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転機

「ダンジョンを消滅させるって、どうやって?」


 ダンジョンは迷宮都市ノモスの地下にガッツリ存在しているわけで、消えてしまったら地盤沈下どころの騒ぎじゃなくなってしまう。

 中央区以外はとんでもない被害が出るだろう。


「狙う迷宮そのものではない。迷宮を支配する意志――俺を生み出した、母と呼ぶべき存在だ」


 ああ、なるほど。

 噂で言われていた、"ダンジョンを制御する超AI"のことか。


「居場所はすでに掴んでいる。お前たち冒険者が噂に語る、"幻の"第十三区画だ」


「……実在するの?」


「間違いないだろう。ただ、そこに至るまでの道はまだ閉ざされている。

 特定の時間、特定の場所にしか開かない」


「だから誰も見つけられなかった、ってことかな」


「ああ。……宿敵よ、お前も、来るか?」


 それはいち冒険者としてとてつもなく魅力的な誘い(クエスト)だった。

 

 前人未到の区画を探索し、その最深部に待ち受けるラスボス(ダンジョンの意志)を討伐する。


 ……でもそうなったらダンジョンの機能はどうなるんだろう。停止してしまったらノモスが立ち行かなくなる。迷宮都市なんてのは鉱山街と同じだ。冒険者は鉱山労働者みたいなもので、鉱石の代わりにモンスターの素材なんかを取ってきている。それで経済が回っているのだ。


「問題ない。俺はダンジョンのシステムに干渉できる。今の姿に生まれ変ったのもそのおかげだ」

 

 今明かされる衝撃の事実というかなんというか。バレル、君って戦闘一辺倒じゃなかったんだね。


「一事は万事に通じる。すべてはフィールドのちょっとした応用だ」


 いやいや、魔導フィールドってそんな都合のいいものじゃないと思うけれど。


「前々から思っていたが、お前たち人間はフィールドを戦うためだけに使い過ぎる」


 そう呟くとバレルは、まだワインの入っているグラスを放り投げた。

 当然ながら赤紫の液体は飛び散り、グラスは床に砕け散……らなかった。

 まるで見えざる手が介在しているかのように、放物線を無視してテーブルへと着地。

 その間、中のワインはほんの少しも揺らぐことはなかった。


「フィールドは自らへの脅威を遮断するもの。人間たちはそう定義しているようだが、俺は違うと思っている」


 続いてバレルは、ピン、とグラスを軽く指ではじいた。


「飲んでみろ。生産者には悪いが、アルコールをすべて抜かせてもらった」


 どれどれ。

 えっと。

 アルコールの消えたワイン=ブドウジュースじゃないんだね。

 酸っぱいだけのシロモノに成り果てていた。……前にカジェロも似たようなことをしていたっけ。逆だけど。ジュースをワインに。


「フィールドとは自分と周囲を繋ぐもの。俺はそう考えている」


 さらにバレルは、トンと右手の人差し指で僕の胸を突いた。


「今、俺の力を分け与えた。生命の危機が迫った時、必ずお前を守り抜いてくれるだろう。……お年玉だ」


「オトシダマ?」


 あんまりにも脈絡のない単語だった。

 突拍子もないというか。


「まだ1月1日じゃないよ?」


「お年玉は、1月1日なのか。年の瀬ではなく」


「うん、新年が明けた時に渡すんだ。自分や親戚の子供にね」


「先程お前は己自身を子供と称していた。だから渡すべきと考えたのだが……そうか、自分の子供が対象なのか」


「まあ、近所の小さい子にあげたりもするけどね」


「俺とお前の家は離れている。……養子になるか?」


「えっと、どっちがどっちの?」


「お前が、俺の、だ」


 なんだこの流れ。

 さっきまでシリアスな話をしていたはずなのに、気づけばライバルから養子縁組を迫られている件について。


「まあ、冗談だ」


 人の悪そうな笑みととともにグラスを飲み干すバレル。

 まさかジョークまで上手に使えるようになるなんて思いもしなかった。ほんとビックリするくらいの成長速度だ。


「そろそろ行くか。払いは任せろ。今日は給金が出たんだ」


 バレルは少しだけ誇らしげだった。まるで初任給の出た新入社員みたいに。



 * *



 次の日からも僕は修行を続けた。

 ひたすらに糸を投げ続ける。カジェロの見せた五つの型だけじゃない。新しいものだって生み出していた。

 "かめ"、"ゴム"、"ヘリコプター"。

 "ブランコ"、"糸巻き"、"とんぼ"。

 分かる人は分かるだろうけど、あやとりの連続技――その変形だ。

 

 "かめ"――亀甲模様の切断を仕掛け。

 "ゴム"――必死に回避する敵を、ややたるませた糸で捕縛し。

 "ヘリコプター"――首を刎ねる。ヘリのローターをイメージした軌道でもって。


 まあ、そんな感じ。

 けれど本質的な部分においては昨日とあんまり変わっていない気がする。


 辿り着くべき奥義が中心にあって、その周囲をずっとグルグル、グルグル。

 終わりのない堂々巡りにすら思える。


 ――己が何者なのかを問い続けよ。

 ――お前たち人間はフィールドを戦うためだけに使い過ぎる。


 頭をよぎるのは二つのことば。

 それらはきっと、今の自分を突破するための鍵なんだ。


 何を、どうすればいいのか。


 たぶん、さ。

 カジェロ流に言うなら、無意識下ではすでに答えが出てるんだよ。

 けれど言語化できなくって困ってる。言葉にならない言葉。そんなものを人間の意識は扱えない。


 答えを持て余している。

 自分(無意識)自分(有意識)が持て余している。


 人間ってのはつまり、一生、どこにいってもこの悩みに付き纏われるんだろう。

 しかも悩んだ果てにハッピーエンドが待ってるとは限らない。

 苛立たしいけれど、うん、それでいいじゃないか。


 ゲームだったらさ、戦い続けりゃ経験値がたまってレベルアップ、いつか魔王を倒せる日が来る。

 必ず努力が報われる素晴らしい世界。無駄のない、一種の理想郷。

 でもさ、理想は理想なんだよ。


 現実はいつだって霧の中で、自分の姿すら見えやしない。

 100%理性で動くわけじゃなく、どうしようもない想いに突き動かされて右往左往。

 迷走して、彷徨って。

 最後に望む場所に辿り着けるかどうか。神様だって保障しちゃくれない。

 不本意な死を迎えることもあるだろう。

 思いがけない幸運に恵まれることもあるだろう。


 文句を言いたくなることもあるさ。

 やってられるかって投げ出したくもなるさ。


 けれど、きっと、そういうのも全部ひっくるめて――人間なんだ。


 たぶん。


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