Blue ghost / Blue tint
青い幽霊。……フリガナは僕の趣味だからスルーしてほしい。
なんでもそのモンスター? は一週間ほど前からダンジョンに出没し始めたらしい
曰く
「女の剣士で、いきなり斬りかかってきたんだ」
そう証言する人もいれば。
「違げえよ、ウェアウルフだよ。地上にいるような耳だけのニセモノじゃねえ。
上半身なんて狼そのもので――仲間のはずのモンスターを食ってやがったんだ」
時間、場所、そして幽霊の姿じたいもバラバラ。
共通しているのは、青色であること。
そして。
「気付いたら消えてやがるんだよ。まるで、幻みたいに……」
とまあ、そういうことからついた名前が"青い幽霊"らしい。
「冬の怪談は遠い日の花火じゃなく、キミのいた季節は空に消えていく。
そんな風に言いますけれど、なんだか変な話ですねえ」
シルキィさん、あなたの発言こそいつも妙というか、僕も最近ついていくのがやっとです。
日本由来のフレーズを適当に組み合わせるのやめてください、元ネタに突っ込むのがしんどくなってきました。
「だろ? で、女って可能性があるなら見逃すわけにゃあいかねえ。どうだ? 心当たりはないか?」
「わたしはナッシングゴーズでその心が熱い感じですけど、センパイはどうですか?」
僕に話を向けてくるシルキィさん。
補足しておくと呼称的には"シルキィさん→(センパイ)→僕→(先輩)→スマイルズ先輩"で、年齢では"僕<シルキィさん<スマイルズ先輩"だ。ややっこしい。
「僕もないですね、でも」
「どうした? 言ってみろよ」
「自分の勝手な推測で皆を混乱に以下略、ですか?」
「違いますよシルキィさん。えっと、先輩、女の子の方はわかりませんけど、青くて素早い狼なら心当たりがあります」
忘れもしない。
第一区画、第七階層。
ダッジたちを助けた、その帰り。
「フィールドを使いやがったっていう、あの狼男か?」
「はい。アイツの死体は確認されていないんですよね」
カジェロも姿を見ていないらしい。いつのまにか消えていた、と。
「僕はあくまで右の脇腹を抉っただけです。致命傷には程遠い。だから――」
「今も生きて、復讐に燃えてるかもしれねえ。そのために仲間のモンスターを食らい、片っ端から冒険者に一撃かましてる、か。
……理解できなくもないストーリーだな」
「ええ」
「にしても、"アイツ"か。おまえさん、そういう言葉も使うようになったんだな」
んん?
どういうことだろう?
スマイルズ先輩の意図がちょっと分からない。
「なんつーか、おまえさん、ぶっちゃけ自分のことで精一杯だったろ。
外にあんまり興味がねえつうか、リースレットのことは好きっちゃあ好きなんだろうが、恋に恋してる感じだったしよ」
否定はできない。
「自分はこうありたい」という表現のためにリースレットさんをダシにしていた。
振り返ってみると、そういう部分も確かにあったから。
「けれど退院してから雰囲気も変わって、しかも"アイツ"だ。やけに感情が籠ってたしな。
やっとアルフも他人に興味を持てるようになったか、ってことだよ」
「はいはーい、スマイルズさんのおっさん発言いただきましたー! よろこんでー!」
「シルキィ、チャカすんじゃねえ! ったく、ヒトが真面目な話をしてやってるってのによ」
「人生常にインターセプト、それがわたしですので!」
エヘン、と胸を張るシルキィさん。
「でも実際、センパイは一皮剥けてくれましたし、効率厨のわたしとしては一安心です。
いやあ、これまでフォローするのは大変でしたよ」
えっ。
留置場に迎えにきてくれたりとか色々あったけど、もしかして。
「ギルドイズマイン! ランクAの皆さんは、わたし、道具みたいに思ってますから!
しっかり手入れするのは主人のつとめですよね!」
さてさて、これは本気なのか冗談なのか。
たぶんどっちでもあるんだろうし、もしかすると「仲間は大事」というのを露悪的に照れ隠ししているのかもしれない。
ホント面倒くさいよね、僕らは。
誰のせいだ。
自分のせいだ。
* *
「じゃ、気を付けて帰れよ」
「ごっどぶれすゆー! 神とともにアカンことを!」
アカンってのはアカンと思う。
ともあれこの時期のギルドは人も少なくって、恒例の打ち上げパーティはサラリとした食事会で終わった。
都市国家ノモスの冬は、とても冷え込む。
僕も革鎧の上に赤いコートを着込んでいた。ついでにマフラーもグルグル。あんまりお洒落に巻けないんだよね。カジェロからは変質者みたいだなんて笑われたし。
ちょっと遅めの時間のせいか、周りを歩く人は誰もいなかった。
コツ、コツ。
僕の足音だけが響く。
自転車は使ってない。寒すぎるからだ。
と。
曲がり角の向こうから、人影が姿を現した。
背の高い、筋肉質の男性だ。
短めの髪、その上から狼の耳が飛び出している。
出で立ちは、季節にまったくそぐわない。
下半身は革のズボン。これは普通だ。銀のベルトが眩しい。
問題は、腰から上。
キレイに割れた腹筋が露わになっている。
右脇腹には、まだ新しい傷痕。
裸、じゃない。
いちおう、ジャケットは身に纏っている。
けれど、素肌に直接だ。
シャツも何も着ていない。
獣人だと、夏になるとこういうファッションが流行るんだけどね。
今は冬だ。
寒いだろうに。
いや、それ以上に。
右脇腹の傷。
不吉な予感を覚える。
――モンスターの中には、強い感情によって姿かたちを人間に近づけていった者もいるんだ。それが獣人たちの祖先だよ。
いつだったか、シーラさんからそう教えてもらった。
もしかして、そうなのか。
数千年遅れで、アイツは進化を遂げたのか?
僕は戸惑う。判断が遅れる。その一瞬で男は距離を縮めていた。すぐ真横に立っている。
「俺は、バレル、だ。
自分で、そう、名前をつけた」
どこか舌の回りきらない、けれど力強い調子で宣言する。
「宿敵。おまえは、誰だ」
互いに殺気はない。
ただの顔見せ、ということだろう。
「……アルフレッド。アルフレッド・ヘイスティンだ」
右を向く。
視線がぶつかり合った。
ここで殴り合うことはないだろう。
けれど勝負は始まっている。
互いに目を逸らさない。
野生の獣じみた、静かな威嚇。
やがて。
「ヒック、まだ飲みたりんぞぉ!」「もう一軒、もう一軒じゃあ」「ワシのおごりでええぞ!」
遠くから、やたら元気なおじいちゃんが近づいてくる。
それを合図に"戦い"は中断された。
「……また、会おう」
十二月の風を纏いながら、颯爽と去っていく狼男――バレル 。
まいったね。
ライバルとの火花散る激突。
そんなイベントとは無縁の人生のつもりだったのに。
楽しみにしている、自分がいた。




