幕間 スマイルズ・ハインケル
シーラさんが助けに入る、少し前の話です
「ったくよぉ、次からっ! 次へとっ!」
スマイルズはハルバートを突き通す。
敵の死骸を振り落とす間も無い。火炎術式で焼きつくして灰にする。すでにあたりは肉の焦げる臭気で満ち満ちていた。
「はぁ……いい香りねえ」
背後ではミュウが同様にウルフチェーンソーたちを相手にしていた。
すでに戦い始めてから数十分が経過している。
脳内からはとめどなく興奮物質が流れ出し、彼らに疲労感というものを忘れさせていた。
「それにしても! スマイルズちゃんも、変わったわね! 昔は全然っ、可愛くなかったのに!」
ミュウの言葉はただの無駄話ではない。
呪文の置換であり、これによって加速術式、回復術式、雷撃術式を発動させている。冒険者全体で見れば高等技術だが、ランクAならば当然の基礎。もちろんスマイルズも自在に扱うことができる。
「オレも! 色々あったって! ことですよ!」
文節の切れ目ごとに一匹、モンスターを屠っている。
セラフ・アビスを二体と、セラフ・コルウス一体が絶命した。
「アルフの奴が先輩って呼ぶから、先輩になっちまったんです! 俺は!」
そう。
かつてスマイルズ・ハインケルという男は腐りきっていた。
飲んだくれの父の元を飛び出し、迷宮都市ノモスにやってきたのが十八歳の時。
ひょんなことからミュウ・フィウに拾われ、スマイルズは冒険者としてめきめきと頭角を現していった。
わずか二年、二十歳の若さでランクAに登り詰めたのだ。当時での最年少、最速記録である。
そしてそこで燃え尽きた。
父親と暮らしていた時、生活は常に不安定だった。収入は雀の涙、それすら博打で消えてゆく。
稀に大勝すれば肉や魚を食べられたが、多くの場合は投げ売りの腐れ野菜ばかりである。
しかし。今やスマイルズは上位ランカーだった。
衣食住は十二分に保障され、さらには遊ぶ金まで入ってくる。
青年はすっかりモチベーションを失ってしまい、日ごと女たちの家を泊まり歩くようになってしまった。
「いつかマイルくんが本気になれるモノが出てくるよ」
恋人の一人は彼の小麦色の髪を撫でながらそう呟いた。
「別に出てこなくてもいいさ」
当時のスマイルズは悪ぶって答える。
「ギルドからの依頼をテキトーにやってりゃ、とりあえず死ぬまでハッピーに暮らしていけるんだ。
最高じゃねえか? これ以上は望みすぎってモンだよ」
だが。
心はどこか空虚だった。
行きずりの美女と一夜を共にしても、ノモスに来てからずっと親しくしている宿屋の娘と遊びに出ても。
満たされないのだ。
気怠い退屈が、ずっと付き纏っている。
――ああ、なにもかもが面倒くさい。
だからほとんど衝動的に、旅へ出た。
いちおうギルドに休暇を申請したものの、気分によっては戻ってこないつもりだった。
そして。
海の見える岬、その崖下でボンヤリと波を眺めながら釣竿を垂らしていると。
「よっ、と」
突然、空から少年が降ってきた。
その髪の色は、まるで焦げたパンのよう。
「すみません、驚かせて」
軽やかに地面に着地すると、スマイルズに一礼。丁寧な物腰であった。
(なんだこいつ、いいところのお坊ちゃんか?)
これがアルフレッド・ヘイスティンとの出会い。
なかなかにインパクトのある登場だったが、その後、さらに驚かされる。
「村長の息子に、突き落とされた? 崖から?」
「ええ、なんでも好きな女の子がいて――僕の幼馴染なんですけど、その子を取られると思ったらしいんです。恐いですよね」
「怖いっつーか病んでるだろ、そいつ」
「かもしれません。ま、出ていくんで関係ないですけどね」
「アテはあるのか?」
「ないんですよね、これが」
しかしアルフレッドはまったく困った様子ではなかった。
「魔導フィールドもそれなりに扱えるんで、冒険者になろうかな、と」
「……冒険者ってのはそんな甘いもんじゃねえぞ。おまえさん、いったい何歳だ?」
「十四歳です。幼く見られがちなんですけどね」
実際、スマイルズもこの瞬間まで勘違いしていた。この小柄な少年はおおかた十歳くらいだろうと。
十四歳なら一応、冒険者として登録できる。
「ここから一番近い迷宮都市って、ロゴスでしたっけ。とりあえずそこに行ってみようと思います。
それじゃあ失礼しました。釣り、頑張ってくださいね」
そういってアルフレッドは去っていこうとする。
しかし。
「待ちな」
スマイルズは呼び止めていた。
自分でもうまく言葉にできない感情が渦巻いて、それが勝手に言葉を喋らせているような感覚だった。
「何を隠そう、オレも冒険者なんだ。
これもなにかの縁ってヤツだ。ノモスに来ねえか?
