リースレット・クリスティア
(補足)
Q.シュウ・クラウスって?
A.数千年前の転生者。自分の怨念をダンジョンの制御AIに宿らせている。
性格としては「転生もの主人公の悪い所を煮詰めたような人間」、「コミュ障チート主人公が、異世界でもずっとコミュ障のままハーレムを作れなかった姿」
リースレットの記憶は途中で途切れている。
(確か、私はシーラと話をしていたはずだ)
――だからここでぶちまけろよ。
――セレナ・アリアの嫌いなところ、許せないところ。
――全部聞いてやるさ。全部言えよ。
けれど。
三年に渡って塗り固めた偽善の壁はなかなか壊せなくって。
まるで臆病なカメのように、言葉が出ようとしてはすぐに引っ込んでしまう。
そうするうちに、ティントンとチャイムが鳴り。
――ボクが出てこよう。どうやらこっちの知り合いみたいだからね。
シーラが目の前からいなくなって、玄関からドサリと物音がして。
(それで、私は、どうなった?)
実際はカジェロの瘴気によって意識を失ったのだが、もちろん彼女がそれを知る由もない。
(衣服はシーラと喋っていたときのまま、か)
白いニットにデニム生地のショートパンツ。
どこにも争った形跡は見られなかった。
(それにしても、ここはどこだ?)
妙にまとわりつくような空気の質はダンジョンそのものだが、周囲の風景は初めて目にするものだった。
(夜の街、なのか?)
ノモスやロゴスとはまったく違う。
天を衝くほど背の高い、四角い建物が立ち並んでいた。
それらの表面は|半透明の、光沢のある素材で覆われている。
足元に目を向ければ、地面はレンガでも土でもない。
黒いザラザラした何かで押し固められていた。
ところどころに白い縞模様が走っていたり、魔法陣めいた紋章が刻まれている。
……つまりは現代日本の風景そのもの。ダンジョンに今だ宿る怨霊、クラウスの前世への執着そのものである……
「っ!」
リースレットはその場を飛び退いた。殺気。彼女の立っていた場所に無数の剣が突き刺さる。
「……マッテタヨ」
空には書き割りのように薄っぺらい月が輝いている。
それを背負うように円筒形のモニュメントを足場とし、一人の少女がリースレットを見下ろしていた。
青い亡霊。
いや。
セレナ・アリア。
三年前、リースレットを巻き込んで自殺を遂げた親友。
「コンドコソ、イッショニシンデクレル?」
生気を感じさせない声で呟き、剣を投擲する。
回復術式の応用。
「剣を持っていない」という状態から「剣を持っている」という状態に"回復"させることで、無限に刀剣を生み出し射出する。
論理が捻じ曲がっている? 道理が通らない?
だから何だというのだろう。ランクAである。
それは自己矛盾と屈折を煮詰めた果てに生まれる感情の怪物なのだ。
無粋な常識が邪魔をできるはずがない。
そしてそれは、リースレットも同じであった。
「お断りだ!」
セレナの影を追う中で、彼女の魔法もある程度マネられるようになった。
手の中に槍と剣を生成する。普段使っているものよりもやや強度は落ちるが問題ない。紙一重の差で見切って叩き落す。
「お前はお前で私に言いたいことがあるんだろうが、私も私で言いたいことがある!
悪いが愚痴に付き合ってもらうぞ、亡霊!」
地面を蹴った。アスファルトの道路にクレーターが生まれる。
リースレットはその勢いのままセレナへと斬りかかる。セレナもまた飛翔した。
赤と青。
夜空に幾筋もの奇跡が描かれ、毎秒ごとに鎬を削る。
「ドウシテタスケテクレナカッタノ、タスケテクレナカッタノ、タスケテクレナカッタノ」
「助けようとしたさ! けれど私には何もかもが足りなかった! 意志も、経験も! だがお前はどうなんだ、セレナ!」
昔からずっと思っていたこと。
けれど口にすれば決裂は避けられないと黙り込んでしまったこと。
「セレナ、お前は本当にヴィンが好きだったのか!?」
最初はもしかすると純粋な恋心だったのかもしれない。
けれどいつしか"健気で尽しん坊で、けれど報われない可哀想な自分"に酔い始めていなかったか。
リースレットや他の仲間に心配されたり。
「キミの目を覚まさせてやる!」とばかりに若い冒険者がアプローチをかけてきたり。
「それが気持ちよくって、ついついエスカレートしていったんじゃないのか!?」
ヴィンの借金まで肩代わりするなんて、正直、常軌を逸している。
並大抵の恋愛感情でできるものではないし、だからきっと命懸けの恋なのだと思っていた。
「けれど、本当にそうなのか!?」
アリアの根底には別の感情があったのではないだろうか。
さらに言えば。
それが後ろめたくって、だからなおさら極端な行動に走っていたのかもしれない。
「というか、だな!」
リースレットは叫びざまに左手の剣を叩き付ける。
「好きなら好きで、さっさと告白すればよかったんだ!」
カァン、と。
必殺の斬撃は、あっけなくアリアに打ち払われる。それどころか中ほどから刃を折られていた。
構わない。どうせ自分が剣を使うのはこれっきりだ。今のは決別の一撃。リースレットは剣を捨てる。両手で槍を握り込んだ。
「ヴィンが働き始めた時から、商家の娘が色目を使いまくっていたのは知っていただろう!?
