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二丁目の母(男)

 翌朝どころか昼が過ぎ、夜になってもカジェロは姿を現さない。

 おかげで僕はずっと留置所から出られない。ノモスじゃそういう規則になっている。


「ねえボク、もしかして帰るところがないのぉ?」


 そして今日の担当は、ガッシリとした顔と身体の……オカマさんだった。

 名前はミュウ(源氏名)、西区画二丁目のバーで働いているらしい。


「このまま迎えが来なかったらぁ、あ・た・しと一緒に帰りましょうかぁ。

 やぁん、若いツバメだなんて興奮しちゃう!」


 ところで天気の話だけれど、高気圧の周囲は低気圧になるという。

 今がまさにそんな感じだ。


 ミュウさんはなんというかアゲアゲトゥナイトで、僕の方はダウナーインザダーク。


「今はこーんなオッサンだけどぉ、お店に出る時はスゴいんだからぁ。

 ボン、キュッ、ボンのわがままボディよぉ」


 どっちかというと、ドン! ドン! ドン! の強烈ボディじゃないでしょうか。

 フィールドなしで殴り合ったら勝てる気がしない。

 身のこなしからすると武術の心得もあるだろう。ダッジみたいに絞め技は通用しないかもしれない。


「それにしてもお酒のイキオイでケンカなんて、若いわねぇ、青い果実よねぇ。ウフフ、羨ましいわぁ……」


「ムシャクシャしてやりました。今は反省しています。人を殴ってみたかったんです」


「もうっ! ウソ言っちゃって! でもミュウ知ってるわ、十代の心は壊れかけのラジオなの。

 本当な綺麗な音楽を聞かせたいのに、出てくるのは不本意な雑音ばっかり! 大丈夫よ、あたしは分かってるから!」


 ミュウさんは朝からずっとこの調子だ。事件もないらしく、延々僕に喋りかけてくる。

 ……まあ、おかげで退屈はしてないけどね。


「『耳と尻尾』亭だったかしらん。お客さんの証言だけど、絡まれてたガラリヤって子を助けるためにひと肌ヌいだんでしょう?

