宅配(惰性)
「ただいまー」
けれど家は真っ暗なまま、誰も迎えてはくれなかった。
それどころかカジェロが勝手に注文したであろう配達ピザが置きっぱなし。
お腹減ったな。留置所に届いた『耳と尻尾』亭の差し入れは食べ損ねちゃったし。
……後で知ったことだけど、カジェロは今更になって僕を迎えに行き、ミュウさんに「あらン♪ いいオ・ト・コ」と追いかけまわされたらしい。
ともあれこのピザ、どうやら僕のお金を勝手に使ったらしい。玄関の小銭入れがほとんどカラッポになっていた。
「つまり――所有権は僕にある」
自分のお金で買われたものなんだから、別にこっちが食べたっていいだろう。
けど冷めたピザってのは悲しいし、ちょっとあっためよう。
魔導レンジにセットしようとして……。
ジリリリリリリン! ジリリリリリリリン!
家中に、呼び出しベルの音が響く。
なんてタイミングだ。まるで狙いすましたかのよう。
ギルドからの緊急呼び出しだった。
* *
「ああ、うん……アルフくんか……」
冒険者ギルドに向かってみれば、受付ではなぜかシーラさんがぐったりと突っ伏していた。
ちなみにタイトスカートから、またも不思議の国のアリスに着替えていた。この人なりの"仕事着"なんだとか。
「知り合いにみっちりお説教されてしまってね、ああ、耳からタコところかイカやヒラメが生まれてきそうな気分だよ」
「シーラさんをそこまでボコボコにするなんて、よっぽど強烈なキャラなんですね」
「力ある者は、より力ある者によって倒されるさだめなんだよ……」
数百年の時を生きる不死者のシーラさんは、まるでラスボスのように悟りきったセリフを呟く。
「忘れるな、ボクは何度でも蘇る。第二、第三のボクがキミを狙うだろう……」
「ふざけたことを言ってないで、早く仕事の内容を教えてください。というか受付の人はいないんですか?」
「子供が熱を出したらしくってね、ボクが代わりを務めているというわけだよ。さて、今回の任務だけど、聞いて驚けよ――」
なんだろうと耳を傾ける。
でも、その矢先。
「すんませーん、ちょっと預かりものいいッスかー?」
なんだかチャラチャラした感じの、若い男性の声。
赤いキャップを被っている。郵便屋さんだろう。
「リースレット・クリスティアさんのギルドってここッスよね?」
ここだろ、ここって言えよ、マジで!
そんな面倒くさそうなオーラを全身から放っていた。
「ええ、そうですけど」
「じゃーよかった。家に居ないみたいなんで、コレ、渡しといてもらえないッスかね」
いやいや郵便屋ならちゃんと本人に手渡しを――と注意したかったけれど、音速の速さで男性は逃げてしまう。
「まったく、最近の若者はろくでなしが多いね。礼儀離れが懸念されるよ」
「明日にでも抗議を入れておいてください。……梱包も手抜きですね、コレ」
明らかに長さが足りない包み紙、中からは額縁が覗いていた。
「えいっ!」
ビリッ!
