ギルド(ぐだぐだ)
僕の家には電化製品ならぬ魔導製品がひととおり揃っていて、お風呂は日本と変わらないユニットバスったりする。
この世界は場所によって技術レベルがものすごく開いてるらしいけどね。いまだに中世レベルのところもあるらしい。
とはいえありえないことじゃないだろう。前世だって日本とアフリカの発展途上国じゃ比べ物にならなかったしね。
ともあれシャワーで軽く汗を流して、鎖帷子の上に革鎧。左腕には黒いガントレット。腰にホルスターを下げたら準備完了だ。
愛車の"コロ太くん"(自転車)は今日も快調、冷ややかな十二月の風が僕の目を覚ましてくれる。
「よう、おはようさん。いいところに来たじゃねえか」
冒険者ギルドの扉をくぐると、待ちかねていたかのようにスマイルズ先輩が声を掛けてきた。
この人も僕と同じランクAで、けれど僕と違ってたくさんの恋人がいる。
ライ麦みたいに軽やかな金髪で、容姿もなかなかに整っている。
気配りのできる兄貴分って感じだし、そりゃあうん、女の子も寄ってくるよね。
「第三ブロックの第五階層でパーティだ。モンスターが大量に沸いたらしい」
前も言ったとおり、ダンジョンってのは一種の秘密基地だ。古代人はそこに籠城して神々と戦っていた。
ノモス市の地下にあるヤツは有数の大きさを誇っていて、全部で八ブロックに分けられる。
第三ブロックはモンスターの生産工場と目されるゾーンだった。(つまりモンスターって、本来は神様と戦う生体兵器だったんだよね)
「つーわけでギルドからの優先依頼だ。バサッと間引きしてくれってよ」
「なんだか久しぶりですね、モンスターハウス」
「三ヶ月ぶりか? これが今年の仕事納めになってくれりゃありがたいんだがな」
「十二月も始まったばっかりじゃないですか。
そんなこと言ってると年末あたり、『例年にない大発生!』なんてことになっちゃいますよ」
「別に構わねえよ。それはそれで大暴れできるしな」
ヘヘッ、と楽しげに口の端を釣り上げるスマイルズ先輩。
「モテるためとはいえ、上位ランカーになんかなるんじゃなかったぜ。
おかげで依頼も好きに受けられねえ。後進の育成だかなんだか知らねえが、オレたちだって若手じゃねえか。なあ?」
都市国家ノモスは冒険者ギルドとベッタリの関係で、上位ランクの冒険者はほとんど公務員みたいな扱いになっている。
ギルドが家と給与を保証してくれるのだけれど、クエストの選択権を奪われてしまうのだ。(それがイヤで下位に留まるひともいる)
まあ、僕は安定志向だからいいんだけどね。
「メンバーは僕と先輩だけですか?」
「いんや、おまえさんが大好きなリースレットも呼んでるぜ。
うちの使い魔に行かせたんだが、ずいぶん遅えな」
「リースレットさん、寝起き悪いですし……」
一ヶ月ほど前のことだ。
竜種の出現が確認されたとかで、夜明け前にいきなり叩き起こされたことがある。
そのときのリースレットさんは髪もボサボサ、半分寝ているようなパジャマ姿だった 。
ふだんはキリッ! としてるけど、ところどころ抜けてるんだよね。
「みんな、おはよう」
やがてリースレットさんが姿を現した。
僕もそうなんだけど、彼女も防御は魔導フィールドに頼るタイプだ。
だから装備は最小限、聖別された銀のライトアーマーと動きやすそうなショートパンツ。
身体つきは細くって、とても華奢な印象がある。
スマイルス先輩に言わせると胸が寂しすぎるらしいけれど、個人的にはキュッとした腰つきがいいと思う。
「よう、待ってたぜ。うちの使い魔はどうした」
「先にギルドに来ているはず。見てない?」
「見てねえなあ。アイツ、まさか寄り道してんのか」
スマイルズ先輩の使い魔は、ちょっと太めのトラ猫だ。名前はニャービィ。
何でも吸い込むピンク色のアレを連想する名前だけど、実際、かなり見境なくモノを食べたりする。
またどこかでお腹でも壊してるんだろうか?
「ひどい冤罪だニャ……ご主人……」
なぜか木の枝を杖にして、フラフラとギルドに入ってくるトラ猫。
「リースレットを起こすのがどれだけ大変か、一度やってみればいいんだニャ……」
バタリ。
そう言い残すとニャービィは足ふきマットの上に倒れてしまった。
全身の毛はボロボロで、ヒゲもしおれている。よっぽどの苦労だったんだろう。
「大変だったんだね……」
ちなみにリースレットさんを安全に起こしたい場合、できたての焼き鳥を持っていくのが有効だ。
おいしそうな匂いに釣れる。……ニャービィだと自分で食べちゃいそうだけど。
「心配する必要はねえぜ、アルフ。こいつは疲れたフリをしてるだけだ。
玄関のすみっこで横になりゃ、ギルドに出入りするおねーさんがたのスカートが覗き放題だしな」
「ひどい濡れ衣だニャ。損害と賠償を請求するニャ」
賠償はともかく、損害って請求するものじゃないと思う。ムチで叩いてください的なアレなんだろうか。
と、そこに。
「おっ、アルフくん、今日はいつもより早いねえ!」
ピョン、とウサギのように飛びついてくる人影がひとつ。
もちろん回避。
人影はそのままズサーッと床を滑っていく。
「なんだいなんだい、いつにも増して冷たいじゃないか。
コイツは倦怠期かい? ボクらの愛は永遠じゃないのかい?
