二人
これがフィクションなら前に戦うのはバレルじゃなくて僕で、けれど現実は――なんて前置きはも|う《
》いらない。
照れ隠し。
恥じらい。
そんなものはまとめてバシャッと佩いて捨てろ。
倒すべき敵が居て、共に戦ってくれる親友がいる。
それだけだ。
それだけで十分で――十二分に贅沢じゃないか。
僕は高台に陣取っている。中ほどで折れた電波塔。
眼下ではバレルが青い迅雷と化してクラウスに躍りかかっていた。
その速度はかつての二倍、三倍、いや、十倍以上。
だったら僕もボヤボヤしていられない。
――加速術式。
――破型。
――三重。
十二式魔導拳銃は連射モードに切り替えている。コンマ一秒ごとの狙撃。
クラウスに命中はしている。けれど致命打には至らない。あまりにも魔導フィールドが分厚過ぎるのだ。
「無駄だ、無駄無駄。貴様らとは魔力容量が違う、才能が違う、努力の量が違うのだよ!」
地面に火焔の柱が立ち上る。遙か上空から雷の矢が降り注ぐ。何の前触れもなく空間が避けて爆発する。
クラウスは超高位の攻撃魔法を無詠唱で連発してくる。
「いちいち詠唱が必要な貴様とは違うのだよ、アルフレッド!」
馬鹿馬鹿しい。
僕たちは音速の世界で戦っているのだ。それを理解しているのだろうか。
コンパ一秒が雌雄を決する中で、意識をほんの一部でも魔法に裂くなんて愚か者のすることだ。
こっちは口の動きも早くなってるし、もはや詠唱はクセになって染みついてるしね。
ほらほら、クラウス。
暢気に原子だの分子だののイメージしている暇はあるのかい?
そんなんだから判断が送れるんだ。
僕の銃弾が、バレルの拳が、クラウスのフィールドを削り取っていく。
「確かに無詠唱はすごいことかもしれないよ」
でも、さ。
「要するにそれ、呪文を唱えるのが恥ずかしいってだけだろ?」
ついでに言えば。
「自分で新しい魔法を発明した時、それに似合う詠唱を思いつけなかったってだけだろ?
センスのなさを押し隠すためにわざわざ無詠唱なんて方向に走ったんじゃないのか?」
それが真実かどうかはわからない。
ただ。
ごまんといる転生者の中で、クラウスは僕を術式の生贄に選んだ。
もしかするとヤツに近い部分があるからじゃないだろうか。
「その口を――いいかげん、閉じろオオオォォォォッ!」
激昂するクラウス。
僕に向けて雷撃を連打する。
予想済みだ。
安い挑発に乗ってくれてありがとう。
その隙を突いて、バレルが速度を乗せた跳び蹴りを放つ。
「ぐっ……ああああああっ!」
弾き飛ばされるクラウス。フィールドはもはや崩壊寸前だった。
僕は畳みかけるように銃撃を続け、さらに。
「クラウス、お前は臆病者だ!」
言葉を容赦なく重ねていく。
「崇高な儀式だなんて吠えていたけれど、それをダンジョンに仕込んだのはいつだ!?
みんなが神様と必死に戦っていた時だろう!」
空気も読まずに一人、ずっと現代日本への復讐を考えていたわけだ。
「そんなに前世が憎いか? いいや違う。僕には分かるぞシュウ・クラウス!
お前は逃げたんだ。真面目に神々と戦ったら、英雄バレルや他の連中と比べられてしまう。
それが怖くって、個人的な目的を優先したんだ!」
どれだけチートな力を授けられたって、性根が腐ってたんじゃロクなことになるわけない。
「やるべきことから逃げて、大仰な言葉で自分を誤魔化して、奥底に隠していたのはちっぽけなプライドだけ!
それを認めたくなくて、だからややこしくて面倒くさい儀式なんかを仕込んだんじゃないのか!?」
「違う! 違う違う違う違う違う違う!」
怒鳴り返してくるクラウス。
「語彙が貧弱すぎるんだよ!」
僕はその頭に向け、威力を凝縮した一発を放つ。
もちろん回避された。それでいい。バレルの追撃で仕留めきれる――はずだったのに。
「クッ――はははは……ハハハハハハハハッ!」
長い髪を振り乱しての、哄笑。
そして。
クラウスの姿が掻き消えた。
(アルフレッド、気を付け――)
プツン、と。
バレルからのテレパシーが途絶える。
かろうじて僕には見えていた。
今までよりもずっと高速で動き始めたクラウスが、至近距離でバレルに爆炎を放ったのだ。
「術式は修正した! 貴様らの力、悪いが複製させてもらう!」
わざわざそれを教えてくれるなんて、クラウスはとってもお人好し……ってわけでもないだろう。
要するに目立ちたいのだ。認められたいのだ。そして見下したいのだ。
だから自分をひけらかす。
「目には目を、銃には銃を、となあ!」
まずい!
