肝(大きい)
「あ、ありがとうごぜえます! この恩は、一生、一生ッ……!」
「この前はホントに悪かったッス、なのに俺たちを助けてくれるなんて……!」
ズムは僕と同じくらいの小柄で、逆にゼノンはのっそりと背が高かった。
ふたりともそれなりに細身で、横に並んでもダッジのウエストより小さいだろう。
ともあれ、救出は完了した。
ダッジが遠くに行ってくれたのが結果的にラッキーだった。
指輪の効果が届かなくなり、フィールドが復活。さっきの何十倍も早く作業が進んだ。
「えっと、ダッジさんはどうなったんスか……? ここにいないみたいなんスけど……」
「先行して敵を掃討してくれてるはずだよ」
逃げた、とは言わない。
わざわざパーティの信頼関係にヒビを入れることはないだろう。あとはダッジの心の問題だ。
「幸い、帰り道はほとんど一本道だ。急ごう」
モンスターの気配は感じられなかった。
でも安全ってわけじゃない。嵐の前の静けさ、小康状態。そういう不穏な空気が漂っている。
「アルフさんはお疲れッスよね。こっから先は俺たちに任せてください」
「恩には恩、冒険者は助け合い。無事に地上へ送り届けてやりますぜ」
二人はシャキーンと格好よく剣を構えた。
ちょっと格好いいぞ、っていうか元気だよね。
壁の中に閉じ込められてパニックにならなかったんだろうか。
「ま、そこは覚悟の上だったッス」
「再構築の前兆はありやしたからね。
へへっ、それで逃げなかった以上、むしろ壁の中で上等ってヤツですよ」
ちょっと意外だ。
ダッジの取り巻きという色眼鏡を外してみたら、この二人、かなり肝が据わっている。
「でも、今思えばダッジさんを止めるべきでしたよ。
あんたに対抗心を燃やして、ドンドン奥に進んでくんですから。『あのガキに勝てる武器を見つけんだよ』とかなんとか」
「ダッジさん、久しぶりにアツくなってたッスよねー。それでつい、俺たちもノっちゃったんスよ」
つまりまとめると、二人がとんでもない目にあったのはダッジのせい、と。
「あの人、いっつもムチャばっかりなんスよ。ロゴス市にいたときも、ねえ?」
「ほんと世話のかかる親分でしてね、ははっ、俺の両手、キズだらけでしょう。全部ダッジさんを庇ったせいなんですよ」
「二人とも、よく一緒にパーティを組んでられるよね」
僕だったら速攻で縁を切っているだろう。
「ダッジさんには恩があるッスから」
ニヤリ、とズム。
「どうしようもねえクズだったら俺らを拾って、ランクBまで引き上げてくれたんでさあ。感謝しても感謝しきれねえ。
親分のためだったら、たとえ地獄の中だって突っ切ってみせますぜ」
同じくニヤリ、とゼノン。
気持ちのいい笑みだった。
「どうせアレっすよね。ダッジさん、逃げちゃったんじゃないッスか?」
「銃だって貸したんじゃなく、勝手に持って行かれたんでしょう。安心してくだせえ、ちゃーんと後で返させますんで」
あらら。
ダッジさん、僕の気遣いは無駄だったみたいです。
色々バレてますよ、ええ。
……ん?
「二人とも、構えて。何か来る」
通路の向こうに、気配。走ってくる。これは――。
「ゼノンさん、これって」「ああ、ズム、違げえねえ」
二人は仕方ねえなあ、と言った様子で肩をすくめた。
これで現れたのがモンスターだったらシャレにならない事態だけれど、そうはならなかった。
「ひぃっ……! はぁっ……! うううううううう――!」
ダッジだった。
ヒゲまみれの顔を真っ青にして駆け込んでくる。そのまま勢い余って壁に激突、さらにズムとダッジの姿を見つけ。
「ゆ、ゆるしてくれ、ゆるしてくれ……ああっ、オレがわる、わるかった……!」
ガタガタガタと震えつつ、言葉とは裏腹、三式魔導拳銃を構える。
けれど手に力が入っていない。床に落としてしまう。
良心の呵責に耐えかねて、戻ってきた?
いや、それにしては怯えすぎている。
ただならぬ事態が起こっている気がした。
* *
「こ、この先に、アンプバットどもが居やがったんだ……」
ダッジはそう語り始める。
アンプバット。怪音波を発する、言ってしまえばうるさいだけのモンスターだ。
ただ、この前のモンスターハウスでは三半規管を狂わせる新種も出現していた。
「とんでもねえ数で、ヤケになって撃ってたらよ。声が、ああ、声が聞こえてきたんだ」
「誰の声ッスか?」
「て、テメエだよズム! それからゼノンもだ! 死人の声がしてきて、それで、恐ろしくなっちまって……」
「でも親分、俺たちは死んじゃいませんぜ」
「オレの中じゃあ、もう死んだことになってたんだよ!」
「相変わらずダッジさんはひどいッスね」「ああ、ろくでもねえぜ。ははっ」
親分子分の漫才を横に、僕は考える。
死者の声、アンプバット、怪音波。
次は精神攻撃でも仕掛けてきたってことだろうか?
「ダッジさん、とりあえず指輪を外してくだせえ。このままじゃ俺たち丸裸だ」
「それからちゃんとアルフさんに拳銃を返すッス」
「あ、ああ……」
どうやら子分二人の言うことはきちんと聞くらしい。
「アルフレッド、その、悪かった。取り乱しちまった」
「全員無事だし、気にしなくていいよ」
同じ冒険者は助ける。僕はその原則に従うだけだ。
ダッジへの報い? 逃げ出したことへの? 別にかまわない。どうでもいい。
だって、それを裁く法はギルドに存在しない。
問題になるとしたら、それはダッジだけが生き残った場合だ。きっと重い処罰が下されるだろう。
他人の武器を奪った上、それで死者が出てるんだから。
でも、みんな生きてるじゃないか。
ま、「可能性を生み出しただけでもアウト」って考え方も分かるけどね。
「……おまえ、若けえのに器がデケえんだな」
感心したようにダッジが呟く。
「違うよ。そういうのじゃない」
むしろカジェロに再三言われた通り、僕はとても狭量な人間だと思う。
今だに前世をグダグダ引き摺っているし、冒険者の原則を支えにしないと生きられない。
現代日本よりも、ずっと無法で乱雑なこの世界。
ありのままの自分を守ることができなくって、どうやって生きていけばいいか分からなくなって。
だから冒険者になることを選んだ。
そういう分かりやすいテンプレートに従うことにしたんだ。
魔物を殺すことに抵抗はあるけどさ。
ノモス以外の国じゃ、盗賊だのなんだのがはびこっている。
人殺しに怯えて生き、死にたくなければ殺すしかない時もくるんだ。農民でも商人でも、あるいは役人でも。
でも。
少なくともノモスなら、人殺しをしなくていい。
だって同じ冒険者は守るものなんだから。
ギルドは意地が悪いけれど、そのルールからは表立って外れようとしないし。
現状、これが落としどころ。
平和な日本で生きた僕が、異世界に適応できるギリギリのライン。
……もっと大物だったら、こっちの世界に染まりきれるんだろうけどね。




