酩酊(メーデー)
ええっと。
どこまで話したっけ。
なんだかグルグルする。
気持ちは@洗濯機。ラッキークッキー。
「うっかりリースレットとやらに憎まれ口を叩いて、負け犬の如く逃げ出したところまでです」
じゃあそれで終わりだよ。
むしろいつのまに荷台に飛び乗ってたのやら。
「どうしてそんなことを話さねばならないのですか。プライバシーに干渉しないでほしいものですね」
生意気なことを言ってると、紋章を使うぞ。
「ほう! こんなくだらないことに紋章を! いやはや、誇りも矜持もない冒険者は恐ろしいものですねえ!」
はっ。
そんなエサにこの僕が釣られ……ヒック。うん、釣られておくよ。
何もかも聞けば分かるわけじゃないし、むしろ擦れ違うことだってある。
結局、自分が納得できるかどうかなんだ。
「まったくもってそのとおりです。あなたにしてはマトモなことを言うじゃありませんか。明日はメテオですかね」
隕石が振るとかそんな偶然、そうそう起こるわけがないよ。
「いえいえ、わたしはかつて"魑魅魍魎の王"とまで呼ばれた存在でしてね。
その気になれば周辺一帯を灰塵に帰する……ところで怪人物のはどんな特徴か知っていますか?
わたしが最近出会ったのは、童貞臭い悩みをこじらせ、焦げたパンのような髪と匂いの小男でしてね」
へえそれはすごいね。
ところで隕石を落とせるって言ってたけれど、それは弊社に置いてどのような役に立つとお考えですか。
「弊社ってなんですか弊社って。妄想も大概にしてくださいよ。あなたはその日暮らしの冒険者でしょうに」
話を逸らさずに答えてください。いったい何の役に立つんですか。
「おそらくあらゆる魔法の中で最も大きな威力を持ちますよ」
一番目ってことですか。二番目じゃダメなんですか。
「何を言ってるか分かりませんね。少し酔わせすぎましたかね」
というか本当に使えるんですか。MPが足りないようだ、なんてオチじゃないんですか。
「よくご存じですね。ええ、術式の不備で力を大きくそがれてしまっていますよ」
こ・け・お・ど・し!
略してたけし!
「"た"はどこからきたのですか、どこから。
それにしても小人物ほど酒で大言壮語を吐くといいますが、あなたはその典型ですね」
えんじゃくいずくんぞこうこくのしをしらんや!
「意味は分かりませんが、馬鹿にしていることだけは伝わりました。
……あなたはわたしのことを毒舌と言いますが、そちらもそちらで大概ですよ。まあ、知性がいささか足りませんがね」
知恵の不足はハートでカバー! ハードカバー! 学生の僕は文庫になるのを待つばかり! はやくブックオフにおいで!
「やれやれ。あなたと話していると頭がおかしくなりそうです。少し、夜風に当たってきますよ」
ふっ。
この戦い、ワレワレの勝利だ!
ワレワレハウチュウジンデアル!(自分の喉を連続でチョップしつつ)
なんかこう、ふわふわでいい気分だ。
だれでもいいからバラバラにしたいぞ。
「ああん!? テメエ、いっつもチップくれてやってるじゃねえか!」
「だからいっつも突き返してるじゃないのさ! 女が欲しけりゃ色街に行きな!」
怒鳴り声に振り返れば、キツネ耳の女店員さんと、いかにもゴロツキ感あふれる中年がレジのところで揉めていた。
「このくそアマが! こっちはランクBの冒険者さまだぞ!」
「ハッ、要は"いまひとつたりない"残念野郎じゃないか」
「――テメエ、ダッジさんになんて口を!」「――構いやしません、連れて行きましょうぜ!」
取り巻き二人からあふれる、この三下感。
あんまり見ない顔だけど、うーん。
都市国家ノモスの中には、冒険者ギルドがいくつかあるんだよね。
構成員はおおむね把握してるつもりだけど、新顔かな?