 今時珍しいくらいイイ子ねえ~」


「違います。ダッジの面がどうにも気に食わなかっただけで、つい、やっちゃいました。それだけのことです」

 ちなみに元ネタは海野十三の小説に出てきたセリフだ。


「もうっ、まるで捨てられた仔犬ねぇ。でも大丈夫、あたしが優しく包んであげるわぁ」


 あなたのブ厚い胸板の前では、むしろ押し潰される気がするんですが。


「ほんと減らず口ばっかり! ごはんでも食べたら落ち着くかしら。

 さっき『耳と尻尾』亭から()()()差し入れが届いちゃったし、ボクにも分けてあげようかしらん」


 そう言い残し、ミュウさんは僕の前から席を外した。

 西区の冒険者詰め所は地上がいわゆる交番みたいな感じで、地下に留置所として牢屋になっている。


 あ、ちなみ服は貸してもらえました。

 引き取り手のないまま忘れ去られたセーラー服。……下はスカートだ。

 これを作ったのも、たぶん、現代日本からの転生者だろう。

 制作者を探し出してバチコンかましてやりたいけれど、もう何十年も前に流行した服装らしいし、もしかすると亡くなっているかもしれない。


 なんにせよ深く反省しているので、神様仏様カジェロ様、どうか助けに来てくれないだろうか。


 ……とかなんとか考えていたら。


「ヒック、ヒック、グスン――」


 なぜかメソメソと涙を流しつつ、ミュウさんが留置場に降りてきた。


「悲しぃけどぉ、もうお別れなのぉ……」


「それは助かっ――いえ、残念です」


 ビックリした。

 一瞬だけど、ミュウさんがニオウやビシャモンテみたいな表情に変わったのだ。

 死ぬかと思った。いやほんとに。


「そうでしょうそうでしょう。あたしは二丁目の『ハニー&バニー』ってお店で働いてるからぁ、よかったらいつでも来て頂戴ねぇ」


 ご丁寧にキスマーク付きの名刺まで渡される。

 ものすごく捨ててしまいたいけど、なんだろう、この呪いのアイテムを装備してしまった感。

 ゴミ箱に入れても、次の日には枕元に転がっていそうな厄々しさが漂っている。


 にしても、『ハニー&バニー』って。

 まさかとは思うけど、バニーガール姿なんだろうか。


「あはん、想像しちゃった? ナマはもっとすごいわよぉ」


 まずい。

 家に帰れるという希望が見えたせいか、精神的な防御力がガタ落ちだ。このままじゃ正気が直葬される。

 ところでネットにSUN値直葬ってスラングがあるけど、この"直葬"ってきちんとした日本語なんだね。

 お通夜とか告別式を行わない、火葬だけのお葬式だとか。マメ知識だ。


 さてさて僕はなんとか留置場から脱出できたわけだけど、迎えに来てくれたのは思いがけない人物だった。


 カジェロ? まずありえない。じゃあ次点でシーラさん? 内心で期待してたけど残念無念。

 ガラリヤさんは色々わかってるはずだし、敢えて姿を現さないだろう。リースレットさんはまずありえない。


「正解は越後製菓! というわけで、わたしです」


 鎖鎌使い(足)のシルキィさん。ちなみに僕より二つ上の18歳だ。


「いやー、センパイが留置所のご厄介になってると聞きまして!

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、居ても立ってもいられず走って迎えにきちゃいましたっ!」


 つまり立ってもないし座ってもない、歩いてすらいないというわけだ。

 じゃあいったい何の花だろう。


「決まってるじゃないですか、(ran)ですよ」


 くそっ、上手いこと言いやがって!


「ま、おじーちゃんのパクリもといインスパイア、というかコラボレーションですけどね」


 おじいちゃん:シルキィ=100:0。

 それのどこかコラボなのやら。


「っていうかセンパイ、ほんと何考えてるんですか?

 いきなりギルドから消えたかと思ったら、歓楽街でスーパーストリップファイターⅡダッシュターボなんて理解に苦しみますよ」


 ストⅡってやたら派生作品出まくったよね。個人的には『ダッシュ』のワクワク感がすごかったな。四天王が使えたんだもの。

 ……シルキィさんのおじいちゃん、孫にどんな話をしていたんだろう。故人らしいけど、ちょっと語り合いたいぞ。くそう


 って、そうじゃなくって。


「シルキィさん、どうしていつも"センパイ"呼びなんですか? 僕の方が年下ですよ」


「でもランクAに上がったのは先だし、そりゃあ尊敬の対象ですよー。わたしたちの中じゃ、面倒くささもピカ一ですし?」


「待った。僕はとても素直な好青年のつもりなんだけど」


「お酒に呑まれて大ケンカ……のフリして、実は女の子を助けたかっただけ。

 しかも感謝されるのが照れくさいからって、裸になってまで乱痴気騒ぎを演出したがる。

 そのくせ助けた子には理解してもらっているのを嬉しく感じちゃったりしてる、こーんな鬱陶しい人は他にいませんよー?」


 いつもながら洞察力がおかしいというか、頭の中を読んでるんだろうか。

 シルキィさんはフフンと誇らしげに胸を張ると、ツインテールの髪の右側をかきあげた。


 気配り、気遣い。

 シルキィさんはスマイルズ先輩と双璧をなすムードメーカーだけど、彼女の方が若干、ズケズケ度は高い。

 先輩はああ見えて引っ込み思案だしね。

 頼れるナイスガイに見えて、たまに、二の足を踏んでる。

 まあ、彼女さんたちにしか見せない一面だろうけど。



 * *



 そうしてアルフレッドとシルキィが去った後――。


「た、たのもう!」


 一人の女性が西区の詰め所を訪れた。


「うちは道場じゃないわよぉ?」


 中からヌウッと姿を現したのは、ミュウ(源氏名)。

 ひとり寂しく『耳と尻尾』亭のお好み焼きを食べているところであった。


「すまない。その、アルフレッド・ヘイスティンという冒険者が捕まってると聞いたのだが……」


 今だ信じられないと言った様子で問いかけるのは、リースレット・クリスティアである。

 ダンジョンから帰還した後、アルフのことを聞いて駆けつけたのである。


「アルフちゃん? だったらさっき、別の女の子と帰っていったわよぉ? ふふっ、カレったらほんとモテモテね!」


「すまないが教えてくれ。迎えに来たのはシーラ・ウォフ・マナフと名乗っていなかったか?」


「違うわよぉ、ツーサイドアップにしたぁ、栗色の髪の子だったわぁ。名前はええっとぉ……」


「――シルキィ、シルキィ・サガ」


「そうそう、その子! なぁに? もしかして二人で取り合いでもしてるのぉ?」


「べ、別にそういうわけじゃない!」

 

