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追憶(明日)

 12月23日。


 またもシーラさんは受付の代行をやっていた。

 なんでも昨日は事務員の飲み会があって、全員が二日酔いで遅刻しているとか。ちょっとどうかと思う。


「まったく、どうせ寄るならシワじゃなく谷間にしてほしいよ」


「なんだか最近、微妙なネタが多くないですか?」


「クリスマスが近づいてきてね、いろいろとゲージが溜まってるのさ。そのうち発動して、すべてを因果の地平に帰してやるつもりだよ」


 なんだかよく分からないけれど、壮大なことになりそうな気配だけは感じる。

 クリスマス爆発しろどころか、地球破壊爆弾とか発明しちゃいそうだ。いや、ここは地球じゃないけどさ。


「そういやキミのレポートだけど、やっと上層部からレスポンスがあったよ。

 "青い幽霊(ブルー・ゴースト)"と青狼(バレル)を明確に区別する通達だ。後者については目撃情報を募ることにしたらしい。

 人間態については手配書を用意して、町中にバラ撒くんだとさ」


 よかった。それなら少しは危険度を減らせるだろう。

 

「ついでに重要かどうか分からないニュースだよ。

 これまで噂どまりだった"青い幽霊"の、はっきりとした被害者が出てきたんだ。

 いつだったかリースレットに届け物を持ってきた郵便屋がいるだろう? 

 カレ、冒険者だったみたいだけどね、やられたらしい」


「殺された、ってことですか」


「違う。第三区画の第二階層で気絶してたんだ。

 ダンジョンそのものにトラウマを負ってしまったみたいでね、現役復帰は難しいかもしれない」


「その人、どうなるんでしょう」


「バイトの郵便屋が本職になるかな。なに、冒険者ギルドは妙なところで面倒見がいいからね。心配するに及ばないさ。

 キミの場合はボクが養ってあげよう。だから安心してムチャしてくるといい。死んだらゾンビにして生き返らせるだけだしね」


「遠慮しておきます。リースレットさんもいますし」


「ちなみに最新のオッズじゃ、自然消滅狙いが1.1倍。もう勝負は決まったんじゃないかな」


「そんなことまで賭けになってるんですか!?」


 さすがケンカとカジノの街、ノモス。ろくでもなさすぎる。


「まったく、おかげでボクは儲け損ねたよ。どうしてくれるんだい」


「ギャンブルは自己責任でお願いします」


 というか、フられる方に賭けてたんだ……。


 なんだか地味にショック。


「個人的な調査によると、このギルドの全員が僕と同じ予想だったよ」


 なんてこった。


 まさかみんな揃って敵だったなんて。


「……旅に出ます、探さないでください」


「ああ、行っておいで。三日後には帰ってくるんだよ」


 まあ、今日から始まるのはそういうクエストだしね。




 * *



「三日間で、四十八のクエスト。しかも複数の区画、複数の回想にまたがる。

 ……門外漢の意見で申し訳ありませんが、ちょっと無茶というものではありませんか?」


「大丈夫だよ。昔よりはずっと楽だしね」


 ランクCとかDの時って、三つくらいのギルドを回ってたんだよね。

 クエストを二十も三十もまとめて受注、数日間カンヅメで完遂。

 途中から「短期間でたくさんのクエストをこなすこと」自体が目的になっちゃってたっけ。

 

 そのおかげで今の僕がある。最年少、最短期間でのランクA。

 根底にあったのは罪悪感からの逃避なんだけど、振り返ってみればそう悪いもんじゃなかった、かな。


「せっかくだから色々と案内するよ。区画ごとの役割を知ってると、なかなか面白いしね」


 ちなみにカジェロは冒険者登録をしていない。

(前に僕を助けてくれた時は、他の冒険者に出くわす前に姿を消したらしい)


 僕の影の中に隠れてダンジョンに入り、そのあとで出てくるという寸法だ。

 悪魔って便利だなあ、と思う。


「前に色々とあった第一区画は置いといて、ここ第二区画は食料の生産プラントだったんだ。

 そのせいかな、自然の風景を模したフロア――ネイチャーが多いんだ」


 モンスターの種類もかなり偏ってて、ギロチンキノコ、一ツ目アップル、ミストオニオン(霧で涙が止まらない!)などなど。


 ――食うに困れば第二区画!


 心臓と胃袋の強い冒険者の間じゃ、そんな風に言われていた。……食べるんだろうか。


「それぞれの区画を行き来する時は、別に地上へ出なくってもいい。実は地下通路があるんだよ」

 

 イメージとしては、十二の区画がぐるりと円を描いて並んでいる。

 第一区画から、時計回りに第二、第三、第四――そして第十二区画の右隣が第一区画。


 隣り合う区画どうしはトンネルで繋がっていて、ここにちょっと法則性がある。


 第一区画と第二区画なら、最初のトンネルは第三階層、次は第六階層。


 第一区画と第十二区画なら、最初は十三、次は二十六。


 わかっただろうか。


 A区画とB区画を繋ぐトンネルは、初めに(A+B)階層にある。以降はその倍数、ってことだ。


 番号の若い区画は行き来がしやすく、、逆に第十一区画と第十二区画は二十三階層ごとにしか繋がっていない。

 それなら地上に出た方が手っ取り早いだろう。


「で、これは昔から言われてることなんだけどさ」


 円を描くように配列された十二の区画、その中心には幻の第十三区画が隠されている、とかなんとか。

 ここにダンジョンの中枢があって、実はノモス政府と上層部が裏でモンスターを操っている……!


