5、紅の月
セトがロゼシュタッヘルの森へ辿り着くと、その男はすぐにセトを出迎えた。
「よお。来ると思ってたぜ、セト」
その男、騎士狩りの『紅之大鎌』は、どこか以前とは違った雰囲気を漂わせているように思える。
そんな彼に、セトは尋ねた。
「ここは、誰のお墓ですか?」
「ん……?墓、か。何故だ?」
「ハナさんから、そう伺いました」
「ああ、そうか……。ここは俺たちの親父の墓だぜ。まあ、墓と言っても石ころが一つ置いてあるだけだがな」
「父親……。ここで、亡くなったのですか?」
「ああ。俺たちがまだガキだった頃にな」
「何故、亡くなったのですか?」
「俺たちと同じさ」
「同じ……?」
「怖くなったんだよ。自分の中の力が」
「え……?」
「お前もそうだろ?力が怖くて、死ぬためにここへ来たんだろ?俺も、同じだ」
「ああ……なるほど」
「そういうことだ。ただ、俺たちは二人いる。そこが親父とは少し違う。そしてそこに、救いがある」
「救い……?」
「選択肢と言うべきかもな」
「え……?」
「まだ選ぶことができるんだよ。俺たちは」
「選ぶ……?一体何を……」
「そうだな……例えば──」
『紅之大鎌』はセトから視線を逸らし、空に浮かぶ大きな満月を眺める。
「──戦わず、月に任せる。とかな」
「月に……」
セトもまた、大鎌の彼と同じように月を眺めた。
■■■
「新月の夜は、白き狼。満月の夜は、紅き龍」
ある満月の夜、父親が呟く言葉に、まだ幼いエトとセトは首をかしげる。
「またそれ?なんなんだよ……」
「お前たちが私と同じ道を歩まぬようにするための、まじないのようなものだ」
「父さんと、同じ道……?」
「ああ。有り余る力は、人を間違った道へと誘うものだ。私はもう戻れはしないが、お前たちはきっと大丈夫。いつかどこかで間違えたとしても、このまじないを唱えれば、きっと──」
■■■
「新月の夜は、白き狼……」
ふとそう呟く『紅之大鎌』。その続きを、セトが口にした。
「満月の夜は、紅き龍……。ですね?」
「覚えてるじゃねえか」
「今、思い出しました」
「そうか」
「今日は、満月ですね」
「ああ」
「あの日は、新月でしたか?」
「ああ」
「そうですか……」
■■■
「──きっと、選択肢が見えてくる。道は一つではないと、必ずそう思えてくる」
「意味わかんねえよ……」
「そうだな……簡単に言うと、大切なのは助け合いだ。私にはできなかったが、お前たちにはそれができる。どちらかが道を外した時に、もう一方が助けてやればいい。そうすれば、未来へ繋ぐことができる。繋ぐことができれば、可能性が見えてくる。その可能性を追って、何度でも繰り返せばいい。何度でもリセットしてやればいい。これは、そのためのまじないだ」
■■■
そこから暫く、二人はただ月を眺め黙り込む。
「今度は……」
数分の後、『紅之大鎌』はゆっくりと目を伏せ、静かに口を開いていった。
「……俺の番だな、セト──」
──セト……セト……セト……。
そして全身から紅の魔力を解き放ち、同時に伏せていた目を開ける。
「そういうことですか……」
そもそもおかしな話だとは思っていた。あの日自分が兄と戦い、何故自分だけが記憶を無くしたのか。記憶をなくす程のダメージとは一体なんだったのか。それほどのダメージを、自分は一体どのようにして克服したのか。それほどのダメージを負ったにもかかわらず、意識が戻った時に自分は何故無傷の状態だったのか。
今まで解決してこなかった数々の問いが、今まで無意識に避けてきた問題が、ここにきて急速に押し寄せてきた。そしてそれらは、押し寄せてくると同時に瞬く間に解決されていく。
きっと自分が記憶を無くしたのは、自分自身の独自の技によるものだったのだろう。きっとあの日は、新月の夜だったのだろう。
「美しい……ですね……」
〈江戸流技─紅龍〉。美しき紅の龍と化したその男の姿を見て、セトは静かにそう口を開いた。
龍となった彼は、人でなくなった彼は、その脳の記憶も一度全てがリセットされる。しかしそんな中でも、最後に放った二文字だけは、決して消える事はなかった。
「セト……!無事か……!?」
ここで、二人の女性がその場へと駆けつける。
「シンデレラ様に、ココルさん……。どうして……」
「それよりなんだ……?あの龍は……」
ゆっくりと天へと昇っていく美しき紅龍を眺め、シンデレラはそう口にした。
その彼女の言葉に対し、セトは一言だけ告げる。
「自分の、兄です……」
同時に涙が溢れてきた。
救われた……。自分は、彼に救われたんだ……。
いばらの森ロゼシュタッヘルにて。
強大な力と共に産まれた二人の騎士は、争うことなく繰り返す。
その先にあるはずの、一つの可能性を追って──。
※『紅之大鎌』「セトを、この手で──救わなければ」(幕間─5)




