5、血塗られた記憶
「例えばだ。そこの青年」
血のような色をした赤い髪と赤い瞳、血のこびりついた紅のローブ、身長は青年と同程度、そして片手に握られた大鎌。
この男が、『紅之大鎌』……。
「もしもこの世にシンデレラがいなかったら、どうなっていたと思う?」
よく見ると、『紅之大鎌』は腕や足に所々傷を負っており、彼が纏うローブにも焼けたような跡がある。
「え……?」
「保守派という派閥そのものが生まれなかったかもしれない。と、そうは思わないか?」
この男は、アンネローゼと武器を交えた……のか?
「何を、言って……」
「ただ、もしそうだとしても、シンデレラが存在した場合に、保守派に属することになる騎士たちは存在する。つまりだ青年。シンデレラがいなかったとしても、全員が全員アンネローゼ側につくなんて保証はどこにもねえんだよ。きっと誰かしらがアンネローゼに反抗する」
アンネローゼと戦闘し、そして彼女を破った……?その際に傷を負った……?
だとすれば、謎はあと一つ──。
「何が、言いたいのですか?」
「なんだ、結論から聞きてえのか?まあいいが……結論、俺は墓を探してる」
「え……?」
「ほらみろ、わけわかんねえだろ?だから一から説明してやってたんだよ」
──何故、この声が懐かしいのか。
「あの……どこかで、お会いしましたか?」
「あ……?」
エトの問いに『紅之大鎌』は暫く考え込み、そして逆にこちらに問いかけてきた。
「青年、名は?」
「……エト、です」
そう答えると、彼は何故か少し笑いながら異様な反応を見せる。
「ああ、そうだそうだ。エトだった。悪いな、思い出させてくれて」
「え……?貴方は自分のことを知って──」
「俺の名前、エトだったよ」
その言葉が一体何を意味するのか、そのときの彼には決して理解できないものだった。しかし自らをエトという『紅之大鎌』は、すぐに続けて口を開く。
「話を戻そうぜ、青年。例えばの話だ。もしもシンデレラが居なくても、この世が一つにまとまることはない。じゃあ、保守派に属する姫も騎士も全員、この世から消え失せたらどうだ?全ての人間がアンネローゼの元に集い、アンネローゼが何もかも上手くまとめてくれるんじゃねえか?そういう甘い考えで、俺は一度仕えたんだ」
「アンネローゼに……?」
「ああ、そうだ。しかしだ、アンネローゼは逆にこの俺を消そうとした。何故か分かるな?」
「貴方の考えは危険すぎる」
「その通り。そもそも保守派がいなければいいなんていう俺の考えは、あまりにも危険すぎた。ただ、今俺がここに存在している通り、アンネローゼはこの俺を消すことに失敗したんだ。そして同時に、俺の考えも変わった」
ここで『紅之大鎌』は手に握られた大鎌を構え、そして続ける。
「保守派がいなかったとしても、後々改革派の中から反抗する者が現れる可能性はゼロじゃない。だったら、もう答えは一つしかねえ。この世にいる全ての人間……いや、全生命を消せばいい!それこそが、平和の極みだ!」
気を高ぶらせる『紅之大鎌』に対して、青年は冷静に問いかけた。
「では先程の結論で言っていた墓とは、全生命の墓という意味ですか?」
「おいおい、ここまで言っても分からねえのか?俺は確かに狂っているが、しかしその狂っているということを自覚できている。この世から最も消え失せるべきは自分であるということも、ちゃんと理解してるわけだよ」
「なるほど、つまり墓というのは──」
「そう、俺自身の墓だ。そして今、それを見つけた」
「見つけた……?」
「一つ、お前にクイズだ。さっきの話の中のことだが──」
『紅之大鎌』は一度ニヤリと不気味に笑い、そして続ける。
「──何故、アンネローゼはこの俺を消すのに失敗したと思う?」
「……貴方が、強かったからですか?」
「当然それもあるだろうな。だが別に、アンネローゼ自身が一人で俺を狩りにきたわけじゃねえ。俺を消すためにわざわざ専用の部隊を編成し、さらに綿密な計画の上で確実に俺を葬ろうとした。流石に俺の力だけじゃどうにもならねえよ」
「貴方だけでは、ということは……協力者がいたのですか……?」
「その通り。しかし不十分。完璧な回答とは言えねえな」
「え……?」
「その協力者は、俺同様に強かった。そいつと二人で力を合わせ、やっとの思いでアンネローゼの手から逃れたんだ。ま、俺も協力者もかなり深手を負っちまって、協力者の方は記憶まで飛んじまってるみたいだがな。で、俺は今でもこう思ってる──」
この次に彼が放つ一言は、今までの話の全てを繋げ、そして同時に真実を導き出す言葉となる。
「──この俺に匹敵するのは、そのときの協力者ただ一人しかいねえんじゃねえか、ってな」