「そういう噂があるんだよね」


「ほほう、人間の想像力と言うのは面白いものですね。

 冒険者たちの、権力というものへの怨嗟と嫉妬が透けて見えますよ」


「実際、そうとしか思えない時もあるんだけどね」


 ダッジを助けた時もそうだ。

 待ち構えていたのは、僕がかつて真っ二つにしたウルフチェーンソー。

 空気を読みすぎだと思う。


「あと、第十二区画は明らかにクエストが少ないんだ。あっても、全部駆け出し限定のクエストばっかり」


 なぜかといえば、12+13=25。

 二十五階層目には、第十三区画への隠し通路が存在してるから。

 それを発見させないため、あえて、弱い冒険者ばかりを派遣してる、とか。


 ……マユツバものの情報だけど、ね。


 だって勝手に探索すればいいだけの話だし。

 僕自身、地下五十階層まで調べまくったけれど、怪しげな場所はどこにも存在してなかった。


 やっぱりただの妄想なのか、僕が見落としてるだけなのか。

 あるいは特定のタイミングでしか開かないのかもしれない。



 * *



 魔物を倒して素材剥ぎ。

 珍しい薬草の蒐集。

 ピッケルを振り回して、鉱物資源をザックザク。


 シーラさんからは試作型のワープポケットを渡されていた。

 中に入れたものが彼女の元に届くという四次元めいた袋。ただし稼働時間は約三日、その後は一年近くチャージが必要だとか。


「モンスターが迫ってきてますね。そろそろ銃を構えてはいかがでしょう」


「サンキュ、カジェロ」


 カジェロは基本的に戦わない。僕の横に立って、話し相手をしているだけ。たまに気が向くと索敵をやってくれる。


 十分だ。


 Aランクになってからのモンスターハウスを除けば、誰かと一緒にクエストをしたことがなかったしね。

 喋りかける相手がいるってだけで、なんだか新鮮な気分になる。いつもより疲れを感じにくい。


 僕たちは色んなことを語りあった。


 他の人には言えない、前世の思い出。


 父さん、母さんのこと。

 小学校での失敗。中学生になってからの失恋。シンジ君と付き合う前の、リコのこと。

 

 もちろん、アルフレッド・ヘイスティンとして生まれ変わってからのことも、だ。

 懐かしい故郷。村長の息子に呼びだされて、崖から突き落とされた。そこをスマイルズ先輩に助けられて、迷宮都市ノモスにやってきた。


我が主(マスター)、わたしはかつて神と呼ばれていた存在だったのですよ」


 いつもは毒舌とツッコミばかりのカジェロだけど、この時ばかりは様子が違った。

 

「ですから、ええ、こうしてダンジョンに潜るのは少々懐かしくもあるのです」


 驚かなかったわけじゃない。


 けれど普段の言動の端々から、なんとなくそうかなとは察していた。


「かつて我々はこの要塞に侵攻し、ですが見事に退けられてしまいました。

 ……今のわたしは人間というものをそう見縊ってはいませんよ。必死になった彼らは、自らの上位者を打ち倒したのですから」


 ただ、古代の戦争は東西でまったく異なる状況だったらしい。


「こちら――西側は人類の圧倒的優勢でした。地下要塞に籠って新たな兵器を開発し、やがて地上へと帰還し神々を退ける。

 ゆえに現代でも高度な文化と技術を保っているのでしょう」


 一方で、東側は悲惨なものだったらしい。ひたすら神々に蹂躙され、結局、賢者という異世界の英雄だのみになってしまったとか。


「文明は崩壊し、あちらは全く立ち直れていません。結界で隔てられていますが、その方がきっと幸せでしょうね」


 異世界から天才がやってきて、バーンと技術革新。そんな展開はなかったのだろうか。

 ノモスだと、むしろ嫌になるくらい転生者の爪痕だらけなんだけど。


「東側は、奇妙な結界で覆われているのですよ。先に述べた賢者という英雄、彼が次の神になってしまいましてね。

 以来、向こうは彼のオモチャ箱です。……それがいつまで続くか分かりませんが」


 よしそれじゃあ僕が東に旅立って――なんてことは考えない。

 世界がどうのこうのなんてのは、ちょっと、器に余る。

 自分と周囲のことで精一杯なんだ。


「それで構いませんよ。手と手を取りあって、自分と自分に関わる人々を全力で守ろうとする。

 小さな、けれど確実な積み重ねが難攻不落の要塞を生み出し、悪しき神々を退けたのです。


 世界を守るのに、世界など語らなくていい。


 ――『明日のあなたのために、ぼくはできるだけたくさんのものを残して去ろう』


 このノモスの頂点に立っていた英雄、バレルの言葉です。最後のね」


 バレル――奇しくも狼男と同じ名前の英雄。

 その男との間に、かつて神であった悪魔はどんな因縁があったのだろう。


 カジェロは。


「……」


 シルクハットを脱ぐと、静かに目を閉じる。



 彼の銀髪は、前よりずっと白に近い気がした。

 光沢が、薄れてきているような。


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