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going, going, going

 かつての相棒との、死力を尽くしたぶつかり合い?

 血反吐を撒き散らして、互いの感情を露わにして?


 知ったことじゃない。


 ――加速術式(アクセル・スペル)破型(ブレイクフォーム)三重(トリニティ)


 光の粒子すら止まって見える加速の中で僕はカジェロに肉薄する。

 左の拳を握りしめていた。シーラさんから受けた加護。殴り飛ばせば正気に戻る、と。

 だったらそれでお終いだ。


 本当に倒すべき相手はこの先、第十三区域に待ち受けている。


 少年漫画じみた熱い展開を期待しているなら悪いけれど、一撃で終わらせてもらう。


 でも。


「――ハッ」


 カジェロは鼻で笑うとともに、首を軽く傾げて避けていた。

 衝撃。

 防御は間一髪間に合った。腹部へフィールドを集中、カウンターキックの威力を殺す。それでも弾き飛ばされていた。

 詰めたはずの距離が再び開く。僕は大理石の柱に叩きつけられていた。

 頭がくらくらする。

 けれど茫としている暇はない。


「く…ははは……はははははっ!」


 狂笑とともにカジェロが両腕を振り上げた。

 ある糸はまっすぐに、別の糸はイスや彫像や柱に巻き付いたあと折り返してこちらに迫る。

 

 かつての僕なら細切れにされていただろう。

 けれど今は違う。


「そこだ……!」


 僅かに生まれる、糸と糸の間隙。

 そこに身体を捻るように捻じ込む。

 十三式を連射し、糸の軌道を逸らして。


 多少フィールドを削られるのは仕方ない。継戦能力さえ保てればそれでいい。


 ターゲットを失った無数の鋼糸はうねるように絡み合い、後方で壁に激突した。

 まるで攻城槌をぶつけたかのような大穴が生まれる。

 大聖堂がきしみ、異形の天使像のひとつが落ちて砕けた。


「ほう、それなりに腕をあげたようですね」


 カジェロの表情にはまだ余裕の色が濃い。

 だったらこれから度肝を抜いてやる。

 僕は左腕のガントレットに魔力を流し込む。

 それに呼応するように蜘蛛の彫像が「()ャア」と唸り声をあげ――。


「お忘れかもしれませんが」


 僕はワイヤーの射出を直前で止めていた。カジェロの言葉がひどく不吉だった。


「わたしは"万魔の王"の一側面、悍ましき銀色の蜘蛛。

 ああところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「っ……!?」


 それはたぶん第三者からすれば意味不明の行為だっただろう。

 僕は十二式魔導拳銃を自分の左腕に向けた。けれど遅かった。


「く……あああああああああああああっ!!!」


 ズブリ、と。


 左腕に鉤爪が食い込んだ。

 カジェロのじゃない。

 籠手に彫り込まれた蜘蛛が、まるで生きているかのように動き始め――僕の身体を傷つけていた。


「ああああああああああああああああっ!」


 一発、二発、三発。


 魔導拳銃が火を噴く。籠手がひしゃげ、砕け、地面に落ちる。


 左腕を持っていかれた。骨は砕け、筋肉もズタズタだ。動脈を貫かれたのだろう、赤黒い血が脈に同期して溢れ出ている。

 回復術式(ヒール・スペル)とフィールドで無理矢理塞ぐ。

 けれど使い物にならないだろう。感覚が無い。握るのがやっとだ。


「さあ、さあ、どうしますか人間風情。頼みの左手はグシャグシャ、ワイヤーもアンカーも使えませんねえ」


 ああ愉快愉快と笑うカジェロ。


「残ったのは右手の魔導拳銃のみ。それで太刀打ちできますか? 真正面からヒトが神に抗えると?

 無理でしょう、ええ無理に決まっています」


 再び膨れあがる殺気。細い指が踊るように蠢く。糸を繰っている。僕の首を刎ねるために。


「それが人間の限界ですよ。自分だけでは何もできない。

 徒党を組み、影でこそこそ這い回ることでどうにかこうにか生き延びている。

 あの戦争でもそうでした。

 あなたたちダンジョンなどという気持ちの悪い要塞に立て籠もり、下らない策で神々から勝利を盗み取りました。


 あんなものは敗北ではありません。そう、断じて。

 再び争えば神々が必ず勝つでしょう。次も、その次も!