私ですら噂に聞いていたんだ。なのにお前は何もしなかった!」
好意を告げる勇気を持てなかった?
冒険者である自分にコンプレックスがあった?
ああ、そうかもしれない。
だから私も周囲も必死でその背を押そうとした。
夜の公園で二人きりにさせたこともあった。
けれど頑ななまでにお前は動かなかった。
告白もせず。
かといって身を引くわけでもなく。
ひたすらヴィンのそばに在り続けた。
なあ。
「最初から失恋を予感していたんじゃないか? そういう終わり方をどこかで望んでたんじゃないか!?」
でも。
その傷は想定以上に深くて痛くて。
ランクAにまで辿り着いてしまうほどで。
「だからあんな死にたがりになってしまったんじゃないのか、なあ!?」
リースレットには確信がある。
なぜなら自分もランクAだから。
捩くれて捻くれて、歪みきってしまった人間だから。
「何とか言ってみたらどうなんだ、セレナ・アリア!」
リースレットは再びアリアに襲いかかる。
神速の打突に加え、並行して放たれる火弾術式。そして軽やかな足技。
これが本来のリースレット・クリスティアの戦い方、真骨頂である。
しかしながら三年ぶりのものであり、まだ本調子が出ていないのだろうか。
「シンデクレルシンデクレルシンデクレル――」
アリアの反撃。右下からの斬り上げ。
ギリギリで、躱しきれない。
首は無事だった。胸も腹も手も足も切られていない。
刃筋が通ったのは、その長い髪。
ちょうど黒いリボンで結わえつけている部分を断たれていた。
ポニーテールが落ちる。かつてのような短い髪形へ。
「ああ、今ので分かったよ」
両者、ともに距離を取る。
すでに周囲は戦いの余波で無惨なものとなっていた。家もビルも瓦礫の山と化し、電柱は根元から折れて積み重なっている。
「お前はセレナじゃない。あの子だったら必死に言い返してくるはずだからな」
所詮は亡霊。
アルフレッド曰く、最近のダンジョンはランクAを殺しに来ているらしい。
「今度は私をターゲットにして、精神的に揺さぶりをかけるつもりだったのだろうが――もう遅い」
アルフレッドは自分に赦しをくれた。やるべきことはすべてやったじゃないか、と。
そしてシーラは自分の本音を暴いてくれた。黒いものをぶちまけろ、と。
ああ。
おかげでスッキリした。
自分の中に滞っていたセレナ・アリアがサラサラと溶けていく。
消えたわけでも、忘れたわけでもなく。
糧になったのだ。
「私は生きる。セレナも最後にそう願って、地上に送り返してくれたんだろうさ」
ならばなおさら、自分はここで終わるわけにはいかない。
「消えろ亡霊、死者の時間はここまでだ」
* *
おそらく。
このままならばリースレットが勝利していただろう。
青い亡霊を打ち破り、アルフレッドが辿り着くより先に話が終わっていたはずだ。
しかし。
何が足りなかったかと言えば、時間だろうか。
ちょうどこの瞬間、12月31日23時59分59秒から、1月1日0時0分0秒となった。
ひとつの年が終わりを迎え、新しい年が始まる。
しかしながら実際はどうだろう?
朝が来るまでは新年を実感できない者も多いのではないだろうか。
人間の本能においては、朝日とともに日付が変わるのだ。
たとえば午前2時を26時と呼ぶように、夜が明けるまではまだ"昨日"が続いている。
この矛盾、歪み。
それが最も大きくなるのが、今からの時間である。
すでに仕掛けは整っていた。
――六を幾重も重ねたこの術式は、最後に六人の超克者をもって裏返る。
次に記されるのは皆、"死"という概念を乗り越えた覚者である。
スマイルズ・ハインケル。
シーラ・ウォフ・マナフ。
バレル。
カジェロ。
アルフレッド・ヘイスティン。
そして、リースレット・クリスティア。
先立った親友、生き残った己。
彼女はその命題に答えを出した。
おめでとう。
最悪の怨念は拍手喝采を送る。
君の希望に祝福を、それらをもってワタシはワタシの絶望を乗り越えよう。
君たち六人を生贄とし、生と死を、この世界とあの世界をひとつにする。
復讐するのだ。
他人をいじることでしか笑いを取れないオトコども。
盲目的にイケメンに群がる売女揃いのオンナども。
己の意見を押し付けて怒鳴ることしかできないオヤ、キョウシ、ジョウシ。
たかだか転生して、そっちで楽しい人生が送れたからといって――許せるわけがないだろう。
そもそも転生後の世界だってあまり居心地のいいものではなかったのだ。男も女もあちらと変わらない。クズ揃いだ。
だから何もかもを壊してやる。
一切合切ご破算にして、狼狽えるさまを嘲笑ってやる。
ワタシのような小物に振り回されて可哀想に、ああ可哀想に。ざまあみろ。




