過ぎた季節、置いてきた宝物
再度、時を遡って、12月31日の午後3時。
この時点ではまだ、アルフレッドは家の片付けをしている。カジェロは皆の似顔絵を描いていた。
そしてシルキィはちょうど病院を抜け出したところだった。
では。
シーラ・ウォフ・マナフは何をしていたのであろうか?
リースレット・クリスティアは何をしていたのであろうか?
答えは、というと。
「やあやあお姫様、家庭訪問だよ。……女二人、ちょっと腹を割って語りあおうじゃないか。アルフくんの件でね」
「……わかった」
話し合い、である。
ここはリースレットの自宅前、外には粉雪がチラついていた。
今夜は冷え込むだろう。
「歓迎する、先生」
「ありがとう。最悪、玄関で追い返されることも覚悟してたからね。
もしかしてお姫様からボクへの好感度ってのも、そう捨てたもんじゃなかったかな」
「少なくとも、私は嫌っていないつもりだ」
「ボクはお姫様をものすごく敵視しているけどね」
サラリとそう言ってのけ、シーラは玄関のドアを潜る。
パンパン、とエプロンドレスに付いた雪の粒を払い落す。
「いきなりキツい言葉を投げつけてしまったけど、本当にボクは上がっていいのかな?」
「構わない。――私も先生に言っておきたいことがあるからな。奥で話そうじゃないか」
「ああ、是非そうしよう。この街を出る前に、お互い、想い残しのないようにしたいものだね」
「……なんだって?」
「そいつは難聴系主人公のモノマネかい?
ああいや、アルフくんの恋心にずっと気付かなかったキミだしね。鈍感系主人公も並行して演じているのかな」
「わざと聞き返したわけじゃない。信じられなかったからだ。
先生、どこかに行ってしまうのか」
「ああ。すでに別の街から後任の研究者は呼んである。治療装置も自動化したしね。
特にアルフくんのパーソナルデータは詳細に入力しておいたから、四肢がもげたって元通りにできるだろうさ」
「別にそういうことが聞きたいわけじゃない。先生は何十年も前からノモスにいたんだろう。なのにいきなり、どうして」
「女が旅に出る理由なんて一つだけだろう?」
あっけらかん、と。
冗談めかした調子でシーラは答える。
「失恋だよ。アルフくんを取られちゃったからね。せめてキレイに退場しようってことさ」
「……つまり、私のせいなのか」俯くリースレット。「私が、先生を追い詰めてしまった、と」
「なんでそう自罰的な方向に走りたがるんだい、キミってやつはさ」
肩をすくめるシーラ。
「フられ女が泣き事を言いにきやがった、せいぜい聞き流してやるか――そのくらい尊大になればいいんだよ。
キミの気持ちを言い当ててやろうか、お姫様。イヴの夜からずっとアルフレッドを避けている理由込みでね」
* *
リースレットの家はギルドから支給されたもので、家具も最初から備え付けであった。
居間には曇りガラスのテーブル、四方を取り囲むように黒いソファが据え置かれている。
「どうぞ、先生」
リースレットは湯気の立つカップを置いた。
かつてアルフレッドに出したのと同じダージリンである。
「へえ、お姫様は紅茶党かい」
少し意外そうに、シーラ。
「泥のようなコーヒーを啜ってそうなイメージだったけれど、ひとは見かけによらないもんだ。
ああ、どうせならブランデーを垂らしてくれないかい? いい香りになるんだよ」
「すまない。ワインしかないんだ」
「それで構わないよ」
「しかし、紅茶にアルコールを足しても大丈夫なのか?」
「曖昧な質問だね。新しいものに興味はあるけれど、漠然とした不安感が付きまとう。そいつを言語化できずに困ってる感じかな?
味も香りも上等だし、お腹を壊すようなこともない。安心して楽しめるよ」
「ああ、それならいいんだ。……やっぱり先生は賢いな。私の知りたいことを的確に教えてくれる」
「経験の差だね。無駄に何百年も生きてれば人間の行動パターンなんて自然に見えてくるさ。
でもそれは浅薄さへの片道切符だ。他者を表面的にしか認識できなくなる」
「だから先生は相手によって態度が違うのか? 私たちランクAと、それ以外と」
「ああ。ランクAってのは気違い、つまりパターン認識を突き抜ける連中ばっかりだ。
裏を返せばそういう人間しか"人間"と思えなくなっている。永い時を生き過ぎて、ココロの寿命が尽きたのさ」
シーラは紅茶に口をつける。湯気と共に葡萄の芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。
ワインやブランデーを混ぜるという発想。
初めて知った時は感動すら覚えた。色々と試してみた。
農園を買い取って人を雇い、「紅茶のためのワイン」「紅茶のためのブランデー」を作らせたこともあった。
しかし。
気の遠くなるような月日の果てに擦り切れてしまい、すべては惰性に流されるまま。
かつての自分がやっていたから、今もそうする。
「キミの目の前にいるボク、シーラ・ウォフ・マナフはね、つまり過去の残骸なんだよ。文字通りの生きる化石さ」
「それは言い過ぎだろう、先生。貴方はいつも溌剌と研究に取り組んでいたはずだ」
「アルフくんのおかげだよ。……思春期らしい自意識に振り回されながら自ら死地に飛び込んで、けれど無事に帰ってくる。
若いじゃないか。その若さに魅せられたんだ、ボクはさ。彼のことが欲しかったよ」
「……すまない」
「キミが謝ることはないよ。いいかい、おそらく二度とは言わないからよく聞くんだ。
彼と手を繋ぐのは、きっと、ボクよりずっとキミの方が相応しい。
なぜかって? ボクの愛情は鳥籠だからさ。
閉じ込めて自分だけのものにしたくなる。永遠にね。
けれどそれじゃ意味がないんだ。
彼の輝き――ボクが最も心惹かれた部分が消えてしまう。
グラつきながら、フラつきながら。
限られた短い時間をがむしゃらに走っていく。
そういうのがさ、好きなんだよ」
シーラは軽く目を瞑った。瞼の裏に浮かぶのは、燕尾服の同胞。カジェロ。
彼は不完全な術式のせいで"永遠"を失ってしまった。
だが裏を返せば、寿命を、有限ゆえの輝きを手に入れたのではないだろうか。
短い時間の中、アルフレッドのために一つでも多くのものを残そうとする姿。
カジェロもまた、必死に生きている。
翻って、自分はどうだろう?
不老不死の上に胡坐をかいていなかったか。
心の底から好きな相手がいるのなら、形振り構わず迫ればよかった。押し倒せばよかったのだ。
けれど自分は傍観するばかり。
本気の恋に、本気になれない。
そんな女は、もう、潮時だろう。
最後に勝者へ贐を送って、自分はこの街を出ていこう。
「おっと、延々と自分語りをしてしまったよ。すまないね。許してほしい」
遺言のつもりだったから覚えておいてくれると嬉しいな。
「もともとはキミの話をしてきたんだ、お姫様――いや、リースレット」
この時。
おそらくは初めて。
シーラは彼女のことを、名前で呼んだ。
「キミがイヴの夜からひたすらアルフレッドを避け続けているのは、とにかく、後ろめたいからだ。
――自分のような人間が、他人から好意を向けられていいのだろうか。
つまり病巣はドン底の自己評価さ。そしてそれがキミをランクAたらしめてる歪みだよ」




