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復讐

要するに、古代の転生者クラウス(倉碓)がとんでもない魔法を仕込んでいたということです。

 シルキィさんの居場所。

 それは「知っている人にとってはすごく簡単な問題」だろう。



 彼女は家というべき場所をいくつか持っている。


 東区の一戸建て、これはギルドから提供されたものだ。公式の住所はここになっている。


 他の候補としてはざっと四つ。


 北区のアパート。冒険者向けで、シルキィさんがオーナーをやっている。最上階の一室を確保しているらしい。

 西区のホテル。地下に賭博場があるんだけど、彼女は筆頭出資者の一人だ。顔パスで泊まれるんだとか。

 さらに中央区、高級住宅街の豪邸。最後に南区のスラム。


 ここで状況を整理してみよう。

 なぜシルキィさんは病院を脱走しないといけなかったのか。

 盗んだバイクで走り出すような十七歳病? 壊れかけのレイディオ? ――ありえない。


 シルキィさんはランクAで一番の頭脳派だ。きっと事情がある。入院をぶっちぎらないといけない緊急事態。

 そういう時に彼女が駆け込む先は予想がつく。


 南区のスラム。


 シルキィさんはあの一角を買い取り、中央を追われた研究者を集めていた。

 ダンジョンについて独自に調べるために。


(青い亡霊と戦って、何かに気付いた……とか)


 それを確かめるためにスラムの研究所へと向かった。

 ありえそうなストーリーだと思う。


 僕は駆ける。

 建物の壁にアンカーを打ち込み、屋根から屋根、屋上から屋上へと飛び移る。

 もちろん加速魔法(アクセル・スペル)はフル稼働だ。

 東区から南区まで、普通なら自転車で一時間。

 けれど僕はそれを数分まで縮める。

 風を切り裂いて、前へ、前へ、前へ! 

 

 傾いた鉄塔を蹴り飛ばし、くすんだ色の塀を飛び越え、やがて目的の場所に辿り着く。

 一見すると廃工場、けれど中はキレイな研究所。


 予想通り、シルキィさんはそこにいた。


「読み通りですよ、センパイ。誰よりも早く来てくれるって信じてました」


 いつもみたいな現代日本ネタのジョークは飛ばしてこない。髪型もツインテールじゃない。サラリとしたロングストレート。


「今から重要なことをお伝えします。……聞いていただけますか?」



 * *


 シルキィさんは次々にノートへ書きつけていく。


 ――"青い亡霊"の目撃証言、その完全版。


 

 第二区画、第四階層

 第十区画、第八階層

 第六区画、第四階層

 第十二区画 第六階層

 第八区画、第六階層

 第四区画、第二階層


 第八区画、第七階層

 第十二区画、第五階層

 第四区画、第五階層

 第十区画、第六階層

 第二区画、第四階層

 第六区画、第六階層


 第三区画、第九階層

 第十一区画、第九階層

 第七区画、第一階層

 第一区画、第十階層

 第九区画、第四階層

 第五区画、第四階層


 ……などなど。


「わたしの方で集めた、全三十五回、"亡霊"の出現データです。なにか気付いたことはありませんか?」


「区画は最初が偶数なら、その後も偶数。奇数なら奇数が続いてるよね。

 階層も何か法則性がありそうだけれど……」


「センパイ、立体的に考えてください。

 あとでご自分で確かめてほしいんですけど、これ、ぜんぶ六芒星を描いてるんです。斜め方向に」


 頭の中にざっと思い描いてみる。各区画は円周上に並んでいる。時計のイメージでいいだろう。

 例は最初の目撃証言。区画だけ抽出してみよう。

 2→10→6、これで三角形が成立だ。

 12→8→4、逆三角形になる。二つ合わせれば六芒星。

 階層を考慮に入れるなら4時方向が上、10時方向が下に傾いているだろうか。


「現時点までで五つの六芒星が完成しています。そして最近五回の出現地点はですね――」

 

