1、行きすぎた正義
その日の夕方、セトは一人ルヴェールの街を出ようとしていた。
「セト、どこへ行く?」
そんな彼に声をかけたのは、ルヴェールの姫シンデレラ。
「例えば──」
セトは彼女の声に振り向いて、どこかの騎士狩りを思わせるような言葉を口にする。
「──例えばです。シンデレラ様」
振り向くと、夕日に照らされた綺麗な街が視界に映った。その中に立つシンデレラの姿は、いつもに増して美しく見える。
「もしも、自分がウォロペアーレで騎士を殺めていなかったとしたら、どうなっていたと思いますか?」
「何……?」
綺麗だ……。彼女も、この街も、そしてこの世界も、全てが美しい。ただ、それは今の自分が視界に捉えるものであって、世界の外装のようなものであって、つまり真髄ではなくて、本質ではない。
「もしも自分が記憶をなくしていなかったら。もしも彼が……彼、クリムゾン・サイスがそもそも騎士を殺めていなかったら。そしてもしも、自分がこの世に生まれていなかったら……」
「何を、言っている……?」
この目が捉える景色など、この目で見てきた全てなど、それは目に見える時点でただ外殻でしかないのだ。
「きっと、そういうことなんだと思います。彼が語っていたことは、極められた平和の話は、例えばを辿った先の、彼なりの終点。彼はきっと、そこを目指したかったのです……」
「終点……?」
彼の脳内が下した判断は、今この世に暮らす人たちにとっては明らかな間違いであって、それを間違いだと判定する過程などにあまり興味を持たない。興味を持たないようにすることで、思考することをやめ、とりあえずそれは当然のこととして、とりあえず生きることにしている。
「彼は人ではなくて、寧ろ生命ですらない、この世界自体の味方だったということです。それを、彼は人間の言葉を上手く使って、平和の極みと呼んだのだと思います」
「セト、お前……まさか、あいつの仲間になるつもりじゃ……」
ただ世界の外装しか見ることができないという事実を利用し、それを守るために命を費やし、繰り返すことで発展させ、その外装を見て、またそれに命を費やす。そうして生きてきた者たちに、彼は世界自体が求めるものとか、世界からみた生命の価値観とか、そういう世界というそれそのものの立場に立つことで見えてくるものを教えようとしていた。……いや、彼がというより彼の脳が、教えるというよりも、押し付けようとしていた。
「仲間ではありません。彼は……」
セトはシンデレラに笑顔を向け、そして最後の言葉を口にする。
「……彼は、ただ紅色の大鎌。他の人間にとっては人ではなくて、彼自身にとっては既に存在しない。そして極少数の方々にとっては仲間かもしれませんが、自分にとっては……たった一人の家族です」
そしてセトはシンデレラに背を向け、ルヴェールを去っていく。
美しい夕日に向かう彼の背中を、シンデレラはただ悲しみの表情で見送るのだった。




