キャッチ(リリース希望)
「我が主が入院してらっしゃる間、色々と好きにさせていただきましたよ。もちろん、あなたのお金でね」
「……帰ったら預金ゼロとかないよね」
「ハハッ、予想を裏切るのが悪魔というものです。今この瞬間だけ切り出せば、もとの十倍まで膨れ上がっていますよ」
なんだそれ。
一体どんな錬金術を使ったのやら。
「なに、ちょっとした外貨取引ですよ」
って、ある意味でホントの錬金術だ。
「ですがかなりのムチャをしましたからね、明日には大赤字になっているかもしれません」
それはちょっと、うん、かなり困るなあ。
「……拍子抜けしますね。もっとこう、大急ぎで取引を切り上げるように命令してくるかと思ったのですが。
それとも単に脳が足りないだけでしょうか。スケールが大きすぎてイメージが沸かない、とでも」
「違うよ。カジェロを信用してるんだよ」
「は?」
一瞬、あっけにとられたように目を見開くカジェロ。
「わたしは悪魔ですよ? 傷つけない云々の契約もありましたが、抜け道も見つけましたしね。
あなたを陥れるくらいは簡単なのですが」
「だとしても大丈夫だよ。君、なんだかんだ言って優しいじゃないか」
「わたしが、優しい? 意味が分かりませんね。今から施療院に戻って、頭の検査をしてもらってはいかがですか?」
「僕は正気だよ。君はリコの話を聞いてくれたし、遠回しだけど励ましてくれた」
少女は、少年と同じくらい自分の心を持て余してる。
……とっても回りくどいけど、『おまえはそこまで悪くない』って意味じゃないだろうか。
おかげでアンプバットの幻聴も跳ね返せたしね。
「それに、ダンジョンじゃ……ゲルルグとマクベエだっけ、黒いのを出してモンスターをやっつけてくれたじゃないか」
名前、なんだか間違っている気がする。こんな宇宙世紀じみたフレーズじゃなかったような。
「ゲセフとマセトですよ。どっちも一文字しか合っていないじゃないですか」
「ともかくさ、君はたぶん本質的にはいい悪魔なんだよ。だから分かってる。外貨の件もそう変なことにならない、って」
細かいところじゃロクデナシだけどね。罵倒三昧なのは変わらないし。
「なるほどなるほど、そこまでわたしを信じて頂けるとは光栄ですね」
あれっ?
いつものカジェロならここで何か言い返してくるところなのに。もしかしてデレた?
「ならば最初に向かう店は、完全に、わたしに任せて頂きましょうか」
トン、と。
カジェロは、右手の人差し指で僕の額を突っついた。途端に視界が闇に閉ざされる。何も見えない。
「クハハハッ、果たして自分がどこに連れて行かれるのか。せいぜい恐怖にむせび泣くがいいでしょう」
そして僕たちは歩き出す。
もちろんこっちはお先真っ暗(物理)だし、カジェロに手を引いてもらうしかない。
「それにしても今の我々、傍目からはどう見えているでしょうね?」
手を繋いでいる男二人。西区ってわりと恋人連れが多いし、しかも今はクリスマス前だ。
「もしこの姿を冒険者ギルドの誰かに、特にリースレットなどに目撃されれば大事件ですねえ」
くっ、なんて陰謀だ。僕はハメられたのか!? 離せ、離してくれ! 自由を! アイキャンフライ!
けれどまるで瞬間接着剤でも塗りつけられたかのように、互いの手と手は離れない。
「クク、店に着くまではこのままですよ。ところでダッジから譲り受けた指輪ですが、あなたが寝ている間に左手の薬指につけなおしておきましたよ。何か面白いことでも起こりませんでしたかね」
それもおまえかよ!
おかげでリースレットさんには妙な誤解をされるし、って、今のコレを見られたらトドメなんじゃないんだろうか。
「ちなみに、意味もなく西区の二丁目をうろついてから店に向かう予定です」
つまりはそういう人の集まる界隈だ。
くそっ、この悪魔め! 僕の社会的イメージを徹底的にぶっ壊すつもりだ!
「悪魔を安易に信じるからこうなるのです。せいぜい高い授業料と思っておきなさい」
それからしばらくして。
五分か、それとも一時間か。
長いような短いような羞恥プレイの後、僕たちは店に辿り着く。
いや。
「あらァン、この前のボクに、銀髪のおニィさんじゃなぁい」
途中で強烈なインターセプトを食らってしまった。
「うふん、遊びに来てくれるつもりだったんでしょお? やぁねぇ、言わなくても分かってるわぁ。せっかくだから案内してア・ゲ・ル。
同伴出勤ねぇ、ドキドキしちゃう」
覚えているだろうか、冒険者のミュウさんだ。
いったいどんな格好をしているのやら、眼が見えないおかげで精神ダメージは負わずに済んでいる。
「ふふ、大丈夫よぉ、『ハニー&バニー』は初心者向けのお店だもの」
あのカジェロさん、さっさと逃げませんかね。
なんか手が震えてますよ。前にいったいどんなトラウマを負わされたんですか。
いつもみたいに無敵の毒舌で何とかしてくださいよ!
……ダメだった。
そのまま僕たちはズルズルと引きずられ、予想外の店で夕食を摂ることになってしまったのだった。




