大聖堂
十三式魔導拳銃はジュウと白い蒸気をあげると、ボロボロと崩れ落ちた。
否。
竜を象った外装だけだ。
その下からは三式によく似た、けれどシャープなフォルムの銃が姿を現す。
十二式魔導拳銃。
要するに三式の改良版が十二式で、さらに広域殲滅型熱線砲用のモジュールを取りつけると十三式になるわけだ。
「先輩、ミュウさん。今です」
一度きりの必殺兵装――竜撃によって敵の三割は消し飛んでいた。
残りも多かれ少なかれ傷を負っていて混乱状態、突破するなら今しかない。
加速術式。
三人同時に発動させて、疾走する。
咄嗟にセラフ・オクティペスが行く手を阻んでくるけれど、それがどうした。
あるものは十二式の火焔弾で丸焼きに、別のものは先輩とミュウさんのハルバートで叩き潰された。
下への階段に、滑り込む。
第一区画、第五階層。
ここに来てようやくのフォートレス。
やや幅広の廊下が、延々と真っ直ぐに続いている。
「ここを越えればボス戦、って雰囲気だな、おい。案外と楽勝だったじゃねえか」
「強がりもほどほどにしておきなさい、スマイルズちゃん。
そーゆーこと言ってると、大抵ロクなことにならないんだから」
「そういえば先輩、十二月の頭にヒマで仕方ないとか言ってましたよね。おかげで僕たち、年の瀬まで大忙しじゃないですか」
「オレは悪くねえ! オレは悪くねえぞ!」
「安心してアルフちゃん。不詳の弟子にはあとでたーっぷりオシオキしておくから。……来るわね」
僕たちは足を止める。
延々と続く通路の向こうに、おびただしい殺気を感じる。
いや、それだけじゃない。
「アルフレッド、師匠。挟み撃ちだぜ。後ろからも来てやがる。たぶんこっちのほうが先だな」
スマイルズ先輩がハルバートを一閃させる。
それとほぼ同時のタイミングで。
懐にセラフ・アビスが飛び込んできて、真っ二つに両断された。
この階層にも出現するのか?
「違えぞアルフ! こいつら、手負いだ! 上の階層の生き残りだ!」
「モンスターは階層を越えないって話だったけど、前例ってのはいつも簡単にひっくり返るのねぇ」
感心しつつミュウさんもハルバートを振り回した。
身体の一部が炭化したセラフ・エクウスが首を刎ねられて絶命する。
「第四階層の連中が追っかけてきてるんならキリがねえ。……アルフ、わかるな」
ニッ、と。
白い歯を見せるスマイルズ先輩。
「アルフちゃん、あなたの目的はなに? 見誤らないでね」
ミュウさんも優しげに目を細めた。
分かっている。
ここが運命の分水嶺だ。
何が起こるか分からないけれど、すでに日は落ちている。
クラウスの術式はすでに大きく動き出しているはずで、それにリースレットさんは巻き込まれている。
急がなければならないのだ。
それにおそらくは、人形術式で操られたカジェロ。
アイツとも戦うことになる。
これ以上の消耗は避けておきたい。
だから。
「スマイルズ、ミュウ――後を頼みます」
対等な仲間として、二人を信じよう。
「任せろ、アルフ」「無事に帰ってきなさい、そうしたらオトシダマをあげるわ」
「……お年玉って、ミュウさんが言うと卑猥に聞こえますね」
そんな風に、ちょっとだけ茶化して。
「突貫ってきます」
前方に待ち受ける、闇の中へ。
――加速魔法。
いや。
そんなんじゃ足りない。
もっと、もっと、早く!
音すらも追い越して、光のように!
バレルと同じ、速度のむこうがわへ!
