戦の後(戦の痕)
地上に戻ってすぐ、シルキィさんは施療院へと運ばれた。
数日は目を覚まさないほど衰弱してるらしいけれど、前に僕の主治医も務めたデデス先生いわく。
「この前のアナタよりはぁ、ずう~っとマシですよぉ」
とのこと。
しばらくは霊薬漬けになるけれど、年明けには復帰できる見込みとか。
次はカジェロについて。
亡霊との戦いは、ひとまず痛み分けという結果に終わったらしい。
「あと一歩のところで取り逃がしてしまいましてね。
……まったく、"万魔の王"とまで呼ばれたわたしも落ちたものです」
そう語るカジェロの顔には深い疲労がはっきりと刻まれていて、さらに。
「これはあくまで一時的な消耗によるものですよ……、気にすることは、ありません……」
銀髪からは完全にツヤが失われていた。
燃え尽きた後の灰みたいな、儚い純白。
軽やかだった足取りも、どこか、定まっていない。
「申し訳ありませんが、少々、休ませていただきますよ」
ダンジョンから出たところで、バタリ。
今はシーラさんの研究室で眠っている。
「こんなこともあろうかと、悪魔と呼ばれる存在を治療する方法を調べておいたのさ」
ビックリするくらいの用意周到さだけれど、もしかしてカジェロのことを知っていたのだろうか?
紹介した覚えはないんだけど、ううん。
「ふふん。ミステリアスだろう? 秘密は女を魅力的にするからね。
お姫様にフられたなら大歓迎だよ。バーニングクリスマスにしようじゃないか」
ちょっともう忙しすぎて、個人的にはバニシングクリスマスです。
気力も体力もゼロ、スッカラカンのアッケラカンです。
「若いのに情けないね、アルフくん」
「何とでも言ってください。それより僕の左手、どうですか」
亡霊は僕の手を刺し貫くと、まるで用事が済んだとばかりに消え去ってしまった。
いったい、何がしたかったんだろう。
「神経も血管も傷ついてない。霊薬と回復魔法の合わせワザで充分だよ。
……手そのものの機能は、ね」
「紋章に問題がある、と?」
「ああ。どういう原理か分からないが、キミとカジェロの契約が弱まっている。
今までのように紋章の力で従わせることはできないだろうね」
それなら別に困らない。もともと、最初に使ったきりだったんだから。
「ただ、他にも何か副作用があるかもしれない。念のためにしばらくボクと一緒に暮らした方がいいんじゃないか?」
「……遠慮しておきます。リースレットさんから『ごめんなさい』されたわけじゃないですし」
「けれどOKを貰ったわけでもないんだろう?」
そう、今の僕はシュレディンガーの初恋。実るかもしれないし、実らないかもしれない。
両方の可能性が併存しているのだ。
「……と、自分を励ますアルフくんだったとさ」
「シーラさん、不吉すぎるんでやめてください」
「ごめんごめん、ま、ノモスに戻ってきたってことは、少なくとも自然消滅狙いってわけじゃないだろうさ。
希望はあると思うよ? 絶望も深くなったと思うけどね」
「応援してるのかしてないのかどっちなんですか?」
「ブーイングだらけに決まってるじゃないか。可愛い可愛いボクのアルフくんを取られるかも知れないんだから、さ」
そしてシーラさんは、どこか自嘲めいたため息を漏らす。
「……でも、キミにはその方がいいかもしれない。ボクは庇護という形でしか愛を示せないからね」
* *
左手の治療を終えてシーラさんの研究室を出ると、時計は午後の十一時を回っていた。
これから寒いなか一人で帰るのは嫌だなあ、なんて思いながら階段を昇る。
カツン、カツン。
冷たい足音が響く。
いっそギルドの仮眠室に泊まろうか。
でも、連れ込み宿代わりに使う人も結構いるんだよね。
去年とか左右からギシギシアンアン、立体音声で頭がおかしくなりそうだった。
あれ?
まだギルドには人が残っているんだろうか。
出入り口のところで魔導灯がつけっぱなしになっていた。
まさかとは思うけれど、カップルがおいたしてないよねと思いながら歩いていくと。
「リースレット、さん……?」
すぐ近くの椅子には、予想外の人が座っていた。
「手は大丈夫か?」
「は、はい! ……待っててくれたんですか」
ありえないとは分かっているけれど、心臓が早鐘を打つ。
もしかして今から誰かとデートで、ここで待ち合わせているとか?
考えたくないけれど、他に可能性があるだろうか?
「ああ、君を待っていたんだ」
速報。
待ち合わせの相手は僕氏だった模様。
なんだこれ。
超展開だ。ついていけない。
「青い亡霊について話がある。……場所を、変えようか」
ああ、まあ、そりゃそうだよね。
0時からのシンデレラなんてありえない。
クリスマスデートなんて一瞬でも期待した僕が馬鹿だった。
「分かりました。どこかバーでも行きますか?」
前にカジェロと行ったところとか、重たい話をするには丁度いいと思う。奥の席なら誰にも聞かれないだろうし。
「いや、できれば内密にしたい。その、だな……」
なぜか視線を逸らすリースレットさん。
赤く長いポニーテールを、くるくると右手て弄ぶ。
「迷惑じゃなければ、家に、来てくれないか」