 第三区画、第五階層

 第十一区画、第五階層

 第七区画、第三階層

 第五区画、第四階層

 第九区画、第四階層


「さて、最後のひとつはどこになると思いますか、センパイ?」


「第一区画、第六階層だね」


「はい、大正解です。ちなみにダンジョンの歴史をさかのぼると、もともと区画のナンバリングは五ずつズレてたみたいです。

 今でいう第一区画は、かつて第六区画と呼ばれていました。そして"6"は魔術的に意味深い数字とされています。

 1+2+3、1×2×3――いずれも6になりますね。

 他にもいろいろとありますが、ともあれ、六芒星の術式においては周辺を"6"で固めることは重要とだけ覚えておいてください」


 なんだか話がオカルトじみてきた。

 まあ、剣と魔法のファンタジー世界でオカルトを議論することほどナンセンスなことはないだろうけどさ。


「青い亡霊は、今日の日没後に第一区画、第六階層に現れます。

 生と死、幽と明、去年と来年――その境界が曖昧になるタイミングを狙って。

 

 ……センパイは、シュウ・クラウスという古代人をご存知ですか?」


「まあ、名前くらいは」


「わたしの方でも調べていたのですが、彼は自分の前世――異世界の、日本という国に深い恨みを残していたそうです。

 反魂返魂術式(アル・ハズ・ラード)と呼ばれる、死霊術の奥義。さらにそれを六芒星の組み合わせによって増幅し……」


 ノモスと日本を繋げてしまう。

 おそらく双方ともに大混乱に見舞われるだろう。それがクラウスの復讐なのだろうか? 

 ある意味で当然といえば当然かもしれない。日本で虐げられていた人間が、異世界でチートを得て幸せになる。それで過去の怨念を忘れられるものだろうか? クラウスは忘れられなかった。己の死後すらも視野に入れて術式を組んだのかもしれない。


「センパイ、この街だけ妙に日本の影響が強いと思いませんか? 転生してきた人が多すぎる、って。

 誘導されているんです。おかげでノモスは"死後の世界"という意味合いを帯びてしまいました。

 そしてこれから訪れるのは、生と死が混じりあう時間。……条件としては、十分過ぎるくらいに十分なんですよ」


 シルキィさんもまだ自分の中で消化しきれてないのだろうか、少し話にまとまりが無いように感じられた。

 それでも言わんとすることは分からないでもない。


 要するに数千年前の、粘着質な転生者の陰謀ということだろう。

 そのせいでノモスは滅茶苦茶になるかもしれない、と。


反魂返魂術式(アル・ハズ・ラード)は過去への後悔を核にします。

 だから青い亡霊はリースレットさんの親友に化けているんでしょう」


「つまりリースレットさんが、計画の中心に据えられてるってことかな」


「可能性は高いと思います。ただ、もうひとつ考え得るケースもあるんです」


「なにかな、それは」


「センパイですよ。はっきりとは教えてくれませんでしたけど、わたしのお爺ちゃんと同じですよね。転生者ですよね。

 しかもランクAに登り詰めてしまうくらい、心のどこかに歪みを抱えているわけですし。

 わたしがクラウスなら、むしろセンパイを核にすると思います。ありませんか、前世に対して思うところは?」


 否定は、できない。

 いくら吹っ切ったつもりとはいえ、過去は決して消せないんだから。


「だから気を付けてください。今からが一番危険な時間です。できればリースレットさんともどもノモスから避難してくれれば――」


 

 けれど。



 僕たちは少しだけ遅すぎたらしい。


 研究所に、もう一人の来客。


 それはシーラさん。全速力でも出したのか、真っ青な顔でゼイゼイと喘ぎながら僕にこう告げる。


「すまない、お姫様を――リースレットを、攫われてしまったよ。一緒にいたんだけれど、不甲斐ないことにね」



 誰に、と問うと、答えは。

 まったく信じがたいことに。



「カジェロ、だよ」


 嘘だ、と叫びかけた。

 けれど声が出なかった。


 左手の甲に、激痛。


 そして。


 まるで熱した鉄板の上の水滴のように、ジュウ、と。


 契約を示す紋章が、消滅したのだ。


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