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シルキィ・マーガレット(フィウ)

 "鎖鎌使い"シルキィ・マーガレットは病的なくらい几帳面で、なおかつ効率主義者である。


 就寝 23時38分

 起床  6時12分

 朝食  6時26分

 ギルド到着 9時14分


 とまあ、このような分刻みのスケジュールに従って日々を過ごしている。

 生まれてから今日までの、およそ10万時間を超える膨大なトライ&エラー。

 それにより最も自分のパフォーマンスを発揮できるタイムテーブルを見つけ出していた。


 おそらくは神経質だが優しい祖父の影響、そして、盗賊団の長にしてひどく()()()な父への反発かもしれない。

 母親の顔は知らない。

 シルキィを生んですぐに亡くなっていた。なにせ盗賊の妻である。マトモな医者や産婆にかかれなかったのであろう。


 親元を離れたのは、十四歳の時である。


「なぁ、シルキィ。オヤっさんだって認めてくれてる。オレのモンになれよ」


 盗賊団の若頭が、自分に言い寄ってきた。

 馴れ馴れしく肩を組んできた。胸に手を伸ばしてきた。


 ――ずけずけと他人に踏み込んできて、それを当然のように考える厚顔無恥。


 まるで、そう、父親のような。


「……気持ち悪い」


 呟いていた。

 もちろん若頭にも聞こえていた。


「下手に出てりゃこのアマ、つけあがりやがって!」


 どこが下手なのか、偉くもないのに偉そうなフリ。

 人間は人間を所有することはできないし、女を"自分のモノ"と言い表す男はみんなコンプレックスの塊だ。

 シルキィはそう考えている。


「ナメやがって、ナメやがって、このオレを、ナメやがって――!」


 どんな口論をしたかは覚えていない。

 むしろ若頭がひとりで勝手に逆上したのではなかったか。

 女性から"気持ち悪い"と拒絶されること。

 かつて同じような経験をしていて、それがフラッシュバックしたのかもしれない。


 過去に囚われて贖罪を望む者もいるが、復讐を望む者もいる。


「くそっ、くそっ、あいつも、おまえも、男ってのをワカっちゃいねえんだ!」


 首を絞められた。夜空。キレイだ。星と星の位置関係は常に同じだから。変わらないもの。永遠。自分もそうありたかった。


 ――天秤座。


 祖父が最初に教えてくれた星座。"元の世界"とやらにもあったらしい。祖父は10月12日、自分は10月15日の生まれ。どちらも天秤座の加護を受けているという。祖父と同じ。なんだか胸が暖かかった。自分は揺るがない天秤でありたい。どちらの皿に、どのような重りを乗せてもビクリともしない。完全なる安定、完全なる平穏。けれどそれは人間には遠すぎて、死の向こう側でしか得られないのではないだろうか?


「っ!」


 自分でもなぜそうしたか分からない。


 天秤座を掴みたかったのだろうか。


 両手を伸ばして、それはちょうど、若頭の男を突き飛ばす形。

 場所は奇しくも、崖のそば。


「何、しやがるっ……!」


 男の手が離れた。

 浮遊感。

 足元に地面が無い。

 崖を踏み外していた。

 若頭の顔が驚愕に、続いて怯懦に歪む。

 この男は彼女を心配などしていない。己がシルキィと会っていたことは誰もが知っているだろう。他ならぬ自分自身が言いふらしていたのだから。今日で勝負をキメる、と。もしこれでシルキィがいなくなれば、ああ、もちろん疑われるのは己に決まっている。盗賊団での将来は絶望的だ。それを恐れたのだ。


 ……自らの行く末を案じるより先に手を伸ばせば、むしろ、シルキィを助けられたかもしれないのに。


 だが現実は無情である。翡翠の髪をした少女は、夜の深淵に飲み込まれて消える。


 死なずに済んだのは、ほぼ、奇跡のようなものである。

 命の危機に瀕して、才能が目覚めたのだろう。

 高密度のフィールドが物理的衝撃を完全に遮断していた。


(これから、どうしよう)


 祖父はかつて、ノモスという迷宮都市で暮らしていたらしい。

 なんでも祖父の故郷――ニホンなる国の影響を色濃く受けている、と。


(とりあえず、行ってみよう)


 十四歳の少女は闇夜に一歩目を踏み出した。

 

 それが冒険者、"鎖鎌使い"シルキィの第一歩目である。

 元々の苗字はフィウ姓だが、今はマーガレットとしている。

 祖父が故郷で愛読していたという、雑誌の題名から取っていた。




 (って、なんで走馬灯をグルングルンの大雪山おろししちゃってますかね、わたしさんは!?)




