8、過去
セトが目を覚ますと、目の前には何故かアンネローゼの姿があった。
「セト……!大丈夫!?生きてる!?」
「え……ここは……?」
少しぼんやりした頭で周囲を見渡しながら体を起こそうとすると、全身に強烈な痛みが走る。
「イッ……!タタタ……」
「ま、まだ寝ていなさい……!」
慌ててそう言う彼女はとても心配そうな表情をしているが、それでも一度フゥッと息をつき、そして続けた。
「ここはルヴェール城内の一室よ。怪我は……まだあまり良くないみたいね……」
「ルヴェール……。あ、あの、アンネローゼ様の方こそ怪我は治られたのですか?」
「ええ、私はもう大丈夫よ。あれから数日たっているから……」
「数日……自分は、ずっと眠っていたということですか?」
「そうね……でも、目覚めてくれて本当に良かった。あの……セト。私、貴方に一つ謝らなければならないことがあるの……」
「え……?」
「貴方は……以前私の騎士だった──」
その言葉から、彼女は静かにセトの過去を語り始める。それは先日『紅之大鎌』から聞いた話と一部が重なるものだった。
双子の兄弟、エトとセト。彼らは生まれつき戦闘において天才的な才能を父親から受け継いでいた。その才能の赴くままに二人は改革派、アンネローゼに仕え一度は無敵を誇る騎士となったが、しかしある日、兄エトがとある事件を起こす。
それはアンネローゼの収める城塞都市シュネーケン近郊、小鹿の森キッツカシータで起きた、保守派騎士殺害というもの。改革派の中心地には近いものの、比較的弱い魔物が多く生息するこの場所には、新米の騎士であれば保守派も多く訪れる。そこへ魔物狩りに来ていた保守派の騎士数名を、同じく魔物狩りに来たエトが魔物ごと騎士達を殺害したのだ。
確かに対立している派閥間で起きた事件ではあったが、それでも騎士が騎士を殺害するというのはこれが初。
事件を起こしたエトはアンネローゼに呼び出され詳細を聞かれるが、その時に彼女はエトの持つ考えがあまりにも危険であると判断。エト討伐の計画を始めた。
そしてその計画に巻き込まれたのがエトの弟であるセト。
アンネローゼの計画に対し彼らは二人で力を合わせその場から逃れることに成功するが、しかし弟はほとんどの記憶を失う程の重傷を負うことになる。
そんな彼が覚えていたのは、剣を握った感触と、それから「エト」という二文字。
その二文字を自身の名であると思った彼は、その日から自らを「エト」と、そう名乗るようになるのだった。