 リースレットは知らず、大声になってしまっていた。

 道行く人々が何事かと視線を向けてくる。頬に熱が集まってくる。


「そういうわけじゃ、ないんだ。私は二十歳も過ぎているし、向こうしたら迷惑――いや違う、ただちょっと昨日、私のせいで怒らせてしまって……」


「カレが酒場でケンカしたのも自分が悪いんじゃないか。そう思って迎えに来たのかしらん?」


「ああ、その通りだ。私にすべての原因があるんだ。だからせめてこのくらいの償いは――」


「はぁ……」疲れたかのようにため息をつくミュウ。「あんた、ちょっと中に入って座りなさい」


「いや、アルフ君が無事に帰れたなら別に用事は」


「だまらっしゃい! とにかくあたしの話を聞いて、それから、帰り道によおっく考えなさい!」


 モグモグ、ゴクン。

 半分ほど残っていたお好み焼きを丸呑みにすると、ミュウは早口でまくしたてる。


「あんた、今のままじゃ悪い男のカモだわ、カモネギに醤油バター付きよ!

 そうやってなんでもかんでも自分のせいにしてたら、ええ、ロクなことになりゃしないんだから。

 あたしだってそうだったわ。恋人に何をされても黙って耐えて、自分が頑張れば、いつかきっと丸く収まるって!」


 ドン、と力強くテーブルを叩くミュウ。


「でも違うのよ。相手のダメなところはダメって、勇気をもって認めて、ちゃんと言ってあげないといけないのよ。

 じゃないとズブズブズブズブ、あなたもカレもまとめて底なし沼にハマっちゃうんだから。

 いい? カレがケンカしたのはカレ自身の問題なの! それを横取りするのはイイ女のすることじゃないんだから。

 わかった!?」


「えっと、でも、別に私はアルフ君とそういう関係ではなくて――」


「テモもストもボイコットもないの! 返事は!?」


「……はい」


「じゃあ、もう、行ってよろしい」


「あ、ああ。ありがとう……」


「礼を言われる筋合いはないわ。あたしが勝手にヒートアップして、勝手にシャウトしただけよ」


「それでも、私のことを思って言ってくれたんだ。……感謝しているんだ」



 * *



 これでよかったの、とミュウは呟いた。

 独り言はない。


「いやいや名演技だったよー。さすが二丁目の大女優、核が違うね!」


 留置場に繋がる階段。

 その陰から姿を現したのは、キュッと締まった足をタイトスカートに包んだ女性。

 シーラ・ウォフ・マナフ。


 実は彼女、リースレットより先にアルフを迎えに来ていたのだ。

 ……まあ、シルキィに出し抜かれてしまった形なのだが。


「正直、ボクじゃお姫様に対して本気になれないからね。

 悪役を押し付けてしまって申し訳ないけど、代わりに言ってくれてスカッとしたよ」


「途中からはあたしの経験も入りまくってたけどね。

 先生に頼まれなくったって、きっとあたし、説教しちゃってたと思うわぁ」


 この二人は旧知の仲である。

 シーラは古代のテクノロジーを応用してさまざまな発明品を生み出しているのだが、ミュウは時々、それを試す仕事を請け負っていた。


「さてさて、折角だから何かお礼をしないとね。最近、色々な手術のデータが手に入ってね。

 キミが望むなら誰もが振り向くような美少女になることができるんだ。どうだい?」


「……まったく、あなたもちょっとお説教が必要みたいね」


「おいおい冗談だろう? キミとボクの仲じゃないか」


「いーえ、これだけは言っとかなきゃ。あたしはね、今の自分が大好きなの。

 親からもらった体をいじくるなんて冗談じゃないわ!」


 まいったね、とシーラは翡翠の髪をくるくると指で弄んだ。

 夜は始まったばかりだ。

 よほどの大事件が起こらない限り、このままミュウの説教大会は続くだろう。


(ボクとしたことが、ヘマを踏んだかな?)


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