 そして、現在。

 シルキィは右のこめかみに手を当てた。どろりとした感触。血だ。

 頭だけではない。祖父がノモスに伝えたという衣装、黒いセーラー服もズタズタになっている。隙間から白い下着と肌が覗く。

 


 ――ドウシテタスケテクレナカッタノ? ドウシテイッショニシンデクレナカッタノ?



 ケタケタケタ! ケタケタケタ!

 狂ったような笑いを浮かべながら、"通り魔"、否、"青い幽霊"が一歩一歩近づいてくる。

 まるでシルキィの恐怖を煽る様に、ゆっくり、ゆっくりと。

 右手の剣、その切っ先が持ち上げられていく。

 断首執行のカウントダウン。


(ええ、そりゃあまあ、次は小前田ならぬ次はオマエダ――わたしがターゲットになる気がしてましたけどね! あの木なんの木、気になる木!)


 昨夜――つまりアルフとカジェロは知らないことだが――第二の犠牲者が出ていた。ランクBの冒険者。

 シルキィも独自に情報を集め、"幽霊"の動きを分析していた。

 

(ランクBに勝てるなら、次はランクA。ククク、シルキィは我らランクAの中でも最弱……ですからね、悲しい現実ですけど)


 シルキィ・マーガレットは几帳面な効率主義者である。

 ネジの外れたランクAの中ではかなり常識人に近い。単独での戦闘力は最低なのだ。

 シルキィの場合、仲間のコンディションを整え、全力の彼らと連携することで成果を残していた。


 ちなみに。

 ランクAの中でもっとも手のかかる"きかん坊"がアルフレッド・ヘイスティンである。

 留置場にブチ込まれたと聞いた時はロクに着替えもせずに走り出していた。クエストの後だ。汗臭くなかっただろうか。

 そんなことを気にするくらい、シルキィは普通の乙女である。


(このごろは劇場版のタケシくんなのかってくらいの別人ぶりですけどね)


 彼が自発的に連携を取ろうとしてくれたときは、正直、とても嬉しかった。

 スタンドプレーヤー揃いのランクAの中に、やっと仲間ができたのだから。


 それに「十四歳の夜」「崖から突き落とされ」「それがきっかけでノモスにやってきた」ところが自分と被る。


(このタイミングで「そこまでだ! 俺の名はアルフレッド、お前たちに名乗る名前はない!」みたいに助けに来てくれたら、そりゃもうなんて素敵で無敵で不敵にジャパネスクなんですけどね)


 しかし、現実は非常であろう。


(こうなりゃ、粉砕で玉砕で大喝采な自爆祭りでしょうか)


 両足の鎖鎌はすでに根元から断たれている。

 両手両足もほとんど動かない。ならばこの身を捧げるしかないだろう。


("幽霊"の出現場所の法則性。家の資料、誰かが見つけてくれるといいんですけど)


 そう願いながら、深呼吸。



 ――イッショニシンデクレナイノ? イッショニシンデクレナイノ?



 狂笑する青い幽霊。

 それに応えて、シルキィも三日月の如く口を釣り上げた。

 ええ死んでやろうじゃないですか、お望み通りに。


 刃が迫る。


 その、寸前。


「ごめんなさい、遅くなりました――!」


 ヒウン。


 風切る音と共に、物理法則を無視した現象が起こった。


 振り下ろされるはずの剣が、突如として、幽霊の手を離れる。明後日の方向へと飛んでいき――そのまま、無数の金属片に分断される。


(まるでフィクションのヒーローみたいなタイミングじゃないですか)


 だったらわたしはヒロイン? わたしはアイドル? 魅力ビームでハートをロックオン?

 

 ――冗談はさておき、かっこいいことしてくれるね、きみ。


 シルキィを守るように、ひとつの影が走り込んでくる。

 焦げたパンみたいな髪に、小さな背中。

 今はそれが、誰よりも何よりも、頼もしく見える。


 三歳下の、けれど最近、急にたくましくなった少年。


 アルフレッド・ヘイスティン。


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