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世に永遠に生きる者なし

「リースレット、キミの過去についてはすべて把握しているよ。

 手段は察しておくれ。ボクはいろいろなところにツテがあるからね」


 シーラ・ウォフ・マナフは事もなげにそう言い放った。

 

「だから一切の隠し立ては無用だよ。キミは三年前、セレナ・アリアという友人を失っている。そうだね?」


 淡々と事実を確認するように問いかける。

 死後、人間の魂に裁きを下す審判者のように。

 

「以後、キミはスカートをショートパンツに履き替えている。

 髪を伸ばし、剣と槍の二刀流。ずいぶんと引き摺っているね、彼女のことを」


 シーラは少しずつ少しずつ、まるで熟練の外科医のような周到さでリースレットの心に刃を入れていく。


「そして戦い方を変えたのを機に、キミはランクCからランクAに駆け上がった。

 自分にピッタリのスタイルを見つけたから?

 違うね。

 長い髪、左右で異なる得物。マトモな戦い方じゃない。

 普通ならむしろランク落ち、あるいはダンジョンで野垂れ死にだよ。


 ――そうならなかったのは、セレナの死でキミが決定的な歪みを抱えてしまったからだ」


「自覚はしているよ、先生。私は今もセレナの死を悔やんでいる。

 あの時の自分にもっとできたことがあるんじゃないか、無理心中に付き合ってやるべきだったんじゃないか。

 ずっと悩んでいるんだ」


 ここでリースレットが口を挟んだ理由は、おそらく、本人ですら分かっていないだろう。

 奇妙な胸騒ぎに駆られてのものだった。



 ――このままシーラに喋らせていてはいけない。

 ――自分の過去を語っていいのは自分だけ。

 ――そう、アルフレッドに話した時のように。


 ――さもないと。


 ――自分ですら知らず知らずのうちに触れないようにしていた、意識の端に浮かべるだけでも辛い核心に触れることになるかもしれない。



 そんなリースレットの深層心理すら見透かしているのだろうか。

 シーラは。

 残酷に無慈悲に、決定的な病巣を抉り出す。


「違うね。君が悩んでいるのはそんなことじゃない。


 自分にできたこと?

 ないさ。キミは精一杯やった。セレナと何度も話し合い、ヴィンに入れ込みすぎだと諌めたみたいじゃないか。


 無理心中に付きやってやるべきだった?

 いやいや、戦闘記録も調べたけれど、キミが助かったのはセレナのおかげだよ。彼女が最後の力を振り絞ってキミを地上に送ったんだ。


 そしてそのどちらも、本来ならボクがわざわざ言う必要なんてない。

 リースレット・クリスティア。

 キミだってとっくに理解していただろう?


 問題はもっと別のところにある。

 この程度の歪みでランクAに並べるわけがないじゃないか」


 ならば、果たして。

 リースレットが何を抱えているのかといえば。


「当時、キミは周囲からたくさん慰められただろう。さっきボクが言った通りにね。


 ――リースレットは悪くない、やれることをすべてやったじゃないか。

 ――あくまでセレナ自身の問題だから、一緒に死んでやることはなかったよ。

 ――セレナの分まで生きるのが何よりの供養になるさ。


 そんなところかな?

 けれどキミには届かなかった。当然だよ。


 自分で自分を許せなかったんだろう? 何よりも裁きを、はっきりと分かる罰を望んでいたんだろう?

 あの無理心中はむしろ望むところ、けれど命を落としたのはセレナだけ。


 キミは死に損なった。罰を受けられなかった。周りは誰も責めてくれない。むしろ筋違いの慰めでグルグル巻きだ。


 だったらさあ、どうする?

 決まってる。

 自分で自分を罰するしかないだろうね」


 ポーン、と。

 丁度ここで壁掛けの時計が鳴った。

 午後五時ちょうど。


 シーラは乾いてきた口の中を紅茶で潤した。こんなに長々と話すのは何年ぶりだろう。むしろ初めてかもしれない。

 リースレット。アルフレッドを巡る恋敵。泥棒猫。だからずっと睨みつけてきた。見詰めていた。だから分かるのだ、彼女のことが。


「でもさ、罪も罰も裁きも赦しも、本質的にはヒトの手に余るんだよ。


 罪に釣り合う罰なんて存在しない。

『目には目を』なんていうけど、目を奪われた側の無念を加味するなら犯人を処刑してもいいんじゃないかい?

