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凍結と閉鎖

 12月25日、早朝。

 いつのまにか雪が降ったらしく、道は薄く白に染まっていた。

 シャリ、シャリ。

 小気味いい足音を聞きながら、一旦、自分の家に戻る。

 

 シャワーを浴びて、服を着替える。

 上にはいつもどおりの鎖帷子(くさりかたびら)、革鎧。


 冒険者ギルドへ。


「今年の汚れ、今年のうちに……が目標かな」


 青い亡霊。

 可能なら年が明けるまでに決着をつけてしまいたい。


 ――もう、わけが分からないんだ。


 リースレットさんの嗚咽。

 あの人のために何かしてあげたいと思う。


「んん?」


 僕がギルドに到着したのは午前九時。

 いつもなら下位ランカーがクエストの取り合いをしている時間だ。

 クリスマスということを差し引いても人が少なすぎやしないだろうか。ガラガラだ。


「よお、珍しくゆっくりじゃねえか」


 スマイルズ先輩だ。

 すぐ横の食堂で、退屈そうに新聞を広げていた。

 僕を見つけると、いい話し相手を見つけたとばかりに声を掛けてくる。


「もしかしてアレか? 聖夜にセイヤ! っとやっちまったか?

 リースレットか? シーラか? いやいや、シルキィって可能性もあるか?」


「先輩、ウワサ好きのおばちゃんみたいな顔になってますよ。変な勘繰りはしないでください。

 そういう意味での大事件はありません」


「じゃあ、どういう意味での大事件なんだ? んん?」


 語るに落ちたなあ、と言いたげに顔を寄せてくるスマイルズ先輩。

 この様子だと昨日の事件については知らないんだろう。


「シルキィさんが入院したんです」


「……ッ!?」

 スマイルズ先輩の表情がにわかに厳しくなる。

「盲腸や妊娠ってわけじゃなさそうだな」


「ええ。極度の魔力消耗ならびに、全身の打撲、切創、擦過傷――この前の僕の状況の、一歩手前みたいな感じです」


「ッ……!」


 スマイルズ先輩は歯噛みした。

 全身から橙色の燐光が立ち上る。熱風が渦巻いた。激情にフィールドが呼応しているのだ。

 この人はたぶん、誰よりも仲間を大切に思っている。


「シルキィはオレたちの中じゃ一番の頭脳派だ。モンスターにそこまで追い詰められるわけがねえ」


 すぅ、と。

 荒ぶる心を抑えつけるように、深呼吸する先輩。


「冒険者か? どこかのランクAがトチ狂ったか?

 教えろ。今すぐ首をハネて、心臓を抉り出してやる」


「落ち着いてください、先輩。モンスターです、ただ、とびきり規格外の」


「……"青い亡霊(ブルー・ゴースト)"か?」


 僕は無言で頷くと、左の掌をテーブルに置いた。ピンク色の傷痕が生々しい。


「相手は強敵です。おそらく、ランクA複数でかかる必要があるでしょう」


 今からシーラさんの所に向かって、一緒に作戦を立てるつもりだ。

 ギルド上層部の承認が得られ次第、実行に移す。もちろんスマイルズ先輩にも参加してもらうことになるだろう。


「わかった。必ずオレも行く。……だが、その前にすべきことがあるよな。悪ぃ、シルキィの入院先を教えてくれ」


「西区画の、パライス施療院です」


 どういう由来か知らないけれど、前世知識的には縁起が悪いことこの上ない。パライソ(天国)っぽいし、


「ありがとよ。じゃ、ちっと見舞いに行ってくるわ」


 食べかけのトーストを口に放り込むと、スマイルズ先輩は席を立つ。


「……待ってください」


「何だ、一緒に行くか? だがおまえさんには他にすべきことがあるだろうよ」


「違います。自分のトースト代、ちゃんと自分で払ってください」


 僕はテーブルに置きっぱなしだった伝票を手渡す。


「……実は、昨日のデートで使い過ぎちまったんだ。ツケにしてくれ」


「分かりました。ついでにお金も渡しておきますから、シルキィさんに花でも買っていってあげてください」


 まったく。


 しっかりしているのかしていないのか、妙なところで抜けている人だ。



 * *



 トースト代を建て替えると、僕はギルドの地下に向かった。

 シーラさんの研究室。彼女は相変わらず不思議の国のアリスめいたエプロンドレスでソファに腰掛けていた。


「君の用件は分かっているよ。青い亡霊(ブルー・ゴースト)の件だろう?」


 フッ、と。

 シーラさんはすべてを見透かしたような目を向けてくる。


「けれど残念なお知らせがあるんだ」


 なんだろう。


「ギルド、やけに閑散としてるだろう。クリスマスということを差し引いても、ね」


「ええ。それは不自然に思っていたんです。一体何があったんですか?」


「常識的と言えば常識的、けれど、冒険者ギルドにしては異例の対応かな。

 昨日、シルキィくんがズタボロにされただろう?

 上層部はあれを重く捉えていてね、年内のクエスト凍結とダンジョンへの立ち入り禁止を決定したんだ」


 ジョークとしか思えないだろう? と肩をすくめるシーラさん。


「今のシーズンは冒険者も里帰りしちゃってるからね。年明け、人が揃ってきたところで討伐作戦をやるんだとさ」


「冒険者ギルドにしては珍しいですね……」


 普段なら絶対にありえない。

 クエスト凍結はギルドの信頼に関わるし、立ち入り禁止令なんて史上初じゃないだろうか。


「上層部とモンスターの繋がりを疑ってるボクとしちゃあ、むしろ"青い亡霊"を守ろうとしてるんじゃないかって読んでるんだけどね」


「でも、これ以上強くなったら誰も手が付けられなくなりますよ」


「何か制御する方法があるのか、まったく別の目的があるのか。……ま、すべては推測さ。

 そもそも上層部はまったくのシロで、珍しく勤労精神に目覚めているだけかもしれないしね」


「心を入れ替えてくれた可能性に期待したいです」


 そう信じたいのだけれど、今までが今までだしなあ。

 どこの迷宮都市もそうなんだろうけど、ギルドの偉い人ってみんな胡散臭いんだよね。


「そういえばシーラさん、カジェロの容体はどうですか」


「カレかい? ええと――」


 少し困ったように目を逸らすシーラさん。

 どうしたんだろう。


「……五体満足とは言いませんが、まあ、無事ですよ」


 と。


 奥の扉が開いて、背の高い青年が姿を現す。

 長い脚、細身を包む燕尾服。表情は、いつものように傲岸不遜の大胆不敵。


「おはようございます、我が主(マスター)。おかげでそこそこのラインまでは回復しましたよ」


 シルクハットを取って、一礼。

 その髪の毛は銀色に戻っていた。


「昨日"亡霊"と戦って分かったこと、そして思い出したことがありましてね。少々ご報告させていただきましょうか」


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