僕は跳躍する。
鉄塔が爆発の華に包まれた。どうやら十二式魔導拳銃までマネられたらしい。いや、むしろ威力は倍化している。
上位互換のスキルコピー。
敵キャラが持ってていいチートじゃないと思う。
というか。
目には目をってのは、さ。
日本じゃ誤解されがちだけど、「やられたらやりかえせ」じゃないんだよね。
復讐ってのは常に過激になりがちだから「目をやられたら、目をやり返すところでやめましょう」なんて制限をかけたわけで。
ま、僕も最初は勘違いしていたんだけどね。
リコに殺される前日だったかな、ウィキペディアを読んで驚いたよ。
次の日にはクラスメイトにも教えたけど、あいつら、元気でやってるかな。幸せになってたらうれしい。
「諦めろ! 這いつくばって赦しを乞え!
アルフレッド、バレル――今の貴様らにできることは、すべてワタシにも可能となったのだからな!」
その言葉に嘘はない。
もはや形勢は逆転していた。
四方八方から飛来する魔力の銃弾。僕のフィールドが徐々に失われていく。
幸いなのは、ワイヤーやドラゴンブレスを使ってこないことだろうか。
なるほど。
今の僕にできないことはクラウスにも不可能らしい。
「四肢の骨を折り、臓物をぶち抜き――それから改めて生贄にしてくれるわ!」
しくじった。
もっと早くに決着をつけれればよかったのだけれど。
「どうしたどうした! さっきまでの威勢はハリポテか!?」
「っ……!」
銃弾を紙一重で躱し、それでも当たりそうな時だけピンポイントでフィールドを展開。
もはや全身を包む余裕はない。
そして。
「――何か忘れているのではないかね」
突如として、足が動かなくなった。
僕はバランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。
「貴様らの力を得たと言ったが、別にワタシ自身の魔法も使えるのだよ」
裏を掻かれた形だ。
執拗なまでに銃撃を続けるクラウス。それはブラフだったのだろう。
僕はいつしか魔法への警戒を緩めていて……文字通り、足を掬われた。光の輪が絡みついている。拘束術式。
「さて、宣言通り手足を潰させてもらおうか。ひとつずつな」
クラウスは掌に火炎球を浮かべた。見せつけるように。
「手のひらを返して命乞いをしたらどうだ? ワタシの気が変わるかもしれんぞ?」
「お断りだ」
僕はクラウスを睨みつける。
……ハッ、と鼻で笑われた。
「所詮は負け犬の遠吠え、無様だな」
そしてひとつ目の火炎球が放たれる、その寸前。
「はあああああああああああああっ!」
真紅の疾風が飛び込んでくる。
リースレットさん。
槍を手に、真っ直ぐ。
クラウスの喉元へ。
「無駄だ」
けれどその一撃は、左腕のひと薙ぎで払われてしまう。
おそらく腕力自体もバレルと同等以上まで強化されているんだろう。リースレットさんの槍が砕け散った。
「時間稼ぎにもならん」
ほぼ同時に右手から炎が放たれていた。
それは真っ直ぐに僕の左腕に向かい――。
「いいえ、間一髪でした。
感謝しますよリースレット、おかげで我が主は隻腕の未来を避けることができましたから」
ヒュン、と。
四方八方から飛来する銀の糸。
それは僕の眼前で格子状に絡み合い、炎を弾く盾となる。
「お待たせしました、我が主。
ですが主役は遅れてくるものですので、まあ、脇役の悲哀と思って受け入れていただければ、と」
黒い燕尾服の悪魔が降り立つ。
その髪は光り輝く銀色。
カジェロ。
もう一人の、僕の相棒。
「冗談じゃない。君と僕とのダブル主人公だよ」
「お断りします。あなたと並び立つことがあるとすれば、それは死を目の前に錯乱しているときでしょう。
……そもそもあまり力が残っていないのですよ、あなたに散々殴られたせいで」
「人間ごときに追い詰められるなんて、君もそう大した悪魔じゃないね」
「なんですかその言い草は、わたしに命を助けられたのはどこの誰だか」
カジェロはパチン、と指を鳴らす。
たったそれだけで足の拘束がほどけた。
「さて、真に不本意ですがあなたに力を預けるとしましょうか」
「早くしてくれ、リースレットさんだけに戦わせるわけにいかないんだ」
彼女は次々に新しい槍を生み出すと、これまでにない速さで刺突を繰り返していた。
その動きはまるで風の精霊とダンスを踊っているかのよう。
僕の憧れた、あの日の姿そのままだ。
「承知しました。では左手を拝借」
カジェロの身体が、光の粒子になって消えていく。
違う。
左腕の、半壊したガントレットに吸い込まれていた。
みるみるうちに修復されていく。
「さあ、行きましょうか我が主」
「ああ、速攻でカタを付ける」
できるだろうか?
