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メリー・クリスマス!

 23日の夜はダンジョンの中に泊まることにした。


「階層を繋ぐトンネルにはモンスターが出ないんだ。なぜか空調も効いてるし、キャンプには丁度いいんだよね」


「なるほど。ですがわたしはベッドで眠りたいですし、地上に戻らせていただきましょうか。では、また明日」


 冷たくそう言い放つと、ひとりツカツカと歩み去ろうとする。


 その背中に向かって。


「汝に命じる、明日までここで――」


「まったく、寂しがり屋の主にも困ったものです」


 ため息をつくと、カジェロは回れ右。


「勘違いしないでください。妙な命令をされるくらいなら、自分からここに留まった方がマシと判断したまでです」


「ありがとう。そうそう、深夜とか明け方にしか取れない薬草もあるし、途中で何度か起きることになるからね」


「……冒険者というのは、面倒な職業ですね」


 ため息をつくカジェロ。

 とはいえ一緒に行ってくれそうな雰囲気だったし、実際その通りだった。




 世が明けて、次の日。


「……終わっちゃったね」


「どうします、地上に戻りますか?」


 カジェロが周囲を警戒してくれたこともあってか、夕方の時点でクエストはすべて達成し終えていた。新記録だ。


「いや、予定通り明日にするよ。残った時間は人……というか、モンスター探しにあてようと思うんだ」


狼男(バレル)ですか」


「ううん、そっちはいずれ向こうからやってくると思うんだ。

 むしろ青い幽霊(ブルー・ゴースト)かな」


 もしかしたら次は僕の前に出てくるかもしれない。

 この前の被害者は、リースレットさん宛の絵を届けてくれた人だったしね。


「さらに次はシーラときて、リースレット。流れが眼に浮かぶようです。

 その前にあなたがカタをつけるつもりですか?」


「だいたいそんな感じ。一応、これまでの目撃情報はシーラさんがまとめてくれてるんだ」


「なにか法則性でも?」


「全然、なし。とりあえず現場を訪ねてみて、何か特徴がないか調べてみるよ」


「探偵の真似事ですか。……無味乾燥なお使いクエストよりは楽しめそうですね」


 おっ、かなり乗り気なのかな。


「違いますよ。ちょうど頭の体操をしたかったところです。

 しかしイヴの夜に男二人で探偵ごっことは、なんとも悲しい身の上ですね」


 それは言わない約束だよ、カジェロさん。


 いまだに告白は保留中、むしろウヤムヤにされてしまった感の強い状況だけど、僕は元気なつもりです。



 * *



 12月10日 夕 第二区画第四階層、(フォートレス) 被害者 ランクC一名

 12月11日 昼 第八区画第七階層、(ネイチャー、雪山) 被害者 ランクE五名

 12月12日 朝 第七区画第一階層、(ネイチャー、草原) 被害者 ランクD二名

 12月12日 夕 第八区画第五階層、(フォートレス) 被害者 ランクC四名

 12月14日 朝 第五区画第八階層、(フォートレス) 被害者 ランクE一名


 などなど。

 青い幽霊(ブルー・ゴースト)の出現情報は、まるで何も一定していなかった。

 現場検証で何か得られるかとは思ったけれど、成果はゼロ。


「完全なランダムかなあ」


「しかし、これはあくまでシーラの集めた情報でしょう。彼女の耳に入らなかった証言もあるはずです」


 そういうのを集めきれば、何かしらの規則を見出せるだろうか。


「今のところ言えるのは三点でしょうか。


 1.幽霊は第十階層より深部に出現しない。

 2.幽霊は第一区画を避けている。

 3.幽霊はランクC以下のみを襲っている。


 もちろん覆される可能性はありますが、この幽霊、かなり弱気ですね」


 言われてみれば確かにその通りだ。

 比較的浅い階層に留まるような、下位ランカーばかりを狙っている。


「さらに付け加えるなら、第一区画は他よりもややモンスターが強い。

 徹底してリスクを避けつつ、着実に場数を踏んでいく。……妙に人間臭い挙動ですね」


「というか、模範的な冒険者そのものだよ」


「つまりあなたのような自殺志願者はレアケース、と」


「我ながら運が良かったと思ってるよ」


