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料理(劇物)

今回は最後におまけがあります。

 もともと僕は二階建ての一軒家に住んでいて、ひとり暮らしだから部屋もガラガラだ。カジェロを住まわせるスペースには困っちゃいなかった。


「実際に使ってるのは一階のリビングと寝室だけ。持て余しちゃいませんか?」


「しかも冒険者やってるから、昼は基本的に外なんだよね」


「だったら四畳半のウサギ小屋で充分じゃないですか。

 いえ、あなたの身長からするとハムスターの檻がピッタリですかね。鉄格子の中で暮らしてはいかがでしょう?」

 

「嫌だよ、僕は別に悪いことなんてしてないしさ」


「偶然とはいえ悪魔を呼び寄せるような人間ですよ?

 奥底で深い闇を抱えているに決まってるじゃないですか」


 ううむ。

 根拠としてはちょっと納得できてしまう。

 別にこう、どろっとしたものは抱えてないつもりなんだけどね。


「あなたの場合、恋結びの魔法に頼るようなヘタレですし、ええ、下着ドロなんかやらかしそうですねえ。

 女性と親しくなれず、その代償行為として下着を盗む。

 けれど高すぎるプライドゆえに代償を代償と認められず、自分は下着でこそ興奮すると思い込む。自己欺瞞に基づく行為は極端な方向へ走るものです。何百枚、何千枚ものコレクションが……ああ、だからこんな広い家を買ったわけですか。気持ち悪い」


「いやいや、どうしてまだ犯してもいない罪で責められなきゃなんないんだよ」


「『また』? あなた今、『まだ』と言いましたね」


 ククク、と嗜虐心たっぷりに口の端を釣り上げるカジェロ。


「犯人は語るに落ちた。いずれは実行するのでしょう。

 ああ汚らわしい、ハムスターはネズミの一種ですが、あなたからはドブネズミの匂いがしますね」


 はあ。

 ほんとうに、カジェロの毒舌は留まるところを知らない。

 胃壁がゴリゴリと削れる音が聞こえてくる気がする。

 召喚して二時間、午前四時。無事に朝日を迎えれるだろうか。


「話を戻しますが、いったいどうしてこんな広い家を買ったのです?

 リースフェルトとやらと結婚した時のために、なんて言わないでくださいよ。前のめりすぎる男は見ているだけで痛々しいのですから」


「違うよ。冒険者ギルドの規則でさ、Bランク以上はみんな一戸建てを支給してもらえるんだ」


 家賃、礼金、敷金ゼロ。

 望めばハウスキーパーが掃除をやってくれるし、至れり尽くせりの物件だ。ここ独立都市ノモスは冒険者ギルドの力が強くって、おかげでこんな恩恵にありつくことができた。

 

「なるほど、家を与えることで優秀な冒険者を確保する、と。

 問題はあなたがそれに見合う実力とは思えないことですね。

 賄賂、いえ、脅迫ですか。ギルドの女性職員を力づくで手籠めにして、無理矢理言うことを聞かせている。そんなところでしょう」


 さっきの下着ドロの話といい、どうしてカジェロはこうも僕を性犯罪者にしがるのだろう。十六歳にしては童顔だけど、別に何かやらかしそうな面ってわけじゃない。


「っていうかさ、カジェロ、僕の実力がからっきしなら、君だって同程度ってことになるよね。さっきは三回とも攻撃を避けられてるわけだしさ」


「ふむ……仮の主(マスター)にしては頓智(とんち)の聞いたことを言いますね。ただの頓馬(とんま)と思っていましたが、ふむ、蝋燭に例えるなら最後の輝きというやつでしょうか」


 えっ、僕死ぬの?

 頓馬が頓智で頓死?

 ……ごめんなさい、冗談です。


「なんだか面白くなさそうなシャレを考えていそうな顔ですね」


「よく分かったね」


「悪魔として当然のことです。もうちょっとマシな頭の使い方をしたらどうですか。ああ、なるほど。若いうちから何でも与えられているとロクな育ち方をしないと言いますが、あなたはその典型ですね。こんないい家が手に入ったせいで、ダジャレと性的な妄想以外は浮かばない変態になってしまった、と」


「ダジャレは否定しないけどさ、妄想は、うん、そんなに多くないよ」


「自己欺瞞ですね。あなたの心の闇、ピンク色をしていますから」


 ピンク色の闇って矛盾だらけというか、斬新すぎる表現だ。

 悪魔の修辞(デビルズ・レトリック)と名付けよう。

 ……べつに中二病じゃないよ? 


「恋の天使などという意味の分からないものに縋る時点で、あなたの底は知れているんです。……とはいえ前世の男女関係など、他の人間に話したところで気違い扱いされるだけ。そういう意味では正解だったかもしれません」


