11、選択─悲痛
部屋へ案内されてから数十分。室内にドアを叩く音が響く。
「セト、ここ?レイナだけど」
「あ、はい」
セトの返事に、レイナは室内へ。彼女は入るなり、セトが腰掛けていたベッドに横になる。
「ふぅ……疲れちゃった。あんなに怒らなくてもいいのに……」
「また叱られたのですか?」
「敬語禁止!」
「あ、また叱られたの?」
「うん……アンネローゼ様ほんと怖すぎ。で、セーちゃん少しは私のこと思い出してくれた?」
「あ……まだ、何も……」
「はぁ……。そっか……。私達ね、今までずっとアンネローゼ様には内緒で付き合ってたんだよ。さっきのでバレちゃったけど」
「さっきの……?」
「セーちゃんって呼んでたの聞かれちゃったじゃん。それで問い詰められて喋っちゃった。ごめんね」
「あ……いや……」
「そうだよね。今のセーちゃんにとってはどうでもいいもんね、そんなこと。それでさ、塔攻略のことなんだけど……セーちゃん部隊から外されたんだってね。また一緒に戦えるの楽しみだったのにな……」
「それは、ごめん……本当に……」
「いいよ。それで、いつルヴェールに帰っちゃうの?」
「近い内には帰るつもり。ほんと何しに来たんだろう……」
「近い内っていつ?一人で大丈夫?」
「明日か明後日か、遅くても三日後には。魔物からは逃げながら帰るから、一人でも大丈夫」
「そっか……じゃあ、今しかないね。あのさ、セト──」
彼女はベッドから体を起こし、セトの隣に並んで腰をかける。
「──私と、もう一度やり直さない?貴方の記憶が戻らないのは、それはもう仕方がないことだと思う。だからもう一度、最初からやり直そうよ。正直言うと、私はそんなの嫌なんだけどさ……。貴方が今までに私と過ごした時間、全部忘れちゃったんだって思うと、本当に苦しくなる……。でも、また一からやり直していく内に思い出してくれればいいかなって。今はもう、それしかないかなって思うんだよね」
彼女の言葉に、セトは何も返すことができない。できるはずがなかった。
「いいでしょ?というか、断るなんてありえないからね。私からすれば、つい最近まで貴方とずっと一緒に過ごしてきたんだから。毎日すっごく楽しくて、もう貴方以外ありえないなって、ずっとそう思ってきたんだから。貴方の方からも、そう言ってくれてたんだから」
何も言えない……。そんな過去、自分は知らない……。
「また一緒に、いろんな場所を旅しようよ。また一緒にいろんな事で笑おうよ。今後のこととかも、またいっぱい話そ?いつから同棲して、いつ結婚して、いつ子供産んでとか……ね?全部決めてたじゃん。……ねえ、なんで黙ってるの?」
「そ、それは……」
……ダメだ、言えない。少なくとも、今言うのは間違っている。彼女は近々塔の攻略へ向かうのだから、その妨げになるようなことはできない……。
「ねえ……その顔は、何?」
「い、今は……何も言えない。次に会った時──」
「今言えないっていうのは……それはもう答えになってるよね。つまりお断りってことだよね。どうして?」
「言えない」
「それもほとんど、答えになってる……。別の人が、もういるってことでいい?」
「……」
「そっか、そうなんだね……。じゃあさ──」
彼女の目から、涙がこぼれる。セトはそんな彼女の顔を、直視することができなかった。
「──早く別れてね、その人と。だって私の方が先なんだから。全然先だったんだから。寧ろ今でも私が貴方の恋人なんだから……。浮気とか、やめてよね……」
「……」
「フフッ……別にそんな顔しなくていいよ。今回は……今回だけは、特別に許してあげるから。記憶のこととか色々あったと思うし。だから、今回だけ特別ね。次浮気したら……絶対に……許さないんだから……」
「……」
「ねえ、どうしたの……?許してあげるって言ってるんだけど。ほら、もっと喜んでよ。ねえ、喜んでって……いってるのに……」
「自分は──」
「ねえ!!!私でしょ!?当然私を選ぶよね!?このローブも、杖も、全部お揃いにしたじゃん!愛の印だって!忘れるわけないよね!?髪も白にするって言ったら、それはやりすぎって貴方が止めたんだよ!?覚えてるでしょ!?」
「……」
「ねえ……早くやり直すって言ってよ……。不安になっちゃうよ……ウッ……」
彼女が少しだけ落ち着いたところで、セトは静かに口を開く。
「時間を下さい。今は、何も言えません」
「ウッ……なんで……なんでよ……」
「本当に、すみません……」
「嫌……嫌だよ……そんなの……酷すぎるよ……」
「すみません……」
それから何時間もの間、彼女は説得を続けるが、しかしセトがそれに応じることはなく、彼は決して首を縦には振らなかった。
そしてそのまま日は昇り、セトはその日の内にシュネーケンを出ていくことを決める。




