楽園を出る
「スマイルズ先輩が年齢問わずの節操なしなのは存じてましたけど、ついに年末セールで性別問わずですか?」
軽口を叩きながら僕は少しずつ距離を詰めていく。
警戒を弛めないまま。
もし仕掛けてきたとしても、すぐ対応できるように。
「あらぁ、嬉しいコト言ってくれるわねえ、ボクぅ」
しなを作って答えるのはミュウさんだ。
「ええ、お察しの通りよぉ。あたしたちとーってもラブラーブなのぉ」
「……勝手なこと言わんでくださいよ、師匠」
とてつもなく居心地が悪そうに眉を顰めるスマイルス先輩。
師匠、か。
二人して同じ|銀仕立ての薄片鎧《シルバー・ラメラ―・アーマー》に身を包んで、しかもハルバートなんていうロマン系マイナー武器を構えてるんだ。
おおかた恋人、親友、師匠のどれか。答えは三番目だったわけか。
「なあアルフレッド、こんな年の瀬に慌ててどこに行こうってんだ。わざわざ危険なダンジョンに行く必要はねえ。
よい子は家に帰ってソバでも食ってな」
「十四歳なのにお酒をガブ飲み、しかも酔っぱらってケンカですよ。最近は夜遊びまでやらかしました。
どう考えてもよい子じゃないでしょう、僕ってヤツは」
「まだ引き返せるぜ。田舎のおっかさんが泣いてるぞ」
「もう亡くなってますよ」
「ああチクショウ、可愛くない後輩すぎるだろテメエ。……師匠、ひとつピシッと言ってやってくださいよ」
「はいはい、それじゃあアタシも言わせてもらおうかしらぁん」
うふふ、と無意味に身をくねらせるミュウさん。
「年の瀬の『ハニー&バニー』はオールナイト営業よぉ。
バニーちゃんたちがいろんなコスプレをして歌うし、ぜひ見に行ってあげて頂戴ねぇ」
バニーガールと言う時点でコスプレだし、他の格好をしたらもうそれは"バニーちゃん"ではないと思う。
アイデンティティが消滅しているような。
「違うわぁ、バニーちゃんってのは姿かたちの問題じゃないの。ひとつの在り方よぉ」
バニーちゃんってなんだ。 (哲学)
「というわけで、よい子はあたしと一緒に同伴出勤しましょうねぇ」
そんなお店に足を運ぶ時点で悪い子だと思う。
と、いうか。
「先輩、ミュウさん。茶番はそろそろやめにしませんか。わりと一刻を争う事態なんですよ」
僕は両手を挙げる。
魔導拳銃はホルスターに収めているし、ガントレットも活性化させるつもりはない。
「ま、こっちにやる気がないのは分かるよな」「ちょっとしたアイスブレイク、嵐の前のコロッケってやつよ」
コロッケは台風が来てから買いに行くものじゃないだろうか。
ともあれ二人とも戦う意志はないらしく、揃ってそのハルバートを降ろす。
「別にオレたちは地下通路を守るボスキャラってわけじゃねえ。
シーラさんから連絡を貰ったんだよ、おまえさんの手伝いをしてくれってな」
「ふふっ、こうやってスマイルズちゃんと並んでるとランクAだったころを思い出すわぁ」
前にミュウさんから聞いた覚えがある。お店のために敢えて下位へ落ちた、って。
本来の実力はランクA相当で――ああ、うん、間違いない。
真正面からやりあえば、十回のうち四、五回は首を刎ねられる。
僕の勝ち筋としてはひたすら距離をあけての射撃のみ。近づかれた時にお終いだ。
「そんな目で見ないでちょうだい。ゾクゾクしちゃう」
「すみません、殺らしい視線を向けてしまいました」
「ふふっ、正直な子は好きよぉ」
「アルフレッド、おまえさん、もしかしてこーいうのがタイプなのか……?」
二、三歩後ろに下がるスマイルズ先輩。顔が引きつっていた。マジでドン引きしてるんだろうか。
「なーんてな。ジョークだよ、ジョーク。この先は第一区画の第二階層だったか。
さっさと行こうぜ、んで、リースレットを助け出したらパーティだ」
「場所はもちろん、『ハニー&バニー』ねぇ」
「僕的には『耳と尻尾――「ア゛ア゛ン!?」――はい、ぜひミュウさんのお店にお邪魔させてください!」
「ハハハハハハッ!」
大爆笑するスマイルズ先輩。
「師匠とアルフ、仲良すぎだろおい! やべえ、ちょっとツボっちまった。くふっ――ははっ、あはははははっ!」
「うふっ、スマイルズちゃんったらはしたないんだから
昔はダンジョンの近くに来ただけでブルブル震えてたのに、あのかわいい子はどこに行っちゃったのかしら」
「師匠、そいつはできれば言わずにいてくれると……」
「さぁ、どうしようかしらぁん。このクエストが終わった後、一杯付き合ってくれたら口も塞がるかもしれないわねぇ」
「わかりましたわかりました。是非ともお酌させてもらいますよ。
それよりいい加減行きましょう。これ以上待っててもメンツは増えそうにありゃしませんし。
……アルフ、今日はおまえさんが主役だ。オレと師匠は指示に従う。場合によっちゃ捨て駒にしろ。いいな?」
* *
ぐねぐねと曲がりくねった、細い地下道を進む。
埃と黴の臭気に顔をしかめつつ、ヌルリとした足場を踏みしめて。
重たく横たわる暗闇を掻き分け。
やけに生暖かい向かい風に抗いながら。
僕たち三人はやがて、通路の出口に辿り着く。
「……オレはモンスターハウスを覚悟していたんだがなぁ」
「熱烈歓迎、ようこそ冒険者ってところかしらぁ」
第一区画、またの名を旧第六区画。
第二階層。
その光景は、例えるなら楽園だ。
燦々と輝く太陽に、雲ひとつない青空。
地には色とりどりの花が咲き誇り、その間を蝶々が飛び交っている。
ふと、ある一角に林檎の園を見つけだ――前世の記憶が頭をよぎる。
エデン。
知恵の実を口にする前、アダムとイヴが暮らしていた場所。
それをモデルにしている?
誰が? ダンジョンが――僕と同じ転生者たるクラウスが?
ここにいれば安全だけれど、リースレットさんを助けたいなら出ていかないといけない。そういうつもりだろうか。
だとすれば。
なんて底の浅い中二病だろう。とりあえず聖書を引用しておけばいいと思っている。
そういうのが原文にもロクにあたらず「復讐するは我にあり」なんてセリフを小説に出してしまうんだろう。格好いいからって。……ちなみに前世の僕もそうだった。
ともあれ。
「先輩、ミュウさん。さっさと行きましょう。ここはただの通路に過ぎません」
僕は通りがかりにリンゴをひとつもぎ取る。
それを食べずに放り投げた。