 おっ。

 なんだか急に優しくなったぞ。

 毒舌ゲージみたいなのがあって、それを使い切るとデレが入るんだろうか。


「ただ、普通はさっさと答えを出して忘れるものです。

 生まれ変わってからもウジウジ悩み続けるあたり、あなたという人間のねちっこさがよく出ていますね。

 仔犬のような顔をして、中身はドロヘドロの性犯罪者。いやはや、魔物以上におそろしい魔物ですよ」


 魔物を超えた魔物。

 なんだかちょっとかっこいい気がする。

 でも僕は中二病じゃないよ。ほんとに、うん。


「自分に都合のいい部分しか聞こうとしない。

 独裁者に多い人格ですが、童貞の場合は哀れなだけですね」


 くそう。

 そこまでいうならお金を貯めて、いつか南の島で独裁国家を興してやる。


「やれるものならやってごらんなさい。

 その時は主神としてわたしを崇める権利を差し上げましょう」


 悪口の神カジェロの国。

 やだなあ。

 なんだかすっごくギスギスしてそうだ。

 棍棒外交ならぬ毒舌外交。

 どう考えても袋叩きです、ありがとうございました。


「ところでマスター、食事はまだですかね。

 悪魔と言えども腹が減るものです。雇用者の義務を果たしてください」


 なにがどう義務なのかサッパリ分からないけれど、僕も僕でちょっとお腹が空いていた。

 ただ、今の時間はどこも店はやってないんだよね。

 コンビニとかあればよかったんだけど、ああ、現代日本は便利だった。


「こうなったら、家で作るしかないかな」


「男の手料理ほど恐ろしいものはありませんが、ま、ここは我慢しましょう。味はとやかく言いませんから、せめて量だけはしっかり作ってください」


 カジェロのやつはソファから一歩も動こうとしない。懐から手鏡を取り出して、手櫛で銀髪を整え始めた。手伝う気は全くないらしい。


 くそう、目にモノ見せてやる。



 * *



 どうでもいい前世の記憶だけれど、どうしてネット小説の主人公ってみんな料理が上手なんだろうね? メシテロ志望? 

 それはともかく僕の場合、作者の加護というやつは存在していないらしい。


「……これを食べろと言うのですか」


「うん、おいしそうなピラフだよね。量もがっつりあるよ」


仮の主(マスター)はなにかピラフに怨みでもあるのですか。

 これはそう、なんというか……ドロかヘドロですよ」


 うん、知ってる。

 なんだかこのピラフ、妙に味が濃すぎたんだよね。

 とりあえず水で薄めてみたら、お米がベショベショで気持ち悪いことになってしまった。仕方ないからリゾットに方向転換しようとして、大失敗。

 外は黒焦げ、中はネッチョリのゲテモノができてしまった。

 

「リテイク、リテイクですよこんなもの。わたしは美食家なんです」


 ふっ。

 その返しはすでに予想していたんだ。

 僕は左手の甲に魔力を注ぎ、契約の紋章を発動させる。


「っ! 待ちなさいマスター、ここは話し合いましょう。

 あなたが望むのならリースレットとの仲を取り持つことも――」


 もう遅い。


「汝に命じる! このゴミクズを食べろ、コメの一粒も残さずに!」


「くっ! 手が勝手に!?

 やめなさい、その汚いものをわたしの口に入れるんじゃない!」


 ふう。

 ひとを散々罵ってくれたお返しだ。

 料理で悪魔退治!

 昔、『かおすキッチン』ってマンガがあったよね。死ぬ前にもう一度読みたかったな。



 * *



 紋章の力はすさまじくって、カジェロ本人が気を失った後も口と手は動き続けていた。

 ……可哀想なことをしてしまったかもしれない。

 とりあえずカジェロは近くのソファに寝かせておいた。風邪を引くかどうかはわからないけれど毛布を被せておく。


 そんなこんなが終わった頃には時計も六時を回っていた。

 冒険者ギルドが開くのは七時だし、今から支度すればちょうどいいだろう。




●おまけ 私のメシマズ論(1)


 なろう作家のみなさまは日々おいしそうなメシテロ小説を書いていらっしゃいますし、きっと現実の料理もものすごく上手なんだと思います。


 けれど残念ながら私はメシマズです。


 フライパンは邪教の館、生まれるのは合体事故の外道スライム。

 インターネットを見渡すとメシマズ被害者の声ばかりですし、ここはひとつ、加害者の証言をお届けしたいと思います。(知り合いからもインタビューしています)


 ――メシマズは味見をしない。


 一般によく信じられている俗説ですが、実のところ、これは少数の過激派だけです。声の大きいもの、よく目立つものが大多数と勘違いされる。とてもよくあることです。悲しいですね。


 ――メシマズはレシピに従わない。


 これもまた迷信です。

 多くのメシマズというのはみなさんが思うより穏健派です。


 え? うちのヨメは違う?

 諦めてください。その女性は過激派なんでしょう。

 料理は人に食べさせるものではなく、メシマズ神にささげる供物。

 あなたは生贄に選ばれてしまったのです。南無。


 多くの場合、メシマズというのは「ウッカリと妥協」から生まれます。


 レシピに従わないのではありません、従えないのです。


 ついつい材料や調味料を買い忘れてしまい、けれど家族が返ってくるまでに時間が足りない。だから今の冷蔵庫の中身でなんとか仕上げようとする。

 その結果としての合体事故、外道ブラックウーズが誕生するわけですね。

(このあたりの詳細は、また、別の機会に)


 ……多くのメシマズは時間管理がヘタクソで、家事に取り掛かる時間が遅いのです。買い物も料理も慌てぎみ。

 もしあなたがメシマズなら、一時間早く動くだけで多くの悲劇は避けられるでしょう(それが難しいんですけどね)

 

 彼女さんや奥さんがメシマズなら、「帰ってきた時に料理ができてなくてもいいや」という広い気持ちを持ってあげてください。

 メシマズは、焦りから生まれる。そういうことです。



 長々と語るのもアレですし、今回はこのあたりで。

 お目汚し失礼いたしました。


(次回は、この話に出てきたゲテモノリゾットのレシピを掲載する予定です)

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