――加速魔法、破式。
全身を覆うフィールドを変形させる。
走れば風にぶつかって速度が落ちる。
だったら、僕自身が風になればいい。
山での修行。その中で至った境地の一つ。自然との合一。天・地・人。
三位が一体になる時、あらゆる法則は意味をなさなくなる。
僕は風だ。音だ。光だ。誰にも、何にも捕えることはできない。
「――シャアアアアアアアアアアアアアッ!」
眼前に待ち受けるのは、何十対ものウルフ・チェーンソー。
さらなる改造でも施されたのか、全身から黄色い雷光を漲らせている。
でもさ。
君たちじゃ、親友の足元に及ばない。
僕は左腕を振り下ろす。
無数のワイヤーが閃き、あちらこちらで血の華が咲いた。
仕留めきれなかった連中はどうでもいい。
床を蹴る、壁を蹴る、天井を蹴る。
ジグザグの軌道でその頭を飛び越し、可能なら擦れ違いざまに切断する。
ああもう。
僕はどこまでもお人よしだ。
後を任せたのに。
――あの二人が少しでも楽になるように、狼どもを潰しておこう。
そんなことを考えてしまっている。
やがて。
長い長い直線の果てに、階段が僕を待ち受ける。
滑りこんだ。
浮遊感。
やがて視界が開ける。
第一区画、第六階層。
そこは例えるなら、大聖堂。
左右に立ち並ぶのは大理石の柱、中央に走る真紅の絨毯。
横掛けのイスが列を成し、奥には荘厳な礼拝堂。
極彩色のステンドグラスを背に、聖者の像がたくさんの蝋燭を捧げられている。
そこに祈りを捧げていたのは、神父などではない。
「お待ちしておりましたよ、我が主」
黒いシルクハットに、燕尾服。
銀色の髪、端正な顔立ち。
口元を皮肉げに歪ませ、そいつは言う。
「リースレットをお探しですか?」
「察しのいい従僕で助かるよ。どこに隠したのかな」
「この奥は第十三区画に繋がっています。今から追いかければ間に合うかもしれませんね。ですが――」
「そうはいかない、と」
「ええ。アルフレッド・ヘイスティン。あなたはここまでです。無念のうちに死んで頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
「答えなんて決まってるよ、カジェロ。いや、"万魔の王"」
あるいは"魑魅魍魎の父"。
神々の中でも最も忌まわしいとされる災厄の権化。
「わたしの正体をご存知でしたか。……ああ、なるほど。そういえば以前、お話していましたね」
そう、一緒にダンジョンでクエストをこなしていた時だ。
「ならばその力量差は弁えているでしょう。
わたしという存在は"万魔の王"のごく一部を削り出してきたものに過ぎませんが、それでも人間ごときが追いつけるものではありません。もしも引き返すというのなら、寛大な心でもって見送りましょう。いかがですか?」
ああ。
ちょっと安心した。
いつも通りの上から目線で――けれど、いつもと違って人間という存在を馬鹿にしきっている。
こんなのはカジェロじゃない。
だってアイツは、何だかんだと言いつつも人間のことを認めていたんだから。
中身までクラウスに乗っ取られているんだろう。
だったらさっさとブン殴って正気に戻してやらないと。
でもって、敵に操られた不甲斐なさをネタにイジりまくってやる。これまでのお返しだ。
ああ、そうだ。
ここでの会話って、クラウスに聞こえているのかな。
だったらちょっと言っておこう。
「なあ、クラウス。君は僕と同じ転生者みたいだけれど、どうやらひどく底が浅いみたいだね。
上の階じゃエデンに世界地図。中二病だけじゃなく、前世に未練タラタラじゃないか。情けない。
おまけに。
――"人間ごとき"?
カジェロだったら絶対言わないし、きっとおまえの影響なんだろうさ。
ああ、透けて見えるよ。
転生して大きな力を手に入れて、それで自分が偉くて凄いヤツだって勘違いしたんだろ?
物語に例えるならお前は主人公でも、裏で糸を引く悪役でもない。
第一話か第二話で蹂躙される、ちょっと勘違いした雑魚キャラだよ」
その挑発が届いたかどうかは、分からない。
僕の壮大な独り言で終わってしまった可能性も十分にある。
でも。
「――いい加減、その鬱陶しい口を閉じて頂きましょうか」
カジェロが洒落た言葉で切り返すでもなく、戦う姿勢を見せたということは。
きっとクラウスの耳に届いていたのだろう。
「さようならです、我が主」
銀色の奔流が、すべてを塗り潰した。




