融合(ゴッタ煮)
なんだかんだ言って僕はまっとうな人間だし、報告・連絡・相談ってのは大事だと思ってる。
要するに、だ。
12月20日夜の、バレルとの邂逅。
これについてはきっちりとギルド上層部に報告した。
だってモンスターが人に化けて、街をうろついてるんだよ?
僕にしか狙いを定めてないっぽいけど、この数週間で例外と万が一はお腹いっぱいだ。
世の中、なんでも起こり得る。
それこそ突如としてバレルが凶暴化して街で暴れ出したら大変じゃないか。
アニメとかだったらさ、ほら、「アイツは俺をターゲットにしてる」「下手に刺激すべきじゃない」みたいな謎理論で黙ってたりするけどさ。
現実なんだよ、これは。
もしトラブルが起きたら、僕はきっと後悔する。
だからレポートも書いた。サマリー、序論、本論、結論。きちんと整った体裁だ。シーラさんに付きっ切りで指導してもらった。
ついでにカジェロを通して、バーで知り合ったノモスのお偉いさんにも情報を流している。
なのにさ。
「……音沙汰、何もありませんね」
「政府もギルドもクリスマスで浮かれているのか、年末に余計な仕事を背負い込みたくないのか。
――大穴で、やっぱりダンジョンの中心と繋がってるって可能性かな」
冒険者ギルドの受付。
今日の担当さんは実家のお母さんが病に倒れたらしくって、シーラさんがシフトを代わってあげたらしい。
たぶんこの人、周囲にけっこう気を遣ってるよね。暴虐そのものを装ってるけどさ。
今はいちばん忙しい朝のラッシュを終え、グッタリと机に突っ伏していた。
「はあ、もっとボクの胸が大きければ、そいつを枕に昼寝できるんだけどね」
「それはなんというか、人類としてのプロポーションを超えてますよ」
ぶっちゃけグロいと思う。
「ああ、まあ、キミはリースレットみたいなのが好みみたいだしね。
貧乳を気にしている女の子を眺めて、謎の優越感に浸る。男ってのはホント度し難いね」
「偏見まみれの分析はよしてください。それより、バレルを探すレーダーとかないんですか?」
「シルキィくんならこう答えるところだろうね。『わたしは地獄からやってきた、謎食いタヌキ型ロボットじゃありませんよ!』ってね」
どっちも人智を超えた道具で問題を解決するマンガだよね。
って、シーラさんよく知ってるなあ。
「そんなに不安だったら、ダンジョンに潜ってきたらどうだい? 走り回ってたら偶然出くわす。そんなこともあるかもしれないだろう」
「ランクAは気軽には行っちゃいけないことになってるんですよ。
……というわけでクエストありませんか? できたらこう、数日間はダンジョンに籠りっぱなしになる感じの」
「年末にそんな大型が出てくるわけが――いや、待てよ」
パン! と。
まるで錬金術漫画の主人公みたいに手を打ち鳴らすシーラさん。
「ふふん、ボクはやはり天才のようだね。イイ方法を思いついた、ちょっと待っててくれ」
なんだろう?
シーラさんはなにやらクエスト帳をパラパラめくると、そのうちのいくつかをビリビリビリ! と威勢よく破いた。
でもって机の上に並べて、入れ替えて――まるでパズルだ。
やがて。
「……完璧なプランだね」
キラン、と輝くようなドヤ顔。さらに通話石でどこかと連絡を取り始める。
内容は詳しく聞こえないけど「部下……連れ込み宿……証拠……」とか、不穏な単語がチラリホラリ。
やがて。
「アルフくん、やったね! 少なくとも三日間は帰ってこれない連続クエストが生まれるよ!」
満面の笑みでそう宣言した。
どうやらシーラさんは、まだ受注されておらず、ついでに誰も手を付けたがらないようなクエストを繋ぎ合わせてくれたらしい。
「他のギルド支部からも仕事を奪ってくる……おっと、ご厚意で分けてもらえるし、上層部も納得してくれた。
明日の朝には完成させておくから、楽しみに待っておくといい。
フフフ、つまりキミは24日も25日も、ボクの作ったクエストで右往左往するわけだ。
これはもうクリスマスを一緒に過ごしたのと同じような意味合いじゃないかな!?」
「違うと思います」
本当ならリースレットさんと……なんて考えたくなるけど、まだノモスには戻ってきていないらしい。
まさか本当に自然消滅狙いなんじゃ。
いやいや。
考えないようにしよう。
「じゃあ一体、誰と過ごすっていうんだい?」
「もちろん一人でストイックにクエストをこなしますよ」
ああ、でも。
折角だしカジェロに手伝ってもらってもいいかもしれない。
前にポロッと、冒険者の仕事に興味があるとか言ってたしね。
* *
「クリスマスに、クエスト?」
家に帰ってみると、なぜかカジェロはナベの準備を始めていた。
食においてノモスは日本の影響を受け過ぎだと思う。というか転生者が多すぎじゃないだろうか。
まあいい。
「ええと、つまり遠回しなデートのお誘いということで? 本命はダッジではなかったのですか?
逆ハーレムならぬ同性ハーレム、リースレットを諦めた挙句、今度は男に走るわけですか。まったく、相変わらず天秤はガッタガタですね」
「違う、違うよ」
「分かっていますよ。わたしがクエストというものに興味を持っている。だから声を掛けてくれたのでしょう?」
「うん、そんな感じかな」
「はてさて、どうしましょうか」
カジェロは腕を組んでソファに身を沈める。
長い足を十字に組む。
テーブルには魔導コンロ。その上では土鍋がグツグツと煮えていた。
白菜、肉、しめじ。スキヤキ風で、ダシはしょうゆ・みりん・砂糖に米酒。ほんと、ホームシックを発症しそうになる。
「これまでカジェロにはたくさんお世話になったし、少しでも恩を返せたら、って思うんだけど」
「……行った先でまたトラブルが起こって、わたしに助けられることになる。そういう展開じゃないですかね、たぶん」
「ダメ、かな?」
向かい側に座るカジェロを見上げる。
口元が綻んでいた。
ああ、なんだ。
単に僕の様子を眺めて遊んでいるだけか。
「せっかくの機会、せっかくのお誘いです。ええ、ご一緒させてもらいましょうか、我が主」
「ありがとう。……ところでこの鍋なんだけどさ」
「見事なものでしょう。以前、食べに行った店で美味でしたのでね。マネて作ってみたのですよ」
「うん、おいしそうなんだけど……これ、何かな」
明らかに場違いな、白い麺――パスタを指差す。グツグツと煮えてやわらかそうだ。
「何か間違っていますか?」
「クリーム風のダシなら分からないでもないんだけど、えっと」
シメのうどんと間違えたか、糸こんにゃくのつもりか。
さらに細かいことを言うと、なぜか肉は鶏ササミだし、何を思ったのかキャベツの千切りまでぶちこんである。
「あなたの野菜不足を懸念しましてね。素晴らしい従僕でしょう?」
自信満々。
別に嫌がらせとかじゃなく、本気でそう思っているらしい。
案外とおいしかった。
僕と同じメシマズかと思ったのに。
なんだかちょっと、裏切られたような気分だ。