 もし被害者が最初から正気を失っている人物だったらどうする? 親族は怒り狂ってるけれど、本人は知らん顔。そういう場合は?


 仮に犯人が目を奪われたとして、それで罪は赦されるのかい? 誰が判断するんだい? 


 ヒトはね、そういうことを計る天秤を持っちゃいないんだ。

 だから宗教だの法律だの常識だの、何らかの大きな存在に仮託してとりあえずの判断をつけるのさ。


 けれどリースレット、キミはその"とりあえず"を受け入れられなかった。

 繰り返し自分を裁いて、繰り返し自分を罰し続けた。


 目の前で起こる不幸はすべて、セレナを死なせてしまったことへの報い。

 なんて牽強付会で荒唐無稽な因果応報だろうね。ありえないよ。けれどヒトの心の中じゃ、何だってありえるのさ。


 それを脱するために必要なことはなんだろうね?


 誰かからの赦し? いやいや、もっと後でいい。まず先にすべきことがある。


 結局さ、何度も自分を裁かなきゃいけないのは――その裁判が間違っているからなんだよ。

 証言が出揃っちゃいない。内なる声はキミを責めるばかり。おかしいだろう? 弁護人はどうした?


 だからボクがその代わりを果たそう。

 リースレット、キミがセレナに対して抱いている感情は悔恨だけかい?

 怒りは? 憎しみは? 苛立ちは?

 故人の悪口を言うだなんて格好悪い。

 そんな常識に囚われるなよ。

 偽善者ぶるんじゃない。


 結局のところ、そういう黒いものを封じ込めた反動なのさ。

 いまのキミが過度に自罰的なのはね。


 だからここでぶちまけろよ。

 セレナ・アリアの嫌いなところ、許せないところ。


 全部聞いてやるさ。全部言えよ。なあ、リースレット・クリスティア――」



 * *



 リビングにはしばらく沈黙が滞っていた。

 

 無言と無言。

 視線すら交錯しない。


 シーラはフウと一息つくと、肩の力を抜いてソファにもたれかかった。


(焦ることはないさ)


 いま、リースレットは自分と戦っているのだろう。

 セレナへのわだかまり。

 目を逸らし続けていたモノ。


 それに向き合おうとしている。

 あとはただ、ゆっくりと待てばいい。


 なにせ三年ものあいだ感情を押し止めていた堰なのだ。

 数秒数分で壊れるわけがあるまい。


(でも、確実に"ヒビ"は入った)


 やがて圧力に耐えきれず、本当の"リースレット・クリスティア"が出てくるはずだから。


 ……と。


(この気配は、カジェロかな)


 人間には分からないだろうが――かすかに、同族の匂いが漂ってくる。


(アルフくんの家に帰ったけれど、ははあ、留守だったってところか)


 彼を探してあちこちうろつきまわり、リースレットの家を訪ねてきたのだろうか。


(今は取り込み中なんだけどね)


 色々と察して素通りしてくれないかと期待したが、それは少し都合のよすぎる考えだったらしい。

 ティントーン。

 呼び出しのチャイムが鳴る。

 

(まったく、あの毒舌は! 愛しのご主人様のことになると見境がないんだから!)


 シーラは嘆息すると、ソファから立ち上がる。


「ボクが出てこよう。どうやらこっちの知り合いみたいだからね。キミはもうしばらく考え込んでいるといい」


「……ありがとう、先生」


 リースレットの呟きには幾つもの意味が込められており。


 そして。


 これが二人の、最後の会話になった。


「はいはい、今行くよ、っと」


 ティントンティントンと鳴るチャイムに急かされ、シーラは玄関に。

 鍵を開けて、ドアを開けようとして。


 とぅッ、と。


「……っ……!?」


 銀色の蜘蛛脚が、木製のドアを突き通していた。

 鉤爪はそのままエプロンドレスを貫き、シーラの、左胸へ。

 肋骨を、肺を、心臓を抉られた。


 不死者に、死が訪れる。


 12月31日の日没。

 幽と明の境界線が曖昧になるというのは、つまり、そういうことである。


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