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全裸(偽りあり)

 火事とケンカは江戸の華らしいけれど、ノモスの場合、カジノとケンカが華だったりする。

 どうしようもなさが二倍増しだよね。


「出てきやがったか臆病者、まさか服の下に何か仕込んじゃいねえだろうなぁ!?」


 そう怒鳴りつけてくるダッジは、ビール腹に鉄鎧を着込んでいる。服の上だからOKという理屈だろうか。

 どうでもいいや。


「ホントに臆病だね。……ま、ハンデにはちょうどいいかな」


 革鎧と鎖帷子を脱ぎ捨てる。ついでに、ズボンとシャツも。

 お酒が回ってるおかげか、体は寒くなかった。パンツ一丁だ。


「おおっ!」「漢だねえ!」「イイ尻してやがる……」


 いつのまにか周囲を取り巻いていた観客も大盛り上がり。

 OK、ハデに行こう。これくらいの乱痴気騒ぎにしてしまえば、絡まれていたキツネ耳さんだってドン引きしてくれるだろう。


 僕なんかに恩を感じなくていいんだ。


「さあさあ、張った張った! 稀に見るランクAとランクBの大喧嘩だぁ! 素手の銃使いか、ゴロツキまがいの新参か! 熱い勝負だよォ!」


 さすがカジノの街、ノモス。

 どこからともなくブックメーカーがやってきて、あっという間に賭け試合を仕立ててしまう。


「Aに1口だ!」「いいやB!」「引き分けってのはあるか!?」


 ホントみんな好きだよね。

 現代日本人としては驚愕を隠せない。他人の殴り合いなんて眺めたって楽しいものじゃないだろうに。

 ああ、でも、K1とか流行してたっけ。じゃあ同じようなものか。

 人間って業が深いよね。前世で歴史をさかのぼれば、古代ローマじゃコロシアムなんかもあったりしたし。

 

「Aの子に百口だ!」


 ひときわ高い声があがる。見ればあのキツネ耳さんだった。


「あたしはガラリヤ! あんたは!?」


「アルフレッド! アルフレッド、ヘイスティン!」


「分かった! ……頑張れ!」

 

 キツネ耳さん――ガラリヤの黒い瞳が僕にぶつかる。


 もし少女漫画とかなら、さ。

「やめて! 私のために争わないで!」みたいな世迷言を叫ぶところだろうね。

 カジェロ流に毒づくなら「男2人を振り回す私って、ほんとモテちゃってこまるわー(悩み風自慢)」みたいな感じかな。


 でも、違うんだ。


 なんかこう、さ。

 男にはうまく言語化できないプライドの境界線ってのがある。


 ダッジはそいつを踏み越えた。


 だから結局のところ、これは僕による僕のための争いに過ぎない。


 自尊心の問題なんだ。


 ガラリヤはたぶん分かってくれている。

 反応としては次善かな。

 きっとこの勝負の後、大して感謝はしてくれないはず。 それでいい。


「ハン、色気づきやがって。露出狂のガキが」


 ダッジの罵声で思い出す。今、パンツ一丁なんだっけ。

 なんだかさ。視線がむずかゆいんだよね。主にお尻のあたり。なんだかこう、観客の一部にロックオンされてしまった気がする。

 ……通り一つ越えたら"そういう"歓楽街だっけ。迂闊だったかも。


 ストリートファイトにゴングなんてないわけで、結局のところは雰囲気次第だったりする。

 観客が静まり返ったところで、僕は駆ける。加速魔法なんて使わない。

 まず一撃、顔面に。

 インパクトの瞬間、魔導フィールドにフィールドをぶつけて中和した……つもりだった。


 ガンッ!


 まるで大岩を殴ったような感触。

 拳はダッジの遙か手前で弾かれていた。


「こっちだってランクBだ、それなりのモンは持ってるんだぜ?」


 まるで蛇のようにいやらしい表情を浮かべるダッジ。

 その右手には、鈍色に輝く指輪。


 蹴り飛ばされた。


「……っく!」


 フィールドがまったく機能してない。衝撃が腹筋に突き抜ける。毎日のトレーニングを欠かしていたら吐いていただろう。

 弾き飛ばされる。

 さらに。


「ヒャハハハア! バカだよなあ! バカだ! 

