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minute battle

 僕を治療している間にシーラさんが言っていた。


 ――すでにクラウスの術式は完成しかかっている。

 ――彼が前世に生きた世界と繋がりつつあるんだろうね。時空の流れが歪んでいるんだ。

 ――最奥では何が起こるかわからない。


 なるほど、()()()()()()なのか。


 第十三区画に通じるトンネル。

 それは真っ直ぐな一本道のはずなのに、ときどき、ひどい浮遊感に襲われる。

 落ちているような、飛んでいるような。

 妙に足元がおぼつかなく、けれど下を向けば床がちゃんと存在している。

 なんだか気味が悪い。

 船酔いしてるような感覚。


(別のことを考えよう)


 僕の現状。


 左腕の傷は完全に癒えたし、疲労もほぼゼロ。魔力は八割ってところだろうか。

 自分自身のコンディションは悪くない。

 ただ。


(ガントレットだけはどうしようもなかったんだよね)


 流石のシーラさんでも現地での修理は不可能で、やむなく半壊のままで着けていくことにした。

 アンカーもワイヤーも打てないけれど、多少の防御力は期待できる。

 それに今まで助けてくれた"相棒"だしね。

 置き去りになんかしたくない。


 十二式魔導拳銃は問題なし。ブラスターモードをもう一度使いたいところだけれど、まあ、仕方ない。現状で充分だ。


(それにしても泥臭いことをしちゃったな)


 カジェロとの殴り合い。

 ああいうのとは一生がないと思っていたのに。


(お互いみっともなく叫んだりしてさ)


 でも、なんだかスカッとした。


 河原で殴りあう友情なんてフィクションの中だけと思っていたけれど。


(現実にあるんだね、そういうこと)


 しかも自分の身に降りかかってくるなんて。


(自分は主役じゃない脇役ですよ――そんな風に生きるハードルを下げるな、か)


 痛いところを突かれてしまった。

 

 結局のところそういう姑息なマネをしてしまうのは自分に自信を持てないから――違う。

 そんな陳腐な言葉じゃ、何も考えていないのと同じだ。


 今まで自分のやってきたことに責任を取りたくないし、これから自分がすることにも責任を持ちたくない。

 わたくしめは無力で愚鈍でどうしようもないヤツなので、どうか寛大に見逃してください神様。

 そういう風に言い訳しているんだろう。誰に? 神様……じゃなくて、自分自身の良心だ。つまり自意識。


 結局のところ自分を責め立てるのは自分自身で、だからみんな自己欺瞞が上手になっていくんだろう。


 けれどどうにも自分を騙しきれない不器用な人もいて――ランクAってのはつまり、そういう連中の集まりだ。

 

 きっと冒険者なんてシステムがなかったら、ただの社会不適応者だ。

 大人になれない大人。

 最後は引きこもりで自殺ルート、とか。

 前世。

 あのまま生きていたとしてもきっとそんな感じだったに違いない。


 このファンタジーめいたハチャメチャな世界の方が、ずっと僕の(しょう)に合っている。



 クラウスは何やら現代日本と迷宮都市を繋げたいみたいだけれど。


 まっぴらゴメンだ。やめてほしい。




 うん。


 これが僕の行動指針だ。


 クラウスが何を言おうと、ぶん殴って銃弾をお見舞いしてやる。

 そしてリースレットさんを連れて帰って、初日の出を拝んでのハッピーエンド。

 予定は立った。

 あとは実行するだけだ。


 やがて遠くに小さな光が見える。

 出口だ。


 急ごう。


 と、その矢先。



 ゴゥゥゥゥゥゥン。

 ゴゥゥゥゥゥゥゥ――……ゥゥゥン。


 重く這うような鐘の音が、鳴り響いた。






 ――それは0時を告げる報せであり、そして、クラウスの計画が最終段階に入った証でもあった。





 * *




(どうなっている……!)


 もはや瓦礫の山と化した街の中、リースレットは膝を衝いていた。


 ゴゥゥゥゥゥゥゥ――……ゥゥゥン。

 

 何処からともなく鐘が鳴るたび、全身から力が奪われていく。


「ハハハハハハハッ――あはははははははっ!」


 一方で青い亡霊はむしろ活力を増していくようだった。


 否。


 その姿はもはやセレナ・アリアではない。


 青色の髪は黒く染まり、長く伸びる。

 顔も少女のものから、面長の男性へ。手も足もスッと長く伸びている。


 容姿は整っていた。

 憂いと陰のある美男子、といったところだろうか。

 白い僧衣じみた服を纏っている。


「おめでとう、はははっ、実におめでとう!」


 男はパチパチパチ、と乾いた拍手を送る。

 ニタァ、と。

 見下していることを隠そうともしない表情と口調である。


「君は親友の死を乗り越えた。素晴らしい、感動的だ。惜しみない賞賛を与えよう。

 そしてお疲れ様、リースレット・クリスティア。おかげで六人目の生贄も揃った。これで術式は発動する」


 リースレットにとっては訳が分からない。

 この、傲慢の権化みたいな男は誰だ?

