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ホコロビ

 それは狼にとって全く不本意な結末だった。


(おれは、まだ、やれる)


 右脇腹を抉られただけ。

 あの子供も手負いだ。必ず勝てる。


 なのに、どうして雑魚どもが群れて現れるのだ。


 怒りに任せ、本来ならば仲間であるはずのモンスターを叩き潰そうとした。

 しかしそれより先に、足元に黒い大きな穴が開いた。


 もはや狼を用済みと判断したのだろうか。

 ダンジョンは彼を呑み込んだ。ドロドロに消化し、新たなモンスターの材料に変えてしまおうとしたのだ。


(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな――!)


 我が母(ダンジョン)よ、おまえは俺を蘇らせた。

 真っ二つにされた身体を分解することなく、繋ぎ合わせ、同じ"俺"として復活させた。

 復讐心という、新しい炎と共に。


 まだだ。


 まだ俺の胸は燃えている。

 新たな力が生まれようとしている。脇腹の傷ごときは何でもない。


 だというのに、勝手に諦めるな。


 俺を、終わらせるな。

 我が母(ダンジョン)よ。

 

 もしも聞き入れないというのなら。


(立ち向かうしか、ないだろう――!)


 フィールドを展開し、己を分解しようとするダンジョンそのものを拒絶する。

 とはいえ少し遅すぎたのだろう。全身は半ば溶けかかっている。


(だからどうした)


 ダンジョンの力をもってしても、あの子供を上回る怪物を生み出せなかった。

 ならば自分で作るしかない。


()()()に勝つことのできる、自分を)


 思い描く。

 自らの望む、、自分自身の姿を。


 フィールドがいっそうの密度を増し、逆に周囲を侵食していく。


 本来、ダンジョンとは人間のために生み出された。

 一般に知られてはいないが、魔導フィールドを通してダンジョンの機能にアクセスすることが可能である。


 すでに数千年の時を経るうち、かなりの部分が故障してしまっているが――。


 狼が、新たな肉体と、新たな知識と、そして新たな感情を得るには十分だった。


(あの子供は、モンスターを倒して強くなった)


 ならば俺もそうしよう。


 すでに我が母(ダンジョン)への反逆を始めたのだ。

 自分の過去には責任を持つ。

 いまさら許しなど乞いはしない。


 元同胞(モンスター)の屍を積み上げ、あの子供を追い抜いてみせよう。





 "青い幽霊"と呼ばれるものの、()()()――バレル。

 彼が生まれた瞬間の、ことである。




 * *

 



 そして時はしばらく流れて、ダンジョンの某所。


「許してくれ、許してくれ、許してくれ……!」


 フォートレス。

 近未来の基地じみた廊下を、半狂乱になって茶髪の青年が走っていた。

 何に許しを乞うているか、自分でも分からない。


 ――ネエ、ドウシテ? ネエ、ドウシテタスケテクレナカッタノ?


 青い髪の少女。

 ケタケタと笑いながら、後ろを追いかけてくる。

 

 ――タスケテクレナカッタノ? タスケテクレナカッタノ?


 壊れた蓄音装置のように同じ言葉を繰り返しながら。


「何なんだよ、なあ、いったい何なんだよ!」


 青年はガチガチと歯の根を震わせながら、そんな風に叫び返す。


「オレは関係ねえ! 関係ねえだろ!」


 ところで彼は十日ほど前、リースレット宛の荷物を届けた郵便屋である。

 いやそれはあくまでアルバイトに過ぎず、本業は冒険者だった。ランクはD、駆け出しである。名前はミック。


「人違い、人違いなんだって!」


 ミックには、身に覚えがない。

 青い髪の少女。

 初めて見る顔だ。恨まれるような筋合いがあっただろうか? 

 ああ、そういえば。


 いつぞやの荷物、額縁の絵。

 二人の女のうち、片方にそっくりじゃないか。


 まさかそこから抜け出してきて、夜な夜な人を襲っている、のか?


 ありえない、とは言い切れない。

 呪いの品とそのエピソードについては、迷宮都市のあちらこちらで枚挙に暇がないのだから。

 

「いい加減にしてくれよ! 頼むからさあ!」

 

 遠くに階段が見えた。上の階層に逃げれば追ってこないだろう。

 僅かな希望を胸に、ミックは全力で駆けた……が。


 ――ミステナイデヨ、イッショニシンデヨ。


 先回りされる。

 青い、ポニーテイルの少女が剣を振り下ろす。


 そこでミックの意識は途切れた。






 彼の頭上を、コウモリがバタバタと飛んでいった。




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