 ええ、だから。

 わたしはまだ、過去に納得していないんですよ――ッ!」


 それは銀色の暴風だった。

 十重二十重の鋼糸がヒウンヒウンと真空を伴って次々に飛来する。


 横掛けの椅子が一瞬にして木片に変わった。

 ステンドグラスが割れ、赤、青、緑――原色の輝きが大聖堂に降り注ぐ。

 歪な天使像は首をもがれ、腕を斬り落とされ、原形を留めない姿で床に落ち――砕けた。


「……それが君の本音だったんだね、カジェロ」


 僕はまだ、生きている。

 どうにかこうにか、無事だった。


「死にぞこないましたか、アルフレッド……!」

 

 ついに表情から余裕が消える。

 苛立たしげに吐き捨てる。


「悪運は強い方なんだよ。もしかしたらこれが俗にいう主人公補正なのかもね」


 大嘘だ。


 十二式魔導拳銃が無かったら危なかった。

 フルオートで弾丸をばらまき続け、安全地帯から安全地帯へと飛び移っていく。

 

 すでに革鎧は半分以上消えているし、鎖帷子も原形を留めていない。


 実は三回くらい首を持っていかれそうになったんだけどね。


 ――今、俺の(フィールド)を分け与えた。

 ――生命の危機が迫った時、必ずお前を守り抜いてくれるだろう。


 バーでバレルから授けられた、お年玉。

 そいつに助けられていて。


「……偶然がそう何度も続くと思わないことです」


 再び、銀の嵐が吹き荒れる。


 けれどもう無駄だ。


 三度死から逃れ、僕はひとつの境界を見定めた。


 ――お前たち人間はフィールドを戦うためだけに使い過ぎる。


 バレルの言葉。


 ――フィールドとは自分と周囲を繋ぐもの。俺はそう考えている。

 

 僕は己の身体をフィールドで包む。

 鋼糸を防ぐために?


 違う。


 柔らかく受け止めるため。


 繋がるために、だ。


「なっ……!」


 カジェロに初めての表情が浮かぶ。


 驚愕。


 そりゃそうだよね。


 僕は右手で、鋼糸を掴み取っていたんだから。

 切断はされない。

 なぜなら僕が糸で、糸が僕だから。自然と一体化することと本質は同じ。

 正面から受け入れる。それだけだ。


「カジェロ、君も君で過去を引きずっていたんだろうさ。

 神々の敗北を認められなくって、けれど認めなきゃいけなくって――ああ、だから妙に人間を持ち上げるんだ。

 そうじゃないと、自分が惨めで惨めて仕方なくなってしまうから!」

 

 グウン、と。

 糸をこちらに引き寄せる。姿勢を崩すカジェロ。今だ。


 僕は駆ける。もう加速術式を使う余力もない。なんてこった。カラッポだ。後が続かない。でも知ったことか。あとはひたすら、ゼロ距離で泥臭く殴り合うしかないんだ。死力を尽くして、血反吐を撒き散らして。


「あなたに――()()()()、何が分かる!

 羽虫のような存在に歯向かわれ、あまつさえ精霊に落とされた我々の無念が!」


 絶叫。

 

「我々!? 自分に自信がないから、そうやって主語をデカくするんだ、このヘタレ悪魔が!」


 怒鳴り返し、僕は十三式を連射する。狙いは手元、もう糸は練らせない。これ以上はさすがに避けきれない。

 左手を握る。一回だけで良い、もげても構わない。だから、力を!


「わたしに近づくなっ! 薄汚い人間が!」


 カジェロを守るように、その陰から二体の巨人が姿を現す。堕天使ゲセフ、堕天使マセト。

 どうする。もう余力はゼロだ。強引に押し通るしかない。できるか?


 

 ――僕の不安は、杞憂に終わった。


 1、2、3。

 堕天使の首と両腕が、くるくると宙を舞った。

 4、5、6。

 黒い一対の翼と左足が落ちた。

 7、8、9。

 右足、そして残った胴体が寸断されていく。

 10、11、12、13、14、15、16――17個の肉塊へと。


 それを為したのは僕じゃない。ましてやカジェロでもない。


 ああ、そうか。


 もともとあのガントレットを修理したのは誰だった?

 蜘蛛の神族がカジェロだけとは限らないじゃないか。


「行け、行くんだ!」


 その声は、本当ならここにいないはずの人のもの。

 けれど振り返れば確かに存在していた。不思議の国のアリスみたいなエプロンドレスを纏った、永遠の少女。


「何千年も昔のことにウジウジこだわってるバカに、人間ってヤツを教えてやるんだ!」


 ええ、分かりましたよ。

 シーラさん。


「くっ……!」


 カジェロが狼狽の表情を浮かべた。

 王手だ。もう止まらない。止めれない。


 左腕を振り上げ――もう殴るなんて器用なマネすらできそうにない――ほとんど倒れ掛かるように、その拳を悪魔の横っ面に叩き込んでいた。


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