 生贄? 術式? いったい何の話なのか。


(身体が動けば……取り押さえて尋問するのだが……!)


 もはやしゃがみ込んでいるだけでもやっとだ。

 ふとすると意識が遠のいて、地面に這いつくばってしまいそうになる。

 

「抗っても無駄だよ、赤い髪のお嬢さん。どうせ結果は同じだ。

 君たち六人はみなワタシへの供物となる。二つの世界を繋げるという偉業、その礎だ。

 むしろ涙を流して歓喜に震えるがいい」


 そんなことを言われて、ハイソウデスカと従えるわけがない。

 むしろリースレットの心には反感の炎が燃えていた。

 ……問題は、それが身体に全く伝わっていかないこと。


(せめて一太刀でも浴びせる力があれば……!)


 歯噛みするも、状況は変わらない。


「しかしどういうわけだろうな。妙に力の集まりが悪い。

 いっこうに他の五人から流れ込んでこないが……ふむ」


 男の意識は完全にリースレットから逸れていた。好機である。好機のはずなのだ。だが何もできない。それどころか足の力が完全に失せた。もう身体を支えきれない。地面の上に倒れ伏す――直前。


 ドゥン、と。


 激しく地面が揺れた。爆炎が四方八方に立ちのぼる。巻き起こる砂塵。視界が閉ざされる。

 リースレットのものも、そして、男のものも。


「何だ……どうしたというのだ!?」


 男は狼狽えきっていた。先程までとはうってかわって、余裕のない怒声を発している。


「やめろ! ワタシの邪魔をするな! 崇高な儀式の最中だというのに!」


「――嘘をつくなよ、陰険幽霊(シュウ・クラウス)!」


 叫び返す声は、リースレットにとっては聞き慣れたもの。


(アルフレッド・ヘイスティン……!)


 彼が助けに来たのだ、自分を。

 おそらくは数々の妨害を潜り抜け、ダンジョンの奥深くまで!


「天下百年の計だの、果たされるべき正義だの――そういう大仰な言葉を使うヤツほど、本音じゃ個人的でショボい目的で動いてるんだよ!」


「……言わせておけば、小賢しいガキ風情が!」


 立ち込める煙幕の中、おそらくはアルフとクラウスの戦いが始まったのだろう。

 何も見えない。

 リースレットのところまで届くのは、轟音と烈風と、目も眩むような光だけ。


 と。


「大丈夫か」


 身体を担ぎ上げられた。

 誰だ。

 アルフレッドではない。彼と一緒にいた銀髪の青年とも、スマイルズとも違う。


「俺はバレル。アルフレッドの友人だ」


 その青年は短く、早口でそう告げた。


「すでにクラウスの術式は破壊した。しばらくすれば力も戻るだろう。物陰に隠れていろ」




 * *




(アルフレッド、聞こえるか。リースレットは救出した。既に安全な場所に避難させてある)


 バレルから報告が届く。

 方法は声じゃない。

 フィールドは互いを繋げるもの。少し応用すれば疑似的なテレパシーだって可能になる。


(ありがとう。僕はこのまま砲撃を続けるよ)


(承知した。俺は前に出る。背中を撃ってくれるなよ、戦友)


(任せとけ、戦友)


 僕はニヤリと笑った。たぶんどこかでバレルもそうしているだろう。







 第十三区画に入る直前、僕はそこでバレルと出くわした。


 どうやら彼は彼なりのルートでもってここに辿り着いたらしい。


 ――出遅れた。もはやクラウスの復活は止められない。だが、そこから先の計画を阻むことはできる。


 前に言っていた通り、バレルはダンジョンの機能へのアクセス権を有している。


 ――ここ(第十三区画)からならヤツの術式に干渉が可能だ。

 ――難しいかもしれんが、無理ではない。


 そしてバレルはやってのけた。

 リースレットさんへの影響はカットできなかったけれど、僕もバレルも力を奪われずに済んでいた。


 あとはただ、決着をつけるだけだ。



 ひたすらに十二式魔導拳銃を放ち続ける。


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