反魂返魂術式
「かつて神であったころ、"青い亡霊"と矛を交えたことがあります。
いえ、ヤツの親戚、あるいは先祖というべき存在でしょうか――」
カジェロはソファに腰を下ろすと、少しずつそう語り始めた。
「以前お話した通り、当時、この地をバレルという英雄が守っていました。
しかしながら彼はあくまで人間、永遠の存在ではありません。仲間を庇って深手を負い、そのまま亡くなってしまったのです」
人々は深い悲しみと絶望に包まれた。
この先どう戦っていけばいいのか。果たして生き残ることができるのか。
しかしここで諦めるわけにはいかない。膝を屈してしまってはバレルの遺志を踏みにじることになる。
「人類は再び立ち上がりました。血反吐に塗れなら、肉を切られ骨を断たれてもなお神々に食らいついてきたのです」
ただ。
「誰もがそう前向きの決意を抱いたわけではありません。
やはりバレルがいなければダメだ。どうして居なくなってしまったのだ。どうしてみすみす死なせてしまったのだ。
……泥沼の後悔に沈んでしまった者も少なくありませんでした」
やがて彼らはひとつの発想に至る。
――だったら、バレルを蘇らせてしまえばいい。
死者の復活である。
「当時の技術でもそれは不可能とされていました。……ですが彼らは執念深く、いえ、狂気に近い情熱でもって研究を続けたのです」
やがて計画はひとつの成果を生み出す。
――反魂返魂術式。
死者への後悔を核とし、"あの世"と"この世"の境界を曖昧にすることで黄泉返りを可能とする禁術。
ちなみにその供物としてはモンスターが、アンプバットが用いられていたという。
「彼らの目論見はある意味で大成功、ある意味で大失敗に終わりました。
復活を遂げたバレルは――バレルと思しき"何か"は、生前以上の戦果をあげましたから」
しかし、その振る舞いは狂戦士のそのもの。
休む間もなく血と生贄を求め、神と天使を殺戮し続ける。
長年連れ添った妻を前にしても視界に入れなかった、否、それを妻と認識していたかどうか。
「ともあれバレルは圧倒的でした。あのままなら彼ひとりで神々を殲滅せしめていたでしょう」
そうならなかったのは術式の限界ゆえ。
「新しい年の夜明けに、バレルはこの世から消滅しました。
わたしにはその理由が分かりませんが――シーラ、どうですか? あなたは死霊術の研究者なのでしょう?」
「ここでボクに話を振るのか。ま、妥当っちゃあ妥当だね。理由は簡単だよ。
死霊術において『12月』ってのはとても意味深くってね。古い年が死を迎え、新しい年が生まれる。
生と死が交錯して――"幽"と"明"の境がひどく不確かになるのさ」
「なるほど、それで納得がいきましたよ。
反魂返魂術式はその年の夏に理論が確立されていながら、年末までは何も実験が行われませんでした。
……行えなかった、ということですね」
「ボク自身も反魂返魂術式についてはよく知っているけれど、あれは12月だけの魔法、ううん、邪法なんだ。
だから1月1日の夜明け――誰の目にも明らかな形で新年を迎えた瞬間、術式は力を失ってしまう。
生と死の境界線が引き直されるからね」
「待ってください。新年というのは1月1日の0時0分からでしょう」
「死霊術的には違うよ。
12月31日の日没から1月1日の夜明け――この時間は"去年"と""来年"が交錯する最大のスキマとされているんだ」
ううむ。
なんだか小難しい話で内容がサッパリよく分からないし、バレルの名前が出るたびに狼男の顔を思い浮かべてしまう。
えっと、つまりどういうことなんだろう。
「まったく、我が主の頭は床に落としたクリスマスケーキのようですね」
嘆息するカジェロ。
「簡単にまとめましょうか。
1.古代人は死者蘇生の魔法を生み出した。ただしそれは12月限定の、不完全な術式である。
2."青い亡霊"もその産物と考えられる。
3.おそらく1月1日の夜明けに自然消滅するであろう。
……まあ、どうして今になって反魂返魂術式が発動したのかは分かりませんがね」
幻の十三階層でギルド上層部が実験をやっていて、そこから逃げ出したとか?
「じゃあボクはそのセンで探りを入れてみようかな」
少し楽しげにシーラさんが言った。
「年明けまで放置すれば解決する。それが分かってるからこそ、ギルドはダンジョンへの立ち入りを禁止したのかもしれないしさ」
ともあれ現状、僕たちにできることは何もなさそうだ。
リースレットさんの心に決着をつけるため、無断でダンジョンに立ち入って"亡霊"と戦う?
さすがにそんな無茶はやらかさない。
昔の僕ならいざ知らず、今はちょっと慎重路線にシフトしつつあるんだ。
冒険者はやめないけれども長生きしたい。
静観して"亡霊"事件が解決するならそれでいいじゃないか。
物語の主人公なら許されない消極性だろうけど、あいにく僕はそういうのじゃない。
みっともなく悩んだり騒いだりしながら転がるように生きていく、ただの人間だ。
ただ、さ。
なんだか嫌な予感がするんだよね。
――死者への後悔を核とし、あの世とこの世の境を曖昧にする。
反魂返魂術式の説明に出てきたフレーズ。
この12月に起きたことは、すべてそれに繋がっている気がする。
振り返ってみよう。
始まりはカジェロとの出会い。前世、リコとの無理心中を引きずってのことだった。
ダッジの子分たち。再構築で壁に取り込まれたのに生きていた。
アンプバットの生み出す幻聴は死者の声だったし、さらにはセレナさんにまで化けていた。青い亡霊だ。
いや、待てよ。
そもそも僕の存在自体が、生と死の境界線をまたいでいるじゃないか。
なにせ、転生者だ。
一度死んで生まれ変わっている。
そしてこの都市国家ノモスには、他の転生者もやたらと深く関わっている。
単に死者蘇生とかそういう話じゃなく、もっと深い目論見が隠されているような。
そういう気がするんだ。根拠はないけれど。
念のため僕はそのことをカジェロとシーラさんに話しておく。
冒険者のカンってのは、あんまり捨てたもんじゃないしね。
すると。
「――反魂返魂術式の研究を主導していたのは、シュウ・クラウスという人間です」
カジェロは手近な紙にサラサラとペンを走らせた。
「彼は好んでこのようなサインを残しました。……前世の世界の、言葉のようです」
倉碓修。
間違いない、日本人だ。
聞いたことのない名前だけれど。
「クラウスは何やら前世に対して深い執着を見せていました。……それが関わっているのかも、しれません」