 いやほんとに。

 ひたすらハイリスクハイリターンを選び続けて、ランクAまでやってきた。

 そろそろ守りに入った方がいいかなとは思っている。

 永遠に走り続けることなんて、誰にもできないわけだしね。


「ともあれ今後を予想するなら、幽霊は徐々にターゲットを広げていくのではないでしょうか。

 第十階層より深部、あるいは未踏の区画やランクB。……どうにも絞り切れませんね」


「対応は後手後手に回るしかないのかな」


「案外、リースレットで釣れるかもしれませんよ。彼女と一緒に並んでいたのでしょう、件の絵では」


「ああ。ロゴスから早く帰ってきてくれたらいいんだけど……」



 僕が告白したばっかりに戻りづらいのかな、やっぱり。


 とかなんとか考えつつ、次の現場に向かうべく登り階段に足をかけた、その時。


「……探したぞ」


 っ!?

 

 忘れる筈のない、低い声。


「――バレル」


 古代の英雄と同じ名を持つ、僕のライバル。

 地上で出くわした時と同じく人間態だ。


「決着を付けに来たのかな」


 カジェロに目配せする。察してくれたのだろう、スッ、と身を引いて周囲を警戒してくれる。

 バレルと戦うのなら一対一、僕はそうありたいと思ってるし、向こうもそうだろう。


「その必要はない」


 バレルが懐から何かを取り出した。僕は咄嗟に飛び退き、三式魔導拳銃を構える。

 その目の前で。


 パン!


 リボンと紙吹雪が飛び出した。

 クラッカーだ。


「メリー・クリスマス」


 ……は?


 えっと。


 何がどうなってこうなってそうなって、宿敵からクリスマスを祝われているのだろう。

 しかも、ええと、元モンスターだよ?


「何故、戸惑う」


 バレルの言葉は前よりずっと上手になっていた。

 首を傾げつつ、右肩に背負った袋から何やら取り出す。三角帽子。まるでサンタクロースだ。ためらいもせずに被る。


「人間は、今日この日を祝うのだろう?」


 ああ、うん。


 そりゃそうだ。

 間違っちゃいない。


「俺はずっと考えていた。お前の強さの源は何か、と」


「それがクリスマスに関係あるのかな……?」


「地上に出て分かった。人間というものは不純で、複雑だ。

 様々なものに目を奪われ、惑いながら生きている。


 ――故に、強いのだ」


 ううん?


 独特の感性すぎてちょっと分からないぞ。


 僕からすると、むしろ純粋な方が強いと思うけど。何かひとつのことに打ち込んだりさ。


「違う。人間は彷徨うことで他者と触れ合い、心に多くの糧を得る。

 それは道を求めるだけでは届かない輝きであり、強さに繋がっていく」


 狼男のバレルは、とても愛おしげに三角帽子を撫でた。

 まるで人間のように。


「俺も、糧を得た」


 なるほど、ね。


 なんて対称形だろう。


 かつて互いに激突した時、どちらも自分のことで精一杯だった。


 けれど今はお互い、周囲に目を向けている。


「宿敵よ。お前も、俺にとっては、大切な、糧だ」


 一言一言を噛みしめるように、そう宣言する。


「糧は、守るべきだ。上の階で、お前に近い匂いの娘が、死の影に付き纏われている。

 俺よりは、お前が行ってやるべきだろう」


 僕に近い匂い……?


 ランクAの誰かということだろうか。


「急げ。しかし、これを持っていけ」


 手渡されたのは、小さな袋。中には……まんじゅう?


「クリスマスには、最も大事な人間と、白くてふわふわのものを食べるのだろう。

 俺からすれば、お前がそれだ。……メリー・クリスマス」


 ああ、うん。


 メリー・クリスマス。


 ちょっととぼけた、狼男のサンタさん。


 教えてくれてありがとう、ちょっと急いで行ってくるよ。


 ところで今の話からすると、僕の他にも糧になる人を見つけたってことだよね。


 また今度、教えてもらっていいかな。


「勿論だ。俺は酒の味を知った。次は家まで訪ねていこう。楽しみにしていろ」


 ニヤリ。


 不敵に笑う狼男に。


「楽しみにしているよ」


 ニヤリ。


 僕も同じ表情で返した。


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