包み紙をためらいなく剥がすシーラさん。
「ああっ、勝手に何をやってるんですか!」
「受け取る側の気持ちを考えてみなよ。あんなヒドい梱包じゃあ嬉しくないだろう。
彼女が来るのは明日かな。それまでにボクが素敵にラッピングしておいてあげるよ。フフフ……」
シーラさん、その笑い、なんだかとっても不吉です。
「送り主は、へえ、迷宮都市ロゴスか。お姫様の古巣だね」
「もともとはロゴスの所属でしたっけ、リースレットさん」
「その通りだよ。けれど何をやらかしたかは知らないけれど、ノモスみたいな危険地帯に飛び込んできたってわけさ。
案外、こいつが理由に関わっているのかもしれないねえ」
シーラさんが指差したのは、額縁。
そこには二人の女性が描かれていた。
得物を手にポーズを決め、けれど親しげに笑い合っている。
「こっちはお姫様かな。ふうん、昔は髪を短くしていたんだね」
右側の女性はリースレットさんだろう。ポニーテイルではないけれど、赤髪で、顔立ちも今とそっくりだ。
「あれ、でも剣と槍の二刀流じゃないですよ。槍だけです」
「ショートパンツじゃなくってスカート。チャラチャラしてるね、まったく」
「シーラさん、その発言おば……なんでもないです」
部屋の温度が少し下がった気がした。
「もう一人は知らない顔だね。明るい感じだけど、こういうのに限って真っ黒黒女だったりするんだよ」
「なんだかやけに攻撃的ですね」
「ボクは本質的に日陰者だからね。日なたぶってるヤツには徹底抗戦を叫ぶのさ。火の玉アタックだよ」
火の玉ってことは自分自身が光源になってるから日陰者じゃないと思う。
それはさておき、左側の子は……ううむ。
青色の髪なんだけど、ポニーテイル。手には剣、ショートパンツを履いていた。
まるで。
「この二人を足して三で割ったら、今のリースレットになりそうだね」
「三で割っちゃったら元より小さくなっちゃいませんか」
「モンスターハウスごときでヘマをするようなお姫様は一人前とは言えないよ。
ボクのアルフくんを怪我させてるしね」
「でもそのおかげで手術ができましたよね」
「女ってのはそう簡単に割り切れるものじゃないのさ」
シーラさん、さっき自分が言ったことを思い出してください。リースレットさんを割ってませんでしたか?
「(1+1)÷3=0あまり2、ほら、割り切れないだろう?」
そりゃそうなんだけど話がズレてるというか、釈然としない。
「ま、雑談はこれくらいにしよう。キミへの依頼なんだけれど、どうやらつい先程、第一区画で再構築が起きたらしい」
再構築。
ダンジョンは今も超高度AIによって管理運営されているみたいだけれど、定期的に内部構造を変化させている。
短ければ数日、長ければ一年。タイミングはまちまちだけど、階層ごとまったく異なる様子に変わってしまうのだ。
ちなみにこの第一区画だけど、「謎のエリア」と目されている。
他の区画みたいに役割がはっきりしておらず、モンスターの強さも時期でまちまち。
いわばプロトタイプ的なものではないかと言われていた。
「地下第八階層、比較的浅い場所だ。
けれど、どういうわけか十層も二十層も下でしか見かけないようなモンスターが混じっているみたいなんだ」
「つまり強行偵察ですね」
未踏の地域にランクAを突っ込ませ、おおざっぱに内部構造と敵の強さを推し量る。
「でもそれだけなら緊急クエストにはなりませんよね。何があったんですか?」
「さすがアルフくんだね。カンが鋭い。実は再構築におバカさんが巻き込まれたって話なんだ」
再構築には前兆があって、まっとうな冒険者ならすぐに避難するところなのだ。
さもないと大変なことが起きる。
ええっと。
――かべのなかにいる。
こういえば分かるだろうか。
ダンジョンとかでたまに、壁から人骨が生えている時があるんだよね。
「そいつの安否を確認するのも仕事に入っている。
メンバーは三人、ダッジ、ズム、ゼノン。つまりキミとケンカした連中だ」
「僕でいいんですか?」
「お偉いさんの考えることは分からないよ。キミが酔ってケンカしたことだって不問だしね。
例えいがみ合った相手だろうと、同じ冒険者なら助けに行く。そういう美談を期待しているのかもしれない。
あるいは影で消してくれることを願っている可能性だってある。
ギルドの上層部は、マスコットキャラのクマストくんが陰険キャラ扱いされてる理由をもっと考えるべきと思わないか?」
「まあ、そうですね」
非公式の冒険者新聞は、基本的に上層部への愚痴に溢れている。
明らかに説明不足のクエスト、聞こえないふりで揉み消される撤退許可。
モンスターの本拠地は中央区のギルド庁舎だなんて言われてたりする。
「上はキミ一人で十分と考えているみたいだけれど、帰りが遅い場合はボクの判断で増援を送る。
予想外の事態が起こった場合、とにかく自分の生存を第一にしてくれ」
シーラさん、長い間生きてるだけあって中央にも顔が利くんだよね。そこは頼りにさせてもらおう。
「じゃあ、行ってきます」
「――このとき僕は予想もしていなかったんだ。まさか、あんなことになるなんて」
やめてください、縁起でもない。




