ギルド(notグダグダ)
12月20日、退院して一週間後、久しぶりに大きなクエストがやってきた。
「歳末ッ! 殺りつくしセェェェェェェェルッ!」
スマイルズ先輩はあいかわらずの威勢でハルバートを振り回している。
ボイラーフロッグの胴体を突き刺し、そのままモンスターの集まっているところへ、ブルンブルン、ポイ。
「灼熱、アンド、爆砕!」
バニシング――バニッシュは消滅って意味ですよ。
バーニングの間違いじゃありませんかというか、バーニングも爆砕って意味じゃないような。
なんだろう、この、クラウドの綴りを間違えてclandowにしちゃったような痛々しさは。
ランクAってたいがい十四歳病をこじらせてるけど、スマイルズ先輩はかなりの重症だと思う。
ああ。
ちなみに今、モンスターハウスの真っ最中だったりする。
リースレットさんはまだロゴスから戻っていなくって、メンバーは僕とセンパイと、そしてシルキィさん。
「 ――Wer mit Ungeheuern kämpft」
シルキィさんは戦っている間、聞いたこともないような言葉を呟き続けている。
「mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird!」
ドイツ語? バームクーヘンとかハンバーグ的な雰囲気を感じる。
けれど僕の人生は高校生で終わってて、英語すらも微妙なラインだったしね。分かるわけがない。
「…… Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein……」
ちなみに本人も分からないらしい。お爺ちゃんが時々口にしていた歌? セリフ? をそらんじているだけとか。
「 Nein, gerade Tatsachen gibt es nicht, nur Interpretationen!」
それぞれフレーズは一種の詠唱だという。
別に魔法ってわけじゃない。
僕の前世の世界、中世ヨーロッパでは時間を測るのに聖書を使っていたらしい。どの部分を何回音読すれば、スープがちょうどよく煮詰まる時間になりますよ、とか。
それと同じだ。
シルキィさんの両足に取りつけられた、左右一対の鎖鎌。
それをどんな風に振り回すか、タイミングを調節しているんだとか。
非合理的? ――前も言ったけど、ランクAはそんなものだ。よくわからない、自意識の世界に生きている。とくに戦闘中は露骨に。
僕は僕で天井にアンカーを打ち込み、急降下爆撃。
けれど今日はちょっと違う。
シルキィさんの頭上で、ひたすら援護に徹していた。
ちょっとした心境の変化、かな。
いままでずっと、バラバラに戦うのが当然だと思っていた。
互いが互いに合わせられない。そうに決まってる。初めから諦めていた。
本当だろうか?
試してみる価値はあるんじゃないだろうか?
どうせモンスターハウスにランクA三人なんてのは過剰戦力だ。
だったら軽く実験してみてもいいだろう。
特に今日は、浅い階層でのクエストだしね。
モンスターもあんまり強くない。
「 Und wer ein Schöpfer sein muß im Guten und Bösen……!」
まったくの余談だけど、シルキィさんって歌手の才能があるんじゃないかな。
何を言っているか理解不能の言語だけど、やたらと声がきれいで聞き入っちゃうんだよね。
歌手だったか何だったかが、レストランのメニューを読み上げるだけで感動の嵐を呼んだってエピソードもあるし。
純粋に素敵な声ってのは、頭じゃなく胸に入ってくるんだ。
* *
「センパイ、男子三日会わざれば千里を走って四十九日と言いますけれど、最後にお会いしてから十五日ですし、ええと、二百四十五日ですか、なんかもう半年ぶりにお会いした級の変わりっぷりですよねどうしたんですか!?」
クエストの後、シルキィさんはやたら興奮した様子で僕に詰め寄ってきた。
えっと。四十九日って、千里をマラソンした末にポックリ逝ってしまったんだろうか。
「いえいえ責めていると見せかけてそうじゃない、騙されたな騙したぞ暇を持て余した神々の遊び的なヤツなんですけど、いやほんとビックリしましたよ。いやあ、ランクAに連携なんてあるんですね! 実際にはセンパイが一方的に合わせてくれただけなんですけど、1×1で2どころか、三倍四倍の倍率ドン! じゃないですか!」
1に1をかけても1だと思う。
そこは1+1じゃないだろうか。
ともあれ連携は、初めての割に上手く行ったほうだろう。
「もともと僕って銃使いですから、支援に回っても殲滅力は落ちないんですよ。
それにシルキィさんって、基本、その場から動かずに鎖鎌を振り回すじゃないですか」
おかげでフレンドリファイアも気にせず戦える。
「むしろ足元を守ってもらえる分、やりやすいんですよね」
「わたしも頭上を気にしなくていいんで、もうとっても楽々でして。悔しい、でも勝てちゃう。ビクンビクン、な」
「……シルキィさんのおじいちゃん、孫になんて言葉を教えてるんですか」
「えー、わたしー、ぜんぜん意味わかんなーい」
「はいはいカマトトカマトト」
「知ってますよーそれ!
ごはんによく合いすぎて、隣の家からもお米を借りてこないといけないんですよね!」
「それはママカリだよ」
別名サッパ、ニシンの仲間だ。
「相変わらず盛り上がってるな、おまえさんら」
ハハッと明るくスマイルズ先輩が笑う。
「しかし、いつもより随分と早く片付いちまったな。アルフ、今度はオレと組んでくれよ」
「そうですね、やってみましょうか」
先輩はかなり直線的に動くし、連携もそう難しくないだろう。
「えー、ここは若い者に任せて年寄りは退散するところですよー」
ぶうぶうと抗議するシルキィさん。
「オレは年寄りじゃねえ! まだ二十代だ!」
「認めたくないものですよねー、若くないという真実だけはー」
なんだか前世のテレビアニメに出てきた、赤くて三倍な人っぽい調子だ。
……マザコンだけど女たらしって点じゃ似てるかも。
"寄りかかれる男性"を求める人とは致命的に相性が悪いし。
――などと雑談をしながら、地上へと戻っていく途中。
「そういやアルフ、シルキィ、"青い幽霊"のウワサ、知ってるか?」
スマイルズ先輩が、そんなことを言い出した。