他の国ならともかく、ランクBってここじゃあそう珍しくないしさ。
「くそっ、離せ、離せよっ!」
羽交い絞めにされて連れて行かれかけるキツネ耳さん。
おかしいな。
獣人ってのは普通の人間よりずっと力が強い。
魔導フィールドを破ってノックアウト。それくらいは簡単なはずだ。
だいいち用心棒だっているし……って、もしかしてあの、床でノビてる三人の狼男だろうか。
こういうときは夜警のバイトをやってる冒険者が鎮圧しにくるはずだけど、相手がランクBじゃ分が悪いかなあ。
っていくかノモスの外務省はどうなってるんだろう。
ああいうならず者を追い返すのが仕事のはずなのにね。
ま、所詮はお役所仕事、穴だらけ隙だらけってことだろう。
でもさ。
力づく金づくで、女性をいいようにしたがる。
嫌だ。
そういうのは、ものすごく、気持ち悪い。
「うるさいよ、あんたたち。……ヒック」
シャックリが間に挟まって格好悪いけれど、別にこれでいい。
今から僕がやるのは、善意でも親切でもない。
ただの、酔っぱらい同士の汚い殴り合いだ。
「ああん、酒に呑まれてんじゃねえよ、このクソガキが」
ダッジとかいう名前のゴロツキが、ペッ、と唾を飛ばしてくる。
それを躱しつつ、半脱ぎにしていた右足の靴を勢いよく飛ばした。
ダッジとやらのヒゲ面に直撃する寸前、魔導フィールドに弾かれて落ちる。
「おじさん、怖がりだね。あの程度でフィールドが出ちゃうなんて」
わざと嘲るような態度を取る。
実際、魔導フィールドというのは本人の認識に左右されたりする。
たぶんスマイルズ先輩あたりだったら、余裕の表情で靴を通すんじゃないだろうか。
絶妙のタイミングでパクッと靴をくわえて、白刃取りならぬ白歯取り。ああ、目に浮かぶようだ。
「ダッジさん、こいつ、あれですよ。ヒヨっ子のくせにランクAになったっていう……」
どうやら取り巻きの一人は僕のことを知っていたらしい。
「ああ、そうかそうか! たまたま強い武器を拾っただけのガキじゃねえか!」
ニンマリ、と。
明らかに人を見下したように笑うダッジ。
「なるほどなるほど、それで調子に乗っちまったわけか。だったら仕方ねえ、今なら見逃してやるぜ。さっさと帰んな!」
「強がらなくていいよ。負けてブザマを晒すのが嫌なんだろ?」
挑発合戦。
ここまでくれば衝突は必須だ。
いまは互いに空気を整えているところ。
"流れ"があれば負けることはないし、それを逃せば番狂わせだって起こる。
ランクBだのAだのは、そういう、オカルトじみた次元が現実味をもつ世界なんだ。
「いいぜ、表に出な。男同士、正々堂々、素手でやろうじゃねえか」
ダッジと取り巻き二人は店のドアを潜った。
去り際に一言。
「ま、普段から銃だのワイヤーだのに頼りきりのお坊ちゃんにゃあ難しいか?
ワビ入れんなら最後のチャンスだぜ?」
* *
「……何をやってるんですか、あなたは」
いつのまにか戻ってきたらしい、カジェロが心底嘆かわしそうに肩をすくめていた。
「酔った勢いでケンカしちゃったんだ。うん、僕って本当に下らない男だよね」
「露悪趣味は自己満足、傍目には痛々しいだけですよ。……まあ、あなたが負けるとは思いませんが」
「そりゃどうも。じゃあカジェロ、頼みごとをしてもいいかな?」
「負けそうになったら邪魔に入ってあげましょうか?」
「ううん、ガントレットが席に置きっぱなしだし、代わりに持って帰っといてよ。
あと、夜警の冒険者に通報よろしく」




