幕間(真相)
「久しぶりだねえ、性悪精霊」
古代の戦争に破れた神々は、零落して精霊と言う存在になった。
その中でなおも世界に災いを齎すものを悪魔と呼ぶ。
「ご無沙汰していますね、元|精霊さん。いまだにエプロンドレスにフリルですか。若作りも大概でしょうに」
アルフレッドが目を覚ましたのと、ほぼ同時刻。
冒険者ギルド地下、シーラ・ウォフ・マナフの研究室。
そこに、燕尾服の悪魔が招かれていた。
「ボクは外見年齢に見合った格好をしているだけだよ。キミの方こそ、なんだい、それ。まるで手品師じゃないか」
「文句は我が主にお願いしますよ。
彼の考える"恋の天使"がこんな姿だったのですから」
「どっちかっていうと、『こんなイケメンになりたいっ!』って願望じゃないかな。背も高いし。
……ま、ボク的には今のちみっこい方が可愛らしいんだけどさ」
「まったく、長生きなどするものではありませんね。
神々の中でも過激派だったあなたが、まさかとんでもない年下趣味に目覚めてしまうなど」
「キミに言われたくはないね。ダンジョンの中で天使、いや、今は堕天使と呼んだ方がいいかな。
ともかく、あいつらを召喚したんだろう? 身体、ガタが来てるんじゃないのかい?」
「いやいやまさか。わたしの力を見くびらないで貰いましょうか」
「……アルフくんに倣って、ちょっとは正直になったらどうだい。バチは当たらないと思うよ」
「昔はわたしこそがバチを当てる側だったのですがね」
シルクハットを脱ぐ、カジェロ。
銀色の髪。
しかし以前よりずっと白色が強くなっていた。
「自覚はしていますよ。そう長くは持たないのでしょう?」
「だろうね。アルフくんにここまで入れ込んでくれて嬉しいけれど、やりすぎじゃなかったかな。
現に、すぐ上まで増援は来てたんだ。キミは少し時間を稼げばよかった」
「ハッ、人間など信用できるわけがないでしょう。不測の事態を考え、ゲセフとマセトを使うことにしたのですよ」
「はいはいツンデレツンデレ、なんだかんだ言ってキミとアルフくんは似た者同士だよ。
ひねくれたお調子者だ。おおかた、カレの成長が嬉しくなって、ちょっとテンションを上げ過ぎちゃったんじゃないのかい?
ついでに、格好いいところを見せたかったとか。なにせ仮の主じゃなくて、我が主だしねえ」
「……推測する分には自由です。せいぜい、想像力の翼をはためかせるといいでしょう」
「おやおやぁ? キミにしては毒舌にキレがないじゃないか」
クククと手に口を当てて笑うシーラ。カジェロよりもよほど悪魔めいた表情である。
「まあいいけどね。現状、キミの寿命はひと月ってところだ。年が明けて、中頃。それくらいに力が尽きる。
イレギュラーな術式で縛られてるみたいだから、本体のトコロに帰れるかは分からない」
「記憶も共有されない、と」
「ああ。キミが消滅すれば、たぶん、それっきりだろうね。……怖いかい?」
「いいえ」
皮肉でも強がりでもない。
カジェロにしては珍しい――あるいは何万何千年という生の中で初めてかもしれない――穏やかな表情を浮かべた。
「つまり我が主に対する感情と記憶は、まさにわたし一人のものということでしょう。
素晴らしいことです。どこで何をしているか分からないような本体に、なぜみすみす献上してやらねばならないのでしょう」
「なるほど、キミはひとつの存在として自我を確立したわけだね。
新しい在り方には新しい名前が必要だ。今後ボクは、キミだけを指して悪魔と呼ぶよ」
「それは光栄なことです。
ところであなたは、いつまで生き永らえるつもりですか?
精霊に堕ち、人間に憧れて受肉し――けれど今の状態はあまりに中途半端でしょうに。
我が主にご執心なら、己に近い存在に作り変えるのではなく、そちらが人間になってしまえばいいでしょうに」
「……探してるよ、その方法を、ずっとね」
そう呟くシーラの目は、遠い。
視線の先は過去。たくさんの人間が先に去っていくのを見送ってきた。
己の番は、いまだ、見えない。
「だから正直、キミに嫉妬してるよ。カジェロ。キミはカレと同じ時間を生きて、そして終わりを得ることができる。
残り一ヶ月、悔いのないよう生きてくれよ。友人として心からの願いだ」




