12、選択─血の力に重なる記憶
「恐らくですが、あの魔物は暴君グラゴーネ。ここヴァングロットの穴の主かと思われます」
一旦岩陰へと避難した二人は、そこに座り込み少しだけ話し合いを始めた。
兜をとってそう言うルトに、セトは「なるほど」と頷く。
「主ともなれば、やはり先ほどの一撃程度ではまだ倒れてくれないでしょうね……。ただ、あとは自分一人でもなんとかなりそうですので、ルトさんはここで待っていてください」
「は……はい……。あの、セト様……」
立ち上がりその場から離れようとするセトを、ルトは震えた声で引き止めた。
「どうしましたか?」
「あの……すごい、ですよね……。その……一人であんな魔物を相手にできるなんて……」
「え……?これは貴女のお陰ですよ。貴女があの技を教えてくれなければ、あの魔物に一人で太刀打ちするなど不可能でした」
穏やかな笑みを浮かべてそう言うセトに、ルトは顔を赤くする。
「そんな……私は、なにも……。あ、あの、セト様!」
「はい……?」
「私、貴方に話さなければいけないことがあります!」
「え……?」
「な、なので……その、無事に城まで戻ることができたら!少しだけでいいので、私に時間をくれませんか!?」
彼女の言葉に、セトは少しだけ間をおいて答える。
「ええ、分かりました」
そして彼は、再びあの魔物──暴君グラゴーネの元へと向かう。
セトが魔物に近づくと、魔物は凄まじい勢いでセトに触手を放ってきた。
「重い……」
どうも白雷の一撃を浴び怒っているようで、魔物の触手による一撃一撃は先ほどとは比べものにならないくらい重くなっている。
それでもセトは守護スキル〈ガーディアンズグローリー〉を発動させ、触手を確実に剣と盾で受けていった。しかし、受けるだけで前進はしない。セトはその場から一歩も動かず、全ての触手を受け続けるだけだ。
「もっと……」
もっと来い……。その程度じゃないはずだ……。この穴の主なら、もっと──。
「──ガッ……」
そしてついに、触手の一本がセトの肩を捉える。一撃を受けたことでセトの守りは崩れ、そこから脚や腕、脇腹に連撃を浴びていく。
「グッ……ガハッ……!」
最後は腹に一撃を決められ、ルトの隠れる岩まで吹き飛ばされた。
「え……!?セト様……!?」
ルトは慌ててその岩陰から飛び出し、セトの元へと駆け寄る。
「なる、ほど……」
……流れる血は、力の象徴……か。
口から血を吐きながらも、セトはほんの少しだけ笑っていた。
「セト様!?大丈夫ですか!?セト様!?」
ルトの言葉に、セトは怖いくらい冷静に穏やかな笑みを浮かべ、そしてフラッと立ち上がる。
「ええ、問題ありません。もう少し、そこで待っていてもらえますか?」
「で、ですが……」
セトはルトの制止を振り切り、ゆっくりと歩いて魔物の元へと戻っていった。
「ようやく、分かった気がします……」
再び触手をかざす魔物に、セトはようやくその剣を向ける。同時に剣は強大な白の魔力を宿した。
……『紅之大鎌』、貴方の強さが。
そして放った一撃は、これ以上なく強力なものとなる。
白き雷撃は魔物の全身を瞬く間に貫いていき、その巨大すぎる体に無数の風穴を開け、同時に焼き払っていく。
暴君グラゴーネはさすがにここで倒れるが、しかし白き雷撃はそれに留まるどころか、その勢いを増していき、ヴァングロットの穴を駆け抜け、そのエリア一帯の魔物を次々に貫いていくのだった。
〈瀬戸流技─白雷・限界出力〉。
これこそが、その技の最終形態であり完成形。セトの持つ、強すぎる力の暴発とも言える一撃だ。
これが……自分の持つ力……。凄い……これならもう、二度と負けることは──。
「ヒギアッ……!アガッ……!ギギギッ……!グガッ……!」
その喘ぎ声に、彼はハッと我に返った。
「え……?」
すぐに後ろを振り向くと、そこには倒れた一人の騎士。
「ルト、さん……?」
セトは恐る恐る、その倒れた騎士──ルトの元へと歩み寄る。
「アガ……ア……ア……」
痙攣を繰り返す彼女の体には、雷撃に貫かれた無数の傷跡。さらには所々肌が焼け焦げてしまっているのも確認できる。
……自分が、やったのか……?
セトは見たままの現状を飲み込むことができず、暫くその場に佇んだ。そしてその暫くの間に、彼女の体は動かなくなる。
「……う……嘘……嘘、だ……」
次の瞬間、セトは強烈な頭痛に見舞われ、その場にうずくまった。同時に目からは涙がこぼれ落ちる。
「……なん、で……なぜ……自分が……」
頭痛と共に脳内に映し出された光景は、彼の失われた過去の記憶。そこには今の自分と同じ立場の、兄の姿があった──。




