精霊二人
アルフレッドが研究室を去った後、カジェロはゆっくりと目を伏せた。すぐさまに眠りへと誘われていた。
しかし。
「カジェロくん、こんなところで眠るものじゃないよ」
シーラは無情にも手を打ち鳴らす。
パンパン! と手を打ち鳴らすシーラ・ウォフ・マナフ。
「まったく、愛しのご主人様の前だからってはしゃぎすぎだよ。
それで今は疲れきってお寝んねかい。世話無いね、まったく」
「違いますよ。話すべきことを話す、そのためには多少の無理もやむなし。
そう判断したまでです」
グッタリと、ソファにもたれかかるカジェロ。
シルクハットがコロリと落ちた。
髪の色は銀でなく、ツヤのない白。
「それにしてもキミはずいぶん健気になったもんだね。なけなしの力を振り絞ってまで元気なフリをするんだからさ」
「アルフレッドの事です、わたしが弱っていれば有無を言わさず寝かせようとしたでしょう。それでは困るのです。
つまり必然的な必要性に駆られてのもので――」
「はいはいツンデレツンデレ。ところで背中の傷はどうだい? まだ残っているのかな?」
「ええ、あの剣にはなにやらおかしな魔術が施されていたようですね」
燕尾服、シャツ、肌着。順々に脱いでいき、引き締まった背中が露わになる。
そこには斜めの十字傷が刻まれていた。
まるで隠しえない咎を暴き立てるかのように、痛々しく。
「アルフくんの手といい、嫌な予感しかしないね。ボクの方でも調べているけれどサッパリだ。このまま無事に年が越せればいいけれど……」
「はてさて、どうなることやら。……実際、ギルド上層部はどの程度まで関わっているのですか?」
「ぶっちゃけると、ゼロだろうね。あいつらは事なかれ主義の無能揃いだからさ」
チッチッチ、と指を振るシーラ。
「ただ同時に、危機察知能力だけは異常なくらい発達してる。
ヤバイ匂いを感じて、クエスト凍結とダンジョンへの立ち入り禁止を決めたんだろうね」
「では"青い亡霊"は偶発的なものであり、反魂返魂術式はたまたま発動しただけ、と?」
「さて、どうだか」
シーラはんー、と両手を組んで背伸びした。
「アルフくんが前に言ってたんだけど、最近のダンジョンは対冒険者戦にシフトしてきているらしいんだ。
特にランクAを殺しにかかってる、ってね」
「つまりすべてはダンジョンの意志で、青い亡霊は……ふむ、リースレットに狙いを定めたというところでしょうか」
「――と、考える所だよね、順当なラインだと」
「違うと仰るのですか?」
「カジェロ君はダンジョンで感じなかったかい? 昔懐かしい、あのネチネチとしたプレッシャーをさ。
僕はここにいても分かるよ。シュウ・クラウス。アイツの気配そっくりなんだ」
「あいにく、わたしは雑魚に興味はありませんでしたから」
「ま、そりゃそうか。キミの興味はいつだって英雄だ。泥沼を這いずり回って、けれど最後は空を駆ける竜しか見ちゃいない。
だからあんな小物なんて興味はなかっただろうね」
少し懐かしげに、長い髪を指でいじるシーラ。
「クラウスは毒物だよ。誰も気づかないうちに浸透して、気が付いた時には大変なことになる。そういうタイプだ。
反魂返魂術式だって、もともとは別の人間が主導していた計画だ。けれどいつのまにか乗っ取っていたんだ。
それに、ダンジョンを制御する人工知能の開発にも関わっていた」
「つまり一連の事件の裏には、クラウスの影がチラついていると?」
「ああ、それがボクの予想だよ。アルフくんにライバル宣言をかました狼男――彼はバレルと名乗ったらしいじゃないか。
本人はダンジョンに反逆してるつもりだろうけど、さて、実際はどうなんだろう?
最初からそうなるようにデザインされていて、最後の最後でパズルのピースみたいにピタリと嵌るんじゃないかな?
すべては数千年前の、たった一人の小物の思い通り。そんな気がするんだよ」