他よりもずっとモンスターが強ええ危険地帯だが、今なら頼れる先輩付きだ。はっきり言って、オススメだぜ」
もしもこの時の出会いがなければ。
アルフレッド・ヘイスティンは、ノモスではなくロゴスで冒険者になっていただろう。
あるいはセレナ・アリアの一件に今と異なる形で関わっていたかもしれないが、それまはまた別の話。
ともかくも運命は二人を結び付けた。
そしてそれはアルフレッドだけでなく、スマイルズにとっての転機になった。
例えるならば。
弟が生まれることによって兄が兄らしくなるように。
子供を持つことによって親が親らしくなるように。
アルフレッド・ヘイスティンという後輩を持つことで、スマイルズ・ハインケルという男は変わったのだ。
先輩。
その言葉に相応しい、頼りがいのある人物に。
(本気になれるものがあるとか、ないとか。そういう問題じゃなかったんだ)
スマイルズは過去を振り返ってそう思う。
(昔、オレの世界にはオレしかいなかった)
恋人たちとも薄っぺらい関わりだけ。だから簡単に折れてしまった。
少し豊かな生活を手にしただけで日々に倦んでしまったのだ。
けれど、今は違う。
(ギルドの連中、シルキィ、リースレット、そしてアルフレッド)
さらにはこんな自分を愛してくれる女たち。
たくさんの人々との繋がりを感じる。彼らのために何かしてやりたいと思う。
(それがたぶん、生きるってことなんだ)
かつての自分は死人だった。せいぜい生者のフリをしていただけだ。
本当の意味で人生が始まったのは、アルフレッドに出会ってから。
(あいつが俺に命をくれたようなものなんだ)
この戦いは、いわば恩返し。
だから。
(一匹たりとも、ここから先には進ませねえ)
この身はすでに不退転。
両足は硬く地面を踏みしめ、たとえ致命傷を受けたとしても揺らぐことはないだろう。
しかし。
それでも彼は人間である。
人造天使どもは手負いとはいえランクA相当、決して楽な相手ではない。
気力、体力、魔力。
いずれも徐々に限界が見え始め、やがて。
(しまったっ――!?)
僅かな隙を突くように、セラフ・エクウスが蹄でハルバートの柄を殴りつけた。手からこぼれ落としてしまう。
「ヒィィィィィィィィィィン!」
勝利の凱歌をあげるようにエクウスがいななぎ――その頭が、次の瞬間には四つに裂けた。
「二人ともお疲れ様。残った連中はみんなボクが始末したよ」
コツ、コツと足音と共に姿を現したのは、本来なら身動きが取れる筈のない人物。
シーラ・ウォフ・マナフ。
「……おいおい、重傷じゃなかったのかよ」
「ボクの科学力を舐めないでほしいね。たとえ死の崖っぷちに立たされたって、一時間もあればピンピンだよ」
いつもと変わらない明るい笑顔。
しかしどこか死の影が付きまとっているように見えるのは気のせいだろうか?
「スマイルズ、ミュウ。ありがとう、心から感謝しているよ」
ぺこり、と。
深く深く、お辞儀をするシーラ。
スマイルズはなおさら不吉な予感を強めていく。
彼の知るシーラはもっと尊大で、ひとに頭を下げるところなど想像もつかないほどだったのだ。
「後はボクが引き受けよう。二人ともかなり消耗しているみたいだし、先に撤退していてほしい。
……ただひとつ、退路を確保するためにお願いをさせてもらってもいいかな?」
そうしてシーラは最後の指示を伝えると、ダンジョンの奥深くへと向かっていった。
おそらくはカジェロと相対しているアルフレッド、彼の力になるために。
スマイルズとミュウは。
「師匠、歩けますか」
「ギリギリね」
「肩、貸しますよ」
「貸してくださいの間違いじゃないの?」
「強がらないでくださいよ、年のせいで足腰もボロボロじゃないっすか」
気心の知れた調子で笑い合いながら、えっちらおっちら、地上への道を歩き始めた。




