左手で後ろ髪を撫でるリースレットさん。もうポニーテールは存在していない。青い亡霊との戦いで切り落とされてしまったから。

 今は首元までのショートヘアだ。


「これまでとは違う髪型に挑戦してみようと思うのだが、どうだろう」


「いいんじゃないですか、ほら、ツインテール? ツーサイドアップ? あんな感じとか」


 セレナさんのことも振り切ったわけだし、リースレットさんver.2、みたいな。

 テールもひとつ増え、ポニテからツインテへ!


 ……って、あれ? どうして半目でこっちを見てるんですか。


「つまりシルキィと同じにしろということだな。まったく、君はひどい男だ」


 違います、違いますよリースレットさん。別にそこまで考えてなかったというか。


「分かっている。まあ、しばらくは今ぐらいの長さにしておくさ。希望があったら教えてくれ。

 ついでに訊いておくが、君はスカート派か?」


「ショートパンツも色っぽいと思いますけど、スカートもいいですよね」


「長い方と短い方、どちらが好みだ?」


「うーん」


 難しい質問だ。


「それぞれにそれぞれの良さがありますし、あと、タイトスカートって選択肢もありますし――」


「……節操なしだな、君は。もっと自分というものを持った方がいいぞ」


「えっと、そういう問題ですか?」


「ああ。折角だから君の好みに合わせたいじゃないか。

『何でもいい』は『どうでもいい』と同義だ。……少し、寂しくなる」


「分かりました。明日までに考えておきます」


「ああ、明日、な」


 ダンジョンの揺れは続いている。

 第四階層まで戻ってきたけれど、あちらこちらに亀裂が走っている。


 バレルとカジェロはうまくやってくれているのだろうか。

 いや、信じよう。

 僕たちはとにかく、地上に向かうだけだ。


 幸い、今のところモンスターの姿は見ていない。


「ここで人造天使にでも出くわしたらお終いだな」


「リースレットさん、嫌なフラグを立てないでください」


「私、帰ったら結婚するんだ」


「やめてください!?」

 冗談と分かってはいるけれど、心臓にキツい表現だ。


「お腹に赤ちゃんがいるんだ。君のな」

 

「……身に覚えがないんですけど」


 僕の体は清いままだ。まだ。


「これだけフラグを立てれば大丈夫だろう」

 まったく何の根拠もないのにうなずくリースレットさん。

「なあに、かえって安全になる」


 どうだろう?


 やがて僕たちは第二階層まで戻ってくる。

 来た時と同じ風景だ。

 日差しの暖かな、林檎の園(エデン)


「……お腹が空いたな」


 物欲しそうに赤いリンゴを眺めるリースレットさん。


「我慢してください。毒かもしれませんよ」


 あと少し、あと少しで出口に辿り着く。


 その直前。


 ガサガサ、と茂みが揺れ。


「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……ンンンンンンンン……――ッ」


 スマイルズ先輩たちが取り逃がしたヤツだろうか。

 半壊した人造天使、セラフ・アビス()が飛び出してくる。その両腕から鋭い毒針が放たれた。

 

「アルフレッド!」

「リースレットさん!」

 

 互いが最後の力を振り絞って加速術式を発動させ。


 けれどやっぱり、僕の方が疲れていて。


 リースレットさんの方が先に前へ飛び出している。

 手の中に槍を生み出し、毒針を打ち払う。地面を蹴って、一閃。アビスが両断され――。

 

「ヴヴ――ン、ヴヴヴヴ……ンン――ンンンンンン……ッ」


 しまった。

 今のはオトリだったのか。


 僕のすぐ傍から、もう一匹、ほとんど無傷のアビスが飛び出してくる。


 十三式を抜いた。放つ。けれど魔力が枯渇していた。ロクに威力が出ない。ちょっと仰け反らせただけ。

 

 

「ヴヴヴ――……ンッ!」



 無機質なはずのアビスの羽音が、まるで勝利の凱歌みたいに聞こえてくる。



「逃げろ!」



 リースレットさんの叫び。

 Uターンで折り返してくるけれど、どう考えたって間に合わない。


 万全を期してか、アビスはインファイトで仕留めることにしたらしい。

 両手に毒針を構え、猛烈な勢いで突進してくる。


 

 ここで。


 ここで終わりなのかな、僕は。



 思わず目を閉じ掛ける、寸前。


「ヴ――……ン……ッ……」


 アビスの首が、落ちた。さらには翼までも。

 残った体も叩き潰される。


 二度の斬撃と、一度の打撃。


 それぞれ、別の人物によって行われたものだった。


「――前に言ったろ、首を洗って待ってろってな」

「ダッジさん、だからそれ言葉の使い方を間違えてるッスよ」

「ともあれ間一髪、ギリギリセーフってやつですかね」



 思いがけない救援。

 ダッジ、ズム、ゼノン。


「スマイルズに頼まれてな、今年最初のクエストってヤツだ。

 テメエにはあとで報酬をたっぷり吹っかけさせてもらうからな」


「……依頼者はスマイルズ先輩でしょう。そっちに言ってやってくださいよ」


「当たり(めえ)だろ! テメエとスマイルズ、二重に取り立てればボロ儲けってヤツよ!」


 がははは、と豪快に笑うダッジ。


「アルフさん、本気にしないでくれると嬉しいッス」

「マジで請求するようならオレらが止めるんで安心してください。

 さて、レディに荷物を持たせるのは無粋ってモンです。ここからはオレたちが運びましょうか」


 僕は担ぎ上げられる。

 先頭にダッジ、左後ろにズム、右後ろにゼノン。騎馬戦っぽい陣形だ。


「よっしゃ、野郎ども行くぞ!」「了解ッス」「故郷の祭りを思い出しますねえ」


 えっさほいさとかけ声をあげ、三人は歩き出す。横ではリースレットさんが苦笑していた。


「アルフレッド、君にはいい友達がいるんだな」


 友達……?


 ああ、まあ殴り合いもしたしね。

 割と親しいほうかもしれない。



 そして。


 

 仄暗く冷え込んだ下水道を抜け、僕たちはノモスへと帰還する。


 壕を登るとそこは小高い丘になっていて、遠くの海を見渡すことができた。


 水平線の向こう。


 煌々とした太陽が姿を現しつつあった。揺らぐ波が銀色に輝いている。


 今年最初の朝。


 誰にとっても否定しようのない、新年の幕開け。



 ――死者の時間が終わり、生者の時間が始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