 こっちは最初から獣人三人をノしてるんだぜ!? ちっとは考えろよなあ!」


 胸の上にのしかかられた。マウントポジション。両腕を、足で押さえつけられている。

 ――無防備になった顔面に、遠慮なく拳が叩きつけられる。


「この指輪はよぉ、俺のフィールドをブ厚くして、テメエのをスッカラカンにしちまうシロモノだぁ!

 散々ナマ言っといてこの程度かよ? 情けねえなあ、ランクA様は!?」


 ぶっちゃけるとダッジはズルをしたわけだけど、ケンカってのはそういう小狡さも含めた、悪い意味での"総合格闘技"だ。

 出し抜かれた方が悪い。


「おい、流石にマズいんじゃねえか」「警備のヤツを呼んで来い、早く!」「この腐れ外道が!」


 観客からの罵声、けれどダッジは哄笑とともに受け流す。


「口だけのザコはすっこんでやがれ! オレはここで一旗あげて、ランクAに登ってやる! そうすりゃ古巣の女どもだって俺様に――」


 ああ、なるほど。

 それがダッジの根本か。

 モテたい。


 いいんじゃないかな。

 

 男にとっては永遠の命題だしね。


 その一念で成り上がるサクセスストーリー。


 共感できなくもないかな。



 でも。


 でもさ。


 シーラさんの言葉を借りるなら「屈折の仕方が足りない」んだよ。


 ランクAってのはさ、みんな何かをこじらせている。

 その歪みと人格がドロドロに溶け合って、大人への階段を踏み外したコドモなんだよ。


 スマイルズ先輩はさ、要するにひどいマザコンだ。

 どんなことも許容してくれる母親を探していて、しかもたった一人からの承認だけじゃ満足できなかった腹ペコ虫だ。


 シルキィさんは精神的な被虐趣味者で、誰にも理解してもらえない会話を楽しんでいる。

 ただの中二病? それを延々と続けられるならホンモノだろうさ。


 リースレットさんはイマイチよく分からない。昔は別の迷宮都市にいたらしいけれど、そこじゃランクCどまりだったらしい。

 きっと何か事件があって、それがきっかけで目覚めちゃったんじゃないかな。


 ダッジ。


 それに比べて、あんたは真っ直ぐすぎるんだ。


 ビックになりたい、デカい顔をしたい、女の子を侍らしたい。


 そこから二転三転すれば話は別だったかもしれないけど、さ。


 指輪だっけ。


 アイテムひとつで夢を叶えれると勘違いした。


 だったらそこが終点だ。


 ダッジの表情は勝利を確信していた。

 僕の事なんてもう、脅威と見做していないだろう。


「ああん? どうしたどうしたぁ!? 降参してみろよ、なあ!」


「……ま」


「ま? ほらほら、続きはなんだ」


 まあこんなもんだよね。


「――んなっ!?」


 ダッジは調子に乗りすぎた。

 重心を前に傾け過ぎなんだよ。

 もしかすると冒険者同士のケンカじたい慣れてなくって、今回はたまたま調子に乗ってしまっただけかもしれない。


 だからこっちがちょっと下半身を跳ね上げれば、このとおり。


 ゴロン、と一回転。

 そのまま後ろをとって、優しく抱きしめるように首を絞める。


 昔、ギルドにいた武闘家から習った方法だ。

 フィールドが発動しないほど柔らかく、けれど瞬時に意識を落とす。

 冒険者殺しの必殺技。


「お前らァ! 何をやっている!」


 警邏の冒険者が駆けつけたのはその直後だった。

 逃げも隠れも、抵抗もしない。

 

 何だかんだ言ったって、治安を乱しちゃったわけだしね。


 おかげで一晩、留置場で過ごすことになってしまった。


 服?

 回収する暇もなかった。


 ……見張りの冒険者(マッチョな男)が僕ばっかり眺めていたのがものすごく怖かった。


 翌日、朝。


 カジェロのヤツを身元引受人にしてみたものの、やっぱり迎えに来てくれなかった。


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