よろしいそれなら死霊秘法だ。
アンデッドになればその瞬間で感情は固定されるからね。さあさあ地下室に行こうじゃないか。痛みは一瞬、命は永遠だよ!」
毎度のことながら朝からハイテンションだなあ。
シーラ・ウォフ・マナフ。
古代文明の研究者で、冒険者ギルド付きの鑑定士だ。
ダンジョンで見つけたよくわからないアイテムも、この人にかかれば赤子の手。長くとも一時間で使い方を解明してくれる。
かなり頭もいいし、ついでにスタイルもばつぐん。男性冒険者にもファンが多い。
ただ、うん、かなり性格に難があるんだよね。
人の話を聞かないし、妙な武器や魔法を開発したがるし、なぜか僕をゾンビにしたがるし。
「おっとそういや緊急クエストがあったんだっけ。だったらまた今後の機会にしようか。グッバイ!」
言いたいことを言って満足したのか、自分の研究室に駆け込んでいく。まるで嵐か台風だ。
「黒。いつもと同じでつまらないニャ」
ボソリとニャービィが呟いた。
ちなみにシーラさんはタイトなスカートを穿いていた。
えっと。
「……オレの言った通りだろ?」
スマイルズ先輩はなかば呆れた調子だった。
「使い魔は主人に似るって本当なんですね」
「ああん? バカにするなよ。
オレだったらコソコソしねえ、合意の上でのたくしあげだな」
別に自慢するようなことでもないけれど、スマイルス先輩はエヘンと胸を張った。
「ただまあ、シーラはちっと難しいか。あの嬢ちゃん、オレのことなんか眼中にねえみたいだしな」
そうそう。
シーラさんの欠点はまだあった。
興味のない相手に対しては、名前も顔も覚えない。
残念だけどスマイルズさんは"不可"の判定だったらしい。
前に理由を聞いてみたけど、抱えている闇が薄すぎるとかなんとか、よく分からない言葉でウヤムヤにされてしまった。
「ところでよ、そっちこそどうなんだよ?」
「何がですか」
「まあ確かに、オレもニャービィも助平かもしれねえ。そいつは認めてやる。
だったらアルフ、おまえさんはどうなんだ?
十代だしな、頭の中は24時間ノンストップのエロ放送か? リースレットのスカートとか興味津々だろ?」
「……朝から変なこと言わないでくださいよ」
この流れるようなセクハラ系のキラーパス、さすがリア充というかむしろオッサン臭い。
「だいいちリースレットさんって、基本的にスカート穿かないじゃないですか」
むしろスカート派は少数だ。冒険者って、ダンジョンじゃ飛んだり跳ねたりするわけだしね。
若い子は魔導フィールドですそを押さえつけたりするけれど、アレってかなりの魔力の無駄だし。
「男のくせに細けえこと言ってるんじゃねえ。見たいのか見たくないのか、どっちなんだ」
そんなことを言われても、その、困る。
リースレットさんに視線を向けると、まだまだ寝起きモードなんだろう。クマのぬいぐるみを無表情にぺシぺシし続けていた。
クマストくん。冒険者ギルドのマスコットキャラクターだ。
非公式の冒険者新聞の四コマじゃ、報酬をピンハネしまくる銭ゲバって設定になっている。
「……?」
ふと、リースレットさんがこっちを向いた。小さく首を傾げる。眼は半分くらいしか飽いてない。
小さくあくびして、そして。
「……見たい?」
お腹のあたりに手を当てて、そんなことを訪ねてくる。
えーっと。
スマイルス先輩とは小声で喋っていたつもりだったけど、全部訊かれていたんだろうか。
というかその質問はなんといいますか、僕に対して効果がばつぐんです、はい。
青少年の教育に悪いから勘弁してください。早く目を覚まして正気に戻ってください。お願いします。
設定説明(1) 魔導フィールド
この世界の人間はみな魔力を有し、体表に薄く魔力の層を張り巡らせている。これは無意識的なもので、感染症に対する防御機構の一つである。
冒険者、中でも上位ランクの者はかなりの魔力容量を持っており、常人の数十倍~数百倍の密度で魔力を張り巡らせることができる。その結果、病原菌のみならず物理的・魔法的干渉を防ぐ"不可視の鎧"として機能するのだ。
これを総称して"魔導フィールド"と呼んでいる。
上位の冒険者同士が争う場合、いかにフィールドを貫通するか、あるいはフィールドそのものを削りきるかが勝負の分かれ目になっている。