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entlassen(entrance)

 狼にやられたお腹の傷はかなり浅くって、腹筋のところで止まっていたらしい。


「いやぁ、日々の鍛錬のタマモノですなぁ……ほっほっほ」


 僕の担当は大きな口とお腹がチャームポイントなおじさん先生で、なんだか笑いながらセールスしてきそうな雰囲気でいっぱいだった。例えるなら白衣を着た喪黒〇蔵。けれど怪しげな仏像も壺も売りつけられることはなく、翌日には退院することができた。


「信じられないかも知れませんがぁ、アナタ、運ばれてきた時はかーなり危ない状況だったんですよぉ」


 独特の間延びした調子で、笑ゥお医者さんもといデデス・デッス先生は眠っていた間のことを教えてくれた。

 ……ファーストネームにもファミリーネームにも"デス"が入ってるあたり縁起でもない。腕はノモスでピカイチらしいけどね。


「極度の魔力消費でフィールドが一切機能してなかったんですよぉ。

 だからいつどんな細菌に感染するやら、ほんっとーうに、ハラハラしましたねぇ」


「すみません、ご迷惑をおかけしまして」


「いぇいぇ、アナタはまだ若いんですからぁ、もーっと身体を大事にしてもバチは当たらないと思いますよぉ。 

 では、お大事にぃぃぃぃぃぃ」


 むしろ呪いがこもってそうな"おだいじに"を背に、施療院を出た。

 ここはノモスでも西区にあたり、道にはたくさんの商店が並んでいる。

 ブティック、ケーキショップ、花屋――。夕暮れの街は赤色と、そして緑色に彩られていた。もうすぐクリスマスがやってくる。

 どうやらこの行事を広めた大昔の転生者は日本人のリア充だったらしく、『恋人がイチャイチャする日』と位置づけられてしまっていた。

 おかげで一人身の冒険者の多くは故郷に"避難"してしまいがちで、ギルドとしてもかなり問題視されていたりする。


「あなたは実家に帰らないのですか? まあ、帰ったところでみじめな思いを味わいそうですが。

 幼馴染は村長の息子とラブラブ、隣のお姉さんはすでに子持ち、お兄ちゃんお兄ちゃんと慕ってくれたあの子は中年商人の第二婦人に……とかね」


「なんだか微妙にリアリティがあるよねそれ」


 というか三人目、狙って心の傷を抉りに来てる気がする。


「ククク、あなたが居ない間はヒマでしたのでね。ちょっと色々と調べさせて頂きましたよ。

 ああ、ちなみに幼馴染の少女ですが、来月には結婚するようです」


 ずいぶんと早い気もするけれど、農村の女の子ならそんなものだろう。


「せっかくなので村長の息子のところへ、あなた名義で手紙を置いてきましたよ。……なぜか青い顔をしていましたけどね」


「そりゃ……うん……」


 僕、死んだことになってるし。

 十四歳になったある日、村近くの岬に呼びだされて「ジィナはオラのもんだ!」とかなんとか。

 いろいろと喚き散らされた末、崖からドン!

 フィールドのおかげで僕は生きてたし、いいキッカケと思って村を出たんだ。


「あなたの過去というのも中々に面白そうですね。

 さて、せっかくお勤めを終えて! 娑婆(シャバ)に! 出てこれたのです! ……ちょっと祝杯でも挙げに行きませんか?」


 急に大声を出したかと思ったら、全部不穏なフレーズだった。

 周囲の人がチラチラこっちを見ている。近くに刑務所もあるんだよね。


「あの子、あんなおとなしそうな顔をして……」「むしろああいうのがパーンと弾けるのよ」「最近の若い子って怖いわ……」


 夕食の買い物に来たおばさまがたがヒソヒソ、ヒソヒソ。


「でもあの銀髪の人、格好いいわよね」「子分かしら」「盗賊少年と、執事系子分……いいわぁ……」


 なんだか妙な空気になってきたぞ。

 カジェロ、さっさとここを出よう。腐海に沈む的なサムシングを感じるし。


 で、どこに行こう。


「『耳と尻尾』亭……はやめておきましょうか。なに、今のあなたの状況くらいは察していますよ」


 ありがとう。

 自意識過剰かもしれないけど、まるでガラリヤさんに会いに行くみたいになっちゃうしね。

 リースレットさんに告白した手前、なんだかそれはひどい不義理のような気がするんだ。


「ええ、今の我が主(マスター)は死刑執行を待つ身、フられる心の準備をする期間ですからね」


「待ってよ、まだそうと決まったわけじゃあ……」


「告白の返事は保留、しかもリースレットは何やら用事があるということで古巣に戻ったそうじゃないですか。

 いやはや、もしかするとノモスに帰ってこないかもしれませんねえ。所属を変えての自然消滅、うやむや待ち。冒険者にはよくあることです」


 告白を断ると気まずくなるし、クエストもやりにくくなる。だから別の迷宮都市へ。

 実はそういう風潮、けっこうあるんだよね。


「……はあ」


 思わず、ため息が漏れる。


「そう暗い顔をしなくてもよいでしょうに。冷静に現実を振り返れば、か細いかもしれませんが希望は見えてくるはずです」


 か細いってのは余計だと思う。


「これまで我が主(マスター)は妙な照れとプライドに振り回されて、リースレットに対して憎まれ口ばかり叩いてきたじゃないですか。

 ……おやおや、これでは万に一つの可能性もありませんねえ」


 ニヤァ。

 悪魔的としか言いようのない笑みを向けてくる。なんてひどい従僕だろう。


「けれど人間の感情はよくわからないものです。

 どうしてあんないい人がクズ男に捕まってしまったんだろう……なんてことはよくありますしね。

 だから諦めないでください。あなたもそういう素敵なカップルになれますよ」


「励ましてフリしてトドメを刺してるよねそれ」


 要するにダメンズじゃないか。

 リースレットさんに限ってそれはない、と思う。


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