できるに決まってる。
出会って一ヶ月だけど、僕らはとてもよく似ていて――殴り合いまでやらかした仲なんだから。
二人で一人。
そんな現状にすぐ馴染んでしまう。
「――熊手」
無数の銀糸が互いに絡み合い、クラウスの姿を捕えようと伸びる。
それに呼応してリースレットさんが距離を取った。
「ええい、鬱陶しい!」
クラウスは魔力弾をこちらに向けて放つ。
銀色の糸が避けて散らばった。
ここで残りの魔力を振り絞っての加速術式……ありったけ!
「何を、いまさら……!」
すかさず複製をかけるクラウス。
――かかった。
理論上、加速術式じたいに限界はない。
律速段階になるのは、使用者の思考速度。
僕のギリギリは、破型・三重まで。
それ以上は頭がついていかない。
……ただし、僕だけなら。
僕とカジェロだったら?
バレルとテレパスを繋いだように、カジェロと思考を共有する。
物理的な距離も密着しているし、ついさっき、本音をぶつけ合った間柄だ。
まるで最初から定められていたみたいに、ふたつの意識がひとつに溶け合う。
じゃあ、クラウスは?
魔力容量? 才能?
ああ、確かに僕を上回ってるだろうさ。
数千年経った今ですら頂点に君臨しているかもしれない。
でも、思考速度はどうだ?
無詠唱魔法にリソースを割いたまま、ついてこれるか?
自分ひとりの頭だけで?
無理だろうさ、絶対に。
「鉄橋、そして聖杯」
銀糸が上下からクラウスの身体を加え込む。
「群れなければ生きていけない惰弱情弱無知蒙昧ごときが、邪魔を……!」
クラウスを包むように魔力が爆発する。
炎だの雷だのを思い描く余裕がないのだろう。
――底が見えましたね。
そうだね、カジェロ。
僕たちの勝ちだ。
「お前も群れなきゃ生きていけない人間なんだよ、クラウス。それを認めないから負けるんだ」
僕は四方八方から何度となく銀糸を叩き付ける。
「五月蠅い! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ――!」
クラウスはヒステリックに叫びながら魔力放出でそれを凌ぐ。
「君が黙りなよ。追い詰められれば同じ単語の繰り返し」
、ワンパターンなんだ、思考そのものが。
もう聞き飽きた、最後の仕上げに入ろう。
――周囲の喧噪に惑わされることなく、自分が何者なのかを問い続けよ。
スマイルズ先輩の師匠、おそらくはミュウさんの言葉。
僕は何者なのか。
まだうまく言語化できないし持て余してるけれど。
なんとなく分かっている。行動でなら示せる。
僕は糸を投げた。
銀色じゃない。
フィールドを極小まで凝縮して放った、僕自身の糸。
ところでさ。
ちょっと思い出してほしいんだけれど、僕はいま加速しているわけだ。
コンマの世界。
だから、うん。
まだ空中に残ってるんだよね。
クラウスに打ち払われた銀の糸が。
僕の糸が、カジェロのそれに絡まる。
互いに結びついて、うねり、クラウスへと迫る。
普通に糸を放つだけじゃありえない角度から、時間差で。
糸の再利用。
――過去をなかったことにするんじゃなく、これからを生きていくために活用する。
それが答え。僕の在り方だ。
「まだだ……! まだだまだだまだだまだだまだワタシは――!」
「もう終わりだよ」
僕とカジェロ。
二人の撚り糸は、たかだか莫大な魔力ごときじゃ切れやしない。
そして。
ドサリとクラウスの首が落ち。
続く十重二十重の糸が、その肉体を粒も残さず切り刻んだ。
次、最終回です。




