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紅ノ月ガ沈ム迄 ーTHE TOWER OF PRINCESSー  作者: Sodius
第六章・真 ロゼシュタッヘルの紅龍
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5、紅の月

 セトがロゼシュタッヘルの森へ辿り着くと、その男はすぐにセトを出迎えた。


「よお。来ると思ってたぜ、セト」


 その男、騎士狩りの『紅之大鎌(クリムゾン・サイス)』は、どこか以前とは違った雰囲気を漂わせているように思える。


 そんな彼に、セトは尋ねた。


「ここは、誰のお墓ですか?」

「ん……?墓、か。何故だ?」

「ハナさんから、そう伺いました」

「ああ、そうか……。ここは俺たちの親父の墓だぜ。まあ、墓と言っても石ころが一つ置いてあるだけだがな」

「父親……。ここで、亡くなったのですか?」

「ああ。俺たちがまだガキだった頃にな」

「何故、亡くなったのですか?」

「俺たちと同じさ」

「同じ……?」

「怖くなったんだよ。自分の中の力が」

「え……?」

「お前もそうだろ?力が怖くて、死ぬためにここへ来たんだろ?俺も、同じだ」

「ああ……なるほど」

「そういうことだ。ただ、俺たちは二人いる。そこが親父とは少し違う。そしてそこに、救いがある」

「救い……?」

「選択肢と言うべきかもな」

「え……?」

「まだ選ぶことができるんだよ。俺たちは」

「選ぶ……?一体何を……」

「そうだな……例えば──」


 『紅之大鎌(クリムゾン・サイス)』はセトから視線を逸らし、空に浮かぶ大きな満月を眺める。


「──戦わず、月に任せる。とかな」

「月に……」


 セトもまた、大鎌の彼と同じように月を眺めた。



■■■



「新月の夜は、白き狼。満月の夜は、紅き龍」


 ある満月の夜、父親が呟く言葉に、まだ幼いエトとセトは首をかしげる。


「またそれ?なんなんだよ……」

「お前たちが私と同じ道を歩まぬようにするための、まじないのようなものだ」

「父さんと、同じ道……?」

「ああ。有り余る力は、人を間違った道へと誘うものだ。私はもう戻れはしないが、お前たちはきっと大丈夫。いつかどこかで間違えたとしても、このまじないを唱えれば、きっと──」



■■■



「新月の夜は、白き狼……」


 ふとそう呟く『紅之大鎌(クリムゾン・サイス)』。その続きを、セトが口にした。


「満月の夜は、紅き龍……。ですね?」

「覚えてるじゃねえか」

「今、思い出しました」

「そうか」

「今日は、満月ですね」

「ああ」

「あの日は、新月でしたか?」

「ああ」

「そうですか……」



■■■



「──きっと、選択肢が見えてくる。道は一つではないと、必ずそう思えてくる」

「意味わかんねえよ……」

「そうだな……簡単に言うと、大切なのは助け合いだ。私にはできなかったが、お前たちにはそれができる。どちらかが道を外した時に、もう一方が助けてやればいい。そうすれば、未来へ繋ぐことができる。繋ぐことができれば、可能性が見えてくる。その可能性を追って、何度でも繰り返せばいい。何度でもリセットしてやればいい。これは、そのためのまじないだ」



■■■



 そこから暫く、二人はただ月を眺め黙り込む。


「今度は……」


 数分の後、『紅之大鎌(クリムゾン・サイス)』はゆっくりと目を伏せ、静かに口を開いていった。


「……俺の番だな、セト──」


 ──セト……セト……セト……。


 そして全身から紅の魔力を解き放ち、同時に伏せていた目を開ける。


「そういうことですか……」


 そもそもおかしな話だとは思っていた。あの日自分が兄と戦い、何故自分だけが記憶を無くしたのか。記憶をなくす程のダメージとは一体なんだったのか。それほどのダメージを、自分は一体どのようにして克服したのか。それほどのダメージを負ったにもかかわらず、意識が戻った時に自分は何故無傷の状態だったのか。


 今まで解決してこなかった数々の問いが、今まで無意識に避けてきた問題が、ここにきて急速に押し寄せてきた。そしてそれらは、押し寄せてくると同時に瞬く間に解決されていく。


 きっと自分が記憶を無くしたのは、自分自身の独自の技によるものだったのだろう。きっとあの日は、新月の夜だったのだろう。


「美しい……ですね……」


 〈江戸流技─紅龍〉。美しき紅の龍と化したその男の姿を見て、セトは静かにそう口を開いた。


 龍となった彼は、人でなくなった彼は、その脳の記憶も一度全てがリセットされる。しかしそんな中でも、最後に放った二文字だけは、決して消える事はなかった。


「セト……!無事か……!?」


 ここで、二人の女性がその場へと駆けつける。


「シンデレラ様に、ココルさん……。どうして……」

「それよりなんだ……?あの龍は……」


 ゆっくりと天へと昇っていく美しき紅龍を眺め、シンデレラはそう口にした。


 その彼女の言葉に対し、セトは一言だけ告げる。


「自分の、兄です……」


 同時に涙が溢れてきた。


 救われた……。自分は、彼に救われたんだ……。


 いばらの森ロゼシュタッヘルにて。


 強大な力と共に産まれた二人の騎士は、争うことなく繰り返す。


 その先にあるはずの、一つの可能性を追って──。

※『紅之大鎌』「セトを、この手で──救わなければ」(幕間─5)

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