消滅 生滅 expiated
『どうしてお兄ちゃんは生きてるの? いっしょに死んでくれたはずなのに?』
視界が霞む。暗く沈む。狼男が見えなくなる。
代わりにどこからともなく、リコの声が聞こえてきた。
いったい、どうなってるんだ。
『ねえどうして? どうして生きてるの?』
一言一言が、頭の中で何度もリフレインする。。
『どうして生まれ変わって、とっても楽しそうにしているの?』
それは耳の穴に這い寄るような、ひどくおぞましい響き。
あの日と、同じ。
首筋の筋肉が右側だけ、ドクン、と跳ねた。
『わたしが苦しんでいたとき、ずっと助けてくれなかったくせに』
やっぱり、何か悩んでいたのか?
『当たり前だよ。でも、お兄ちゃんは全然気づいてくれなかった』
だから殺そうとしたのか?
『うん。生まれ変わってからも見てたよ。わたしのことをずっと考えてて、だったら許してあげようかな、って思ったの。でも』
でも?
『悪魔なんかに相談して、それで解決した気になってる』
違う。
カジェロに聞いてもらったけど、あくまで頭の中の整理がついただけ。
僕はまだ、君のことを考え続けているんだ。
『うん、考えてるよね。でも薄っぺらいの。悩んでない、苦しんでない。そんなの償いじゃないよ』
じゃあ、さ。
この第二の人生って、君を供養するためのものだったのかな。
『そうだよ、そうに決まってるよ。だから』
気が付くと、狼男の姿は見えなくなっていた。
その代わり。
周囲には数えられないほどのモンスターたち。
ギロチンキノコが舌なめずりをした。
ボイラーフロッグがニヤリと笑った。
そして頭上にはアンプバット。
みんなみんな、僕を殺そうとしている。
『償いを途中で放り出したんだから、ここで死んじゃっても仕方ないよね』
そっか。
それが君の考えなんだね。
リコ じ ゃ な く て 、君 の 。
『何を言ってるの、お兄ちゃん。わたし、リコだよ』
うるさい。
――死人の姿を借りて、勝手なことを抜かすんじゃない。
僕は、アンプバットに向けて三式魔導拳銃を放つ。
金色の光が拳大の胴体をぶち抜く。
パタリと落ちる、二枚の翼・
変転。
視覚、聴覚、嗅覚……閉ざされていたあらゆる感覚が現実に戻ってくる。
ああなるほど。ダッジはこれにやられたんだな。
でも、もう遅い。
僕はリコのことを納得しつつあるんだ。
あの子の心は、あの子にしか――いや、本人すら分かっていなかったかもしれない。
深層心理、自己欺瞞。
カジェロの言う通りだ。
僕自身、いまだに自分の感情を持て余している。
おかげでリースレットさんにはキツいことを言っちゃうし、シーラさんには憎まれ口を叩いてしまう。
ああこの際だから全部ぶちまけてしまおう。
リースレットさんのショートパンツがズタズタにされた時、思わずガン見していたさ。今だって目に焼き付いてる。青いレース柄。
助けに入った時も、これでちょっと距離が縮まったらなーとか思ってたよ。
ガラリヤさんがダッジに絡まれてた時だって、ああ、自分と周囲にウソをつきまくってたさ。
女の子にかっこいいところを見せたくって、けれど照れくさくてメチャクチャしたんだよ。
あとミュウさんからものすごいラブコールをもらって嬉しかった僕もいる。
『ハニー&バニー』だって一度くらいは行ってもいいかなー、とか。
屈折してるよ、ひねくれてるよ。
しかも「それを自覚してるオレかっこいい」なんて思っちゃったりしてさ。
ダッジとズムとゼノン。
……ああいう、ものすごく気心の知れた友達が欲しかったんだ。
なのにプライドに振り回されて、妙にキザったらしく取り繕って。
あの青い狼みたいに、負けたのを悔しがって立ち直って、まっすぐに走り切れたらいいな、って思うよ。
地上に戻ったら、絶対にそうしてやる。
だから。
邪魔をするなよ、この有象無象ども。
「――ですが現実問題、この数は無理というものでしょう」
それは足元、僕の影から聞こえた。
「いやはや、この数日のキリキリ舞い、非常に面白いものを見せて頂きました。
やはり世界は人間のためのもの、神も悪魔も精霊も、死者も過去もモンスターも――一切喝采、所詮は舞台装置に過ぎないのでしょうね」
中からヌラリと姿を現したのは、シルクハットに銀髪、そして燕尾服。
カジェロだった。
悪魔らしく、禍々しい空気を隠そうともしない。
「久しぶりにダンジョンへ来てみましたが、ええ、神であったころを思い出しますよ。
モンスターのみなさん、お久しぶりです。……と言っても分からないでしょうがね」
カジェロはひどく慇懃無礼に、腰を折って一礼する。
一方でモンスターたちはジリジリと後ろに下がっていた。
まるで、怯えるように。
「我が主、迎えに行くのが遅くなって申し訳ありません。少々、奇ッ怪なオカマに捕まってしまいまして」
「ミュウさん、かな? じゃあ、もしかして留置所まで――」
「はて、なんのことやら?」
フッ、と口を綻ばせるカジェロ。
「ともあれ今の貴方の在り方はひどく好ましい。
折れ曲がりねじ曲がったままに咲いてしまった花。それが再び太陽を求めようとしているのです。
……ならばまあ、従者は従者らしく、その道を切り開くとしましょうか」
両腕を振り上げる。
まるでオーケストラの指揮者みたいに。
同時に。
むくり、と。
カジェロの左右から、闇色の巨人が起き上がる。
二体。
いずれも血管じみた赤いラインが全身を走っている。
背中には漆黒の翼。
……神々の配下、天使。彼らはちょうどこんな姿だったんじゃないんだろうか。
「ゲセフ、そしてマセト。久しぶりに仕事を与えましょう。――暴れなさい」
そして、蹂